非現実との遭遇(1-2)
「まったく嫌になっちゃうわよ」
登校2日目から部活があったせいらしい。 雫は文句を言いながら、瑛と優菜を連れて買い物にでかけた…。
それはそれは強引に、さも何にごともなかったかのように…ことは一瞬で勝負がついた。 おかげで、瑛の心には深々と傷がつきましたとさ。
「愚痴ってもしょうがないだろ? テニス部を引っ張っているのはお前だろ、雫」
「私も、だよ」
優菜もテニス部に所属している。 腕前は雫の少し下だと、本人が言っていた。
「そうだったな、それで優菜は何が欲しい?」
結局先延ばしにしてしまい、いまだ優奈との約束は果たしていない。
「わたしは…新しいラケットかな?」
優菜…それって僕に破産しろって言っているのかい? 調度、タイミングを見計らったかのようにスポーツショップのウィンドウにテニスラケットが展示してある。
「優菜、もう少し安い物にしなよ。 燕条君、顔青ざめているわよ?」
「あは、あはあはははは」
20000円って何だこれは…優菜はこんなに高い物を使っていたとは…。
「欲しかったのに」
「ごめんな…今の僕じゃまだ無理みたいだ…卒業したら買ってプレゼントしてやれるかもしれないけどな」
「あ、あきら、くっ…ぐすっ、ぐすっ」
「ちょ、ちょっと優菜こんなところで泣かないでくれよ」
「嬉しくって…嬉しくて…瑛君、私のために頑張ってくれるって…」
何だ、そんな事か…。
「優菜のためなら頑張れる。 今、僕の目標は君だけだから…」
「ちょ、ちょっとぉ! 二人だけの世界作らないでよ、しかもこんなところで! 私まで恥ずかしいでしょ!」
っと、雫がいたんでしたね、忘れていましたよ。 雫はムッとした顔で僕らを睨んでいる。
「「そんなに怒らなくっても…」」
「落ちこまなくったっていいじゃないのよ…」
逆に落ち込む雫、何だこの光景は。
「あれ、お前ら何やっての? こんな商店街のど真ん中で」
「宗」
目の前には剣崎 宗がスクーターを手で押して立っている。 お前こそこんなところで何を――?
「それはこっちのセリフだろ? 僕らより宗、お前のほうが浮いているぞ」
「浮いているとか、浮いていないとか…そんな事はどうでもいい…。 瑛、『気いつけろよ』最近何かと物騒だからな」
突然に何を言っているのだろうか、宗の奴。
「何が言いたいんだ?」
「さぁな、俺の知ったことじゃない…。 お前もオレも運命の中にいる。 恨むのなら、自分を恨めよ瑛」
「…ん? え?」
そう言い残し宗は、僕達の前から去って行った。
「何が言いたかったんだろうね、宗君」
「さぁ? わからない」
そう、わかるはずがない。 この時点で、もしも…もしも瑛が気がついていたとしたら、あんな信憑性も薄い、宗の戯言を思い出さなかっただろう。
「帰ろうか、優菜」
「うん」
………
……
…
「それじゃ僕はまだ用事があるから、ここで」
瑛の提案でウィンドウショッピングを切り上げ、その後に二人と別れた。 瑛は3日に一度のペースで実家の掃除に帰らなければならない。
今日は買い物に誘われたからだろうか、妙に日が沈むのが速い気がした。
「もう月が昇っているじゃないか」
空を見上げ、溜息と同時にそんな言葉を吐く。
それでも、今日の月は一段と綺麗だ、これから何が起こるのかは知らないが、万物を照らしてくれる白金の光、手を伸ばせば届きそうな輝く宝石の様だ。
現実から目を背けたくなるように月は幸せの道を延ばしてくれる。 叶うのならその道は誰の為にあるのか…自分の為か、優菜の為か、それとも…これから出会うであろう人の為か、この地上に存在する誰かの為にその道を延ばしているのだろう。 それは自分の為の物ではないという事を今、瑛は理解しのだ。
今は、もうそれだけでいいだろう。
時刻は透き通る空と、輝く星を眺めることができる20時40分。あと少しで21時だ。
星を見ながら、ぶらぶら歩いて家に帰るっていうのもなかなか乙な物だ。 と、思い浮かれ気分で瑛は散歩を堪能していた。
「あ、すいません」
星を見ながら歩いていたせいだろうか、前を歩いていた人に気がつかなかった。
「ほう、丁度良いところにいたものだ。おい、小僧」
「は、はい。 何でしょうか」
本来なら使う気にもならない敬語を使っている。
「ん? いいや気のせいか…まぁ、よい。 貴様、この俺にぶつかっておいて謝罪の言葉一つだけでやり過ごせるとでも思っているのか?」
この見知らぬ外国人は一体何を言っているのだろうか…髪は銀。衣服は白一色。
土埃や泥などは一切ついていなく、装飾品の数々は持ち主を引き立てようと更に輝くが、持ち主の放つ輝きには勝ってはいない。
「おい、貴様。何か言ったらどうだ!」
「あ―――、う」
「はっ! 腐った果実のような奴だ。」
その外国人は僕の頭を鷲掴みにし、そのまま持ちあげ―――。
「ちょ、な、何をするんだ!」
頭を持ち上げられているせいか動くだけで首が痛い。
「黙れ、下種。 俺に命令できる者はこの世にただ一人、――俺だけだ」
なんて滅茶苦茶なことを…、こんな奴が実際にいるなんて、
「何をするか……。 お前は、己が力を自覚していないのか…ならば仕方があるまい。 その力無駄にするのは惜しみない、俺が貰い受けてやろう」
と、名も知らぬ外国人は、瑛の胸に腕を突き刺した。 表現は間違っていまい。
なぜなら、本当にその腕は瑛の胸に突き刺さっているのだから。 ただ、おかしな点を上げるのならば、その穴からは血が一滴も流れ出ていないということだろう。
「な、にを…」
身体の中に異物が混ざる感触。 違和感と共に胃の中の物が逆流しそうになるが、やはり違和感と共に消える。
「貴様、何も知らないのか? まぁ仕方がない。 手向けだ一つ教えてやろう。 俺がたった今、お前から抜き出した物は、人として一位、二位を争うくらいに大切な物だ」
「だから何を!?」
何を引っ張り出したというのだろうか、恐る恐る胸元を見るが、穴なんてなかったかの様に塞がっている。
「うっ――」
でも、何故だろうか。 吐き気が襲ってくる。 今にでも倒れてしまいそうなくらいだ。
「その身体では持ったとして、あと四日、か――どう生きるかは、貴様次第だ。 下種」
「くそ、何が何だかわからないよ…どうせ死ぬんだ、何をしたって」
そう、何をしたって許されるはず…人を殺したって、犯したって、奪ったって…何をしても。
「………」
沈黙とともに、瑛の瞳から徐々に輝きが消えていった。
………
……
…