天ヲ翔ケ地ヲ裂ク龍ノ槍(6−2)
何度目かわからない銃弾が頬を掠めた。
光が放った銃弾の数はすでに100を軽く超えている。そのうち、瑛の身体に着弾したのは、右腕に2発と左足に1発。頭部だけをかすめた回数は最早わからない。明らかに光は瑛の即死を狙っている証拠だ。
「両利きとは、器用な奴だな!」
光は両手に拳銃Hold gun Mk-Ⅱを所持している。改造タイプのようで12口径の6発装填のはずなのだが、明らかに弾倉マウントが長い。そして何より、ナイフの様な刃が銃口の下部に装着されており、接近戦にもそれで対応できる様だ。
「無駄口を叩いている暇はあるのか? 燕条ぉッ!!」
クロスハンドで銃を構え、3発の銃弾がその銃口から放たれた。一発目は槍で弾き、2発目と3発目は跳んでかわした。が、さらに1発。 追い討ちのように放たれた弾丸が左足の太ももを貫通する。
「つぅう」
当たった瞬間は痛いものの、着弾した後は全く痛みがない。
光は銃を構えているが撃つ様子はない。 その代わりに口を開いた。
「奇怪だな。 確かに弾は当たっているって言うのに普通に動いている。 君には明らかな魔力外装が施されているな。 それか、本当に人間ではないか…」
そう言って光は銃を握りなおし、瑛に銃口を向けた。 光の言ったそれは、NO.4が言っていたことと似ている。 だが一つだけ、…一つだけ間違いなく言える事がある。 それは―――
「僕は僕だ。 それはお前にも他の誰にも関係ない。 僕自身の問題だ!」
「それもそうだ。 お前は本当に面白い奴だよ! 燕条 瑛!」
今度は12発。 全て槍で防ぎきると、光は瑛に接近しその銃についているナイフで斬りつけてきた。 ナイフの攻撃範囲と槍の攻撃範囲では開きがありすぎる。 瑛は近づかれすぎた。 結果として、
「槍が!?」
瑛の手にしていた槍は光によって三つに分解された。
「その程度か、燕条! 僕を楽しませてはくれないのか!」
思考を走らせる。 どうすればいい。 どうすれば次の攻撃を防げる。 どうすれば…こうして考えている間にも光は次の弾を撃ってこようとするだろう。
――マスター。
――NO.11か?
彼女の声が聞こえる。 おそらくは深層心理で繋がっているおかげだろう。
――はい。 マスター、貴方の力は技だけではないはずです。 それを使って戦ってください。そうすれば、きっと…。
「僕はどうすれば…」
彼女は自分の力を信じろと瑛に言った。 瑛には技以外の力があるという事は…。NO.9が言っていたアレだろうか…
風の術…
の事なのだろうか…。 でも、本当にそれなのか?
一つの可能性として、僕が使えるかもしれない術。 でも…それでも…この可能性は、自分を―――信じなければできないッ!
「それでも…これしか、もう、これしかッ、ないんだあぁぁぁぁ―――ッ!」
右腕を前に突き出し、その掌に魔力を集める。
「これで…うおぉぉぉぉ!」
瑛の右腕に風が集まる。 収束した風は一つの形に纏まろうとしていた。
「なんだよ。 何だよそれは!!」
光が驚くのも無理はない。突風を軽く凌駕する風をその右腕に集中させる。その行為はとても未熟な魔術師にできる行為ではない。
実際、そのおかげで光は瑛にまったく近づけずにいるのだ。 これを好機と瑛は頭を横切り、羅列しているの呪文を形にし、唱える。
「東より来るは蒼き龍――」
頭の中でイメージをつくる――――。
「その身は幾千の時を駆け――」
そのイメージは一つの形になろうとして大きく広がり――――。
「その爪を幾重の人を殺し」
そのイメージは蒼。
「その頭は幾人の人に知識を与え」
そのイメージは槍。
「その名は永久に継がれる物語の如く」
そのイメージは伝説。
「その龍に与えられし、わが槍の名は――」
その槍の名は…
「―天翔地裂爪牙―」
―ヒュドリアルボルグ―
蒼き槍。
天空を支配したと言われる古き時代の龍の爪を思わせる装飾が施されている。その槍の真名は、
天翔地裂爪牙
「人の身でそんな物を持ち出すとは…まさかな、お前にNO'Sの素養があろうとは…燕条ぉッ!!!」
「知るかそんなもん! 今は戦いに集中しろよ光!!!」
互いの武器が交差する。が、やはり不利と悟ったか光は距離をとり、銃を構え、撃つ。その一連の動作は今までよりも遥に速い。だが、瑛の槍から生じる風は、その銃弾の軌道を微妙にずらし、その標的にとどくことはもはやなかった。
「卑怯者め…」
「違う。 お前は自分から逃げているだけだ」
「なに?」
「お前はただ、自分より強いもの、不思議なものが怖いんだ。だからそうやって始めてみる力に怯え、怖気づくんだ」
「あ、あ、お、お前、調子に…乗るなよ…ぼ、僕は…そんな、分けないじゃないか」
流石に瑛の今の言葉はつらいだろう。
それは誰しも思っていることだが、戦うと言うことは、自分が見たことがない技を垣間見ると言うことだ。 見たことがないものを、体験したことがないものが怖く恐れるその一瞬を攻める戦いとは心理戦だ。
本当に誰しもが思っていることで、それが怖くない人間なんていないはずだ。 怖くないとすればそれは正気を失った人間だろう。
「今は勝負に集中しろ。 光! お前は勝たなくちゃならないんじゃなかったのか? それは他人に奪われてしまっていいほど軽いものなのか? 光。 お前にとってそれはどうでもいいものだったか、答えろ!」
「そうだ…。 僕は…勝たなければいけないんだ―――ッ!!」
光の方も抑えていた魔力を開放したらしい。
………
……
…
「あれは…なんでしょうか。 あの凄まじい魔力は」
「余所見をしている暇があるのか? 貴様はァーーーーー!!」
その双剣の片方を上段に構え、振り下ろす黄金の騎士NO.11。対するは漆黒のマントに身を包む弓兵NO.6。
「今度は邪魔者がいないから本気で戦えると言うことか、NO.11」
NO.11は先のNO.06戦の折、多人数を護りながら戦っていたため、最後まで戦うことができなかった。だが、今は違う。
「彼らは護るべき人たちだ。 私が護るのは私が守ると決めたもの全て。この黄金守護甲冑がある限り、貴様の攻撃はこの私に傷一つつける事はできはしないと思え!」
「強力な魔力装甲か…いやいや。 これはまた大層な物をお持ちですね、まったく大げさな」
「戦場では一部の隙でも命を落とす。 私は周囲の者たちの教訓を取り入れただけだ」
一千の矢を払い落とす技を覚えるのなら、一千の矢をもろともしない鎧を作ればよい。 そんな言葉が普通に通用した時代だ。 彼女たちが何を持っていても驚いてはいけない。
「黄金の鎧、双振りの剣…NO.11お前は『聖痕の守護者』この前の戦いで見当はついてはいましたが…これで確定ですね。金色の守護騎士」
「そこまで知っている貴方は何者…貴方は一体どこの誰なのですか!?」
「私の名を聞いたところで貴方は一つの街の領主。 一兵卒上がり程度の私を知っているわけがない、覚えているはずがない」
一兵卒でこれほどの腕の持ち主…そんな人物は一人しかいない。
「そうか………貴方はフェテス―――フェテス・ヴィランド」
フェテス・ヴィランド。 その昔、彼女達と共に戦場を駆けた戦士の一人、百発百中を誇る弓の名手。
装備は弓に関する装備一式、その矢は風を纏い敵を真空で切り裂き、その弓はどんな矢だろうが放てる絶対に切れない弦を引いている。 そしてその矢筒は無限に矢を生成する。
「だとしたら…貴方はどうする? 聖痕の守護者」
「決着をつけるしかないだろう! フェテス」
その昔、彼女の相棒を救うためにその右腕を貫いたフェテスをNO.11が殺そうとしたが、その相棒に静止させられ、それ以来NO.11は彼を最後尾に布陣させるようになった…。 そして、今この瞬間。 最大の好期を得たNO.11は己が全力を持ってフェテスを斬り伏せようと剣を抜く。
その姿はまさに黄金の守護騎士。剣士は真昼の太陽を浴び爛々と光り輝いている。
「くそ…前が、見えないッ!」
「これでぇ!! ヘイズルーン、真名開放『黄金の煌きを宿す真月』!」
「ヒカルーーーーッ!!! また…会える日まで…」
フェテスは、最期のその瞬間まで光の名を叫び、そして、光へ還った。
「フェテス、地に還れ…祈りを我が戦友へ」
………
……
…
「ヒカル!!」
瑛がヒュドリアルボルグにより旋風を巻き起こす。 その風は光の視界を最悪の状態にするが…。
「燕条、学習しろよ。 僕にはお前が見えている。お前はそこだァ!!」
その声と共に弾丸が正確に瑛を貫こうと迫り来る。が、瑛の周囲の風によって銃弾の軌道が僅かにそれる。
「危ない、そろそろ僕もつらいな…どうするか」
「やっぱり…お前は全力で僕と戦っていなかったのか。 お前なら僕と本気で殺り合うと思ったんだけどな。 NO.06もいなくなった…だから、僕は全力でお前を倒す! 燕条!!」
「これで消えてくれ! 光!」
ヒュドリアルボルグを光に投げつける。 すると、瑛の手から離れ形状を維持できなくなったヒュドリアルボルグは突風を巻き起こし、光に襲い掛かる。
「これは!? どうすれば…っく、あぁあああッ!!!」
光は屋上ギリギリまで追い詰められ、ついに後一歩で転落する。
「燕条ッ!! 僕は…お前を絶対に倒す!! 覚えていろ!!」
吹き飛ばされ、屋上から見えなくなる直前に紅兎 光は瑛を倒すといい、屋上から落下した。 しかし着地する音も聞こえずに、見下ろしたその下に光はいなかった。
一組のマスターとNO'Sを倒した。 だが、それはとても気分が良いものではない。
戦って勝つ、テーブルゲームとは違う。 勝ったとしても、成り上がるのは屍の山と後悔だけだ。
懺悔したところで救われるはずもない。
どのような戦いであろうと救済はない。
救済があるのは、物語だけだ。
あるのは事実上の勝者への祝福と、敗者への花束くらいだろう。
これから何を成すのか、それが瑛達生き残ったマスターの課題となるだろう。
………
……
…