現実と空想の狭間で(4-3)
剣崎 宗に敗れたその夜、瑛との夜の見回りには行かずに飛燕は司馬市近郊の廃屋に彷徨うようにたどり着いた。街中で考え事をするとイライラすると、飛燕が言ったので、私は大人しくついて来たのだった。
「やっとわかった…剣崎 宗…覚醒者だったのね、これで納得がいったわ」
不敵に笑う飛燕。 宗に敗れてからの彼女は何処か精神が不安定だ
「大丈夫ですか? それで、何がわかったのです? マスター」
「簡単なことよ。 宗はNO'Sと同調していた…だから、私や瑛がいくら努力しても勝てる相手じゃない。 だって、彼は現段階で間違いなく一番強いのよ?」
NO'Sとの同調…マスターは何らかの方法でNO'Sの力を使うことができる。 その中でも最も確実な方法が同調だ。 同調とは、NO'Sとそのマスターの意志と、身体の融合のことだ。
「確かに強いかもしれませんが…同調は確実ですが、最も危険な方法です」
ハイリスクハイリターン。
同調は最も確実ゆえに危険だ。 マスターの肉体にNO'Sの力を叩き込むということ。 小さなコップを水道の蛇口の下に置き、蛇口を捻るようなもの、コップが魔術使いの魔力総量、蛇口がNO'Sだ。最大値が決まっているものに、一定ではあるがほぼ無限大の力を流されることだ。 当然、身体はすぐに悲鳴を上げる…。
「だから、宗は覚醒者なのよ。 元々NO'Sとしての素養があった…私たちでは遠く及ばないけれど…これを使えば」
そう言って飛燕はボストンバッグの中からあるものを取り出す。
「マスター!? それは…危険です。 今すぐに考えを改めてください」
「私は、『天空杯』が欲しいの。 貴女だってそうでしょう?」
「『マリミアの禁術書』…これは、また特異な物を持っているな、NO.9のマスター」
こんな深夜にこんな場所を訪れるこの人物は何者なのだろう。
「何者です!」
「私は『Lost NO'S』と、そう呼ばれている者だよ」
「Lost NO'S? それで…貴方は何をしにここに来たの?」
「君の様な凡庸な魔術使いの苦難を…近くで観察しに来たってところだ」
皮肉を口にするその口下は歪んでいた。
「貴様…マスターを侮辱するとは、許せません!」
Lost NO'Sと言った男を睨みつけるNO.9
「まあ、落ち着けサバネック・ディッフィルシュタッド」
「!!!」
驚き、目を見開くNO.9。 サバネック・ディッフィルシュタッドとは、彼女の本当の名だ。 他の者が知るはずもない。 そう、飛燕以外は…。
「どうして、貴方は彼女、サバネックの名を知っているのかしら?」
「なに…簡単なこと。 私はアストル。 『星詠』アストル・レイジング。この世の理には少々縁があってな」
「それで、その『星詠』様が何の用で?」
見下すように飛燕を見据え名乗るアストル。
「力が欲しいのだろ? 我々に協力しないか? 飛燕・アーヴィング」
邪悪な誘いの声。 その声は暗示をかけ、その眼差しは他の者を魅了する。
「私は……」
力が欲しい。 もう、手段なんて選んでいられない…私は、絶対に…。
「協力する。 それで? 具体的には何をすればいいの?」
「簡単だ――そこのNO'Sを殺せ。 そうすれば、私はお前に力を与える。 その『マリミアの禁術書』でな」
後ろを振り返る。 そこには、主の思惑に反したNO.9が身構えていた。
「なにをしているの? サバネック…ねぇ、大人しく殺されてくれない?」
「マスター…貴女はそこまでして力を欲するのですか?」
「そうよ。 悪い? だって、貴女を殺すだけで力をくれるって言うのよ? あの男だってそうすれば殺せる」
その飛燕の瞳は、欲望に染まってしまっている。 果てしなく深い闇のように…。
「『星詠』…貴様は、マスターに何をした!」
「私は何もしていない。 その女が勝手にお前を殺そうとしているだけだ。 さぁ、飛燕。 力が欲しいのだろ? お前の目的は知らないが、私はお前に力を与えるぞ?」
ゆっくりとサバネックに近づく飛燕。 その右手には何処からか持ち出したのか、刃物が握られている。
「やめてください、マスター」
「嫌よ。 私は、もう――もう、戻れないのよ!!」
飛燕はその右手の刃物を振りかぶり、サバネックの心臓に打ち付ける。
「そうだ、それでいい。 さぁ、約束だ。 お前に力を与えよう。 飛燕・アーヴィング」
『マリミアの禁術書』を開き、その中のあるページを探り当てる。
「お前に、NO'Sの力を与えよう。 もう、お前は道を違えることはできないぞ? それでも、後悔はないな? 私たちの理想は…」
本に魔力を注ぎ、準備を整えるアストル。
「御託はもういい。 さっさとして」
力を欲するあまり彼女は今、自分が何をしているのかわかっていない。
「ふぅん…なら、始めるぞ」
「――マスター……」
――勝手ながら、彼女を…飛燕を止めてくれることを、私は貴方に託します。 瑛…。
そこで、私の意識は途絶えた。
この後に、何が起こったのかは私にはわからない。 でも、最期に聞こえたこの声だけは、私は忘れないだろう。
「さようなら、ごめんなさい」
………
……
…