現実と空想の狭間で(4-2)
食券を買って、椅子に座りナポリタンを食べようとすると、黙々とカレーを食う龍閃と目が遇った。
「それにしても…。 燕条、お前なんだかずるいな」
「確かに俺もそう思うぜ龍閃」
「何がさ」
まったくわからない瑛は首をかしげると。 宗と龍閃に定食のおかずをひったくられた。
「何で盗るんだよ」
「いいじゃねぇか。 両手に花なんだから」
「確かに」
――両手に花? 右の席には特盛ランチBを頼んだ雫が、左の席には特盛ランチBを頼んだ飛燕が座っている…って、同じ物頼んだのかよ。
「って、べ、べつに僕はそんな…そんな気はないぞ」
自然と小声になる。
「これのどこが違うっていうんだよ瑛。 明らかに、お前に何らかの好意を持っているとしか、思えないじゃないか」
「そうだ、その鈍感なところは、お前らしいが鈍感すぎるのもアレだぞ?」
「うるさい。おまえら素でもてんだからあれこれ言うなよ」
ちなみにこの会話はかなりの小声で、三人ともかなり顔が近い。
この美男2人組み。
剣崎は明るい美青年系で白哉が物静かな美青年系と、良い面で両極端な組み合わせだ。 そして、この2人といると明らかに瑛は目立たない。 だが瑛もけっして、もてないというわけではない。 いや、むしろ…宗と白哉が目立っているだけなのである。
「瑛、それにしてもお前よくそれだけで生きていけるな」
「確かに、尊敬に値する」
目の前のナポリタンの山を見た龍閃と宗。
「なんだよそれ、ナポリの何が悪い」
一日三食どころか、1ヶ月はこれで過ごせるという瑛。
「いや、なぁ」
「うむ。 何も言うまい」
食事を済ませ、教室に戻る途中。 瑛は、飛燕に呼び止められた。
「瑛、放課後に少し調べ物するから、先に帰っていてくれる?」
一体何故だろうか、調べ物って第一なんだろうか…、と言う疑問が浮かぶがそれはそれでプライバシーってもんだろう。
「ああ。 いいけど…でも、手伝おうか」
「気を使かわなくってもいいわ、一人でしたほうが早く済みそうだから。 でも、ありがと」
「それじゃ頑張ってくれ。あ、飛燕、今晩も行くんだろ?」
「そのつもりよ。それじゃ、後でね」
瑛は教室に戻っていく。
――瑛にはああ言ったけど、学院内にいるマスターは早いうちに排除しないとならない。 魔力の量で調べた結果、雫は白。残るのはあの3人。霧夜先輩は怖くて近づけないし…円陣とかいう女も鋭い魔力量は私の上くらい。 それで残るのは…
「剣崎 宗…か」
「ん、なに? 呼んだ?」
すぐ後ろを歩いていた宗。 これは都合がいい。
「あの…剣崎君、放課後何か用事ある?」
「いんや、特にはないよ。 それで、なに?」
それは好都合と話を進める。
「ちょっと話したいことがあるから…」
「瑛に内緒でか?」
「ええ、2人だけで話したいことがあるの。 放課後に屋上で待っているから」
「へぇ、なんかわからないけど、わかった。 それじゃ後で」
と、予鈴が鳴った。
………
……
…
午後の授業は一通りこなし、そして放課後。 屋上に向かう。 今日の風はなんだか冷たい。
「待っていたわ」
待つこと五分余り、剣崎 宗が屋上にやってきた。
「それで、話ってなんだ? そんなに重要なことなのか?」
「ええ、とても重要な事よ。 ――でも、じれったいから単刀直入に言うわ。 貴方、NO'Sのマスターでしょ?」
言った途端明らかに場の空気が変わった。 というのも、心なしか宗の周りの空気が冷たくなったような。
「『マスター』ってなんだ?」
真剣な眼差しで飛燕に聞き返す宗。
「とぼけないで。 それと、そこは『NO'S』の方を聞くのが普通じゃないの? それか両方聞くか、誤魔化すにしても墓穴を掘っているわね、剣崎 宗」
「それはどうかな? 俺が本当に何も知らないかもしれないって事は眼中にないって事か? 偏見がすぎるっていうのよくないと思うぜ? なんだかわからないけどさ」
飛燕の言葉に臆することなく宗は話をはぐらかせる。
「これだけ言ってもまだ誤魔化すの? 剣崎 宗」
宗を睨む飛燕。 その睨み合いは続くものと思われたが。 音を上げたのは宗だった。
「…わかったよ、ったく。 確かに、君の探しているマスターは、俺なのかもしれない」
右腕をまくる宗。そこには『NO.4』の字が刻まれていた。
「やっぱり、マスターだったのね…NO.4ってことは、貴方、瑛を襲わせたの? 友達面してとんだ人でなしね」
「あれはNO.4が勝手にやったことだ。それに、俺はあいつを引き戻しただろ? それで、瑛が一緒じゃないってことは、あいつはマスターじゃないのか?」
ここで他のマスターに情報を上げるのも私の知れたことではない。
「そうよ。 魔力はあるものの、たいした知識持っていなさそうだし」
魔力があるのは本当だ。 魔力量だけならば学園随一、まれに見る奇才というやつだろう。
「嘘だな、あいつはマスターだ。 それは知っている。 ――それで…飛燕、ここに俺を呼び出した理由は俺と殺り合うためか?」
宗は瑛のことも知っている。 それはつまり、この前の光との戦いを見られていたということだ。
「そうよ。 私は貴方を殺す」
まだ人気が少し残ってはいるが、結界を張ってしまえば何をしても関係ない。
「やめとけ、大体こんな時刻だ。 周りをはぐらかしてもを、他のマスター共に怪しまれるだけだぜ? それに、だ。 俺、今は戦う気ないんだけど」
宗は屋上を後にしようとした。
「ま、待ちなさいよ」
「まだ、なにか用があるのか?」
――ここで倒さないと、私たちが不利なのは明白。
「NO.9!」
NO.9を召喚し、周囲の空間を断ち切る。
「おいおい、マジで殺る気か!? しかたねぇ、少し夢を見てもらう」
宗は何処からか刀を取出し、鞘から刀を抜いた瞬間。
「NO.9!? 何処に行ったの!」
「何のことですか、マスター?」
NO.9は飛燕の言っている事がわからない。 それもそうだ、NO.9の目にはなんら、変化のない光景が映し出されている。
だが、飛燕の目には剣崎 宗が何人もいるように映っている。 そう、とても異様な光景が。
「飛燕。 それでもまだ、俺と戦うっていうのか? もうやめろ。 無駄だとわかるだろ?」
「なによ…これ、宗がたくさん…」
「マスター!」
飛燕に近づこうとするNO.9。
「近寄らないで!」
「やめとけ、NO.9。 今のお前は俺に見えているんだよ、そいつに近づいたら攻撃されるぜ?」
――どういう事? いったい何が起きていると言うの? 宗が刀を抜いた瞬間!?
「原因は…その刀ね?」
「よくわかったな――そうだ。この刀『夢幻』の力さ、俺が言った夢を見てもらうって言うのはあながち嘘じゃないぜ、夢は夢でも、幻惑、幻想の類だからな」
『夢幻』この地域に伝わる二本の名刀の一本。
「こいつの力はこの刀を直接見たものに幻覚を見せる。 だが、どれが本物だかわからないだろ? それ故に、君では俺には勝てない」
宗は、一通り説明すると夢幻を鞘に戻してしまった。
「なぜ!? なぜ私を斬らないの!?」
「俺は今、殺る気はないって言っただろ。 第一、クラスメイト殺すんなら学校を使用不能にしてからだ…って、俺にその気はないが」
「なによ…私が動けなくても、NO.9が」
幻惑状態を解除されたが、飛燕の脳は未だ幻覚の影響を受けているようだ。
「魔術だけじゃ俺には勝てない、他の奴は半端者とか言うのだろうが…俺は魔術剣士だ。 並みの魔術じゃ、効果はないぜ」
魔術剣士、魔術と剣術の両方を習得している半端者。 だが、その両方とも会得したものは魔術使いでも、戦士でも戦うのは難しい。 それ故に、他のものは彼らと戦うことを極端に嫌う。
「はぐれ者の癖に、マスターになるなんて…」
「それを言うなら他のやつはどうなるんだ?」
「何よそのわかりきったような言葉は…」
「わかりきった、じゃなくて知ってんだよ。 NO.12以外のNO'Sの所在は全て把握している」
うそだ…そんなはずはない。 この数日で全てのNO'Sの能力を把握することは不可能だ。 はったりを言ってごまかそうとしているに違いない。
「そんな…」
「俺はお前と戦う気はないし、お前では俺に勝てない。 瑛が俺と戦うというのならあいつにも伝えておいてくれないか? お前がまだ戦う気があるのなら、だがな」
そういうと宗はその場を後にした。
「なんでよ…なんで私だけこんなに…」
私だけ、私だけだ。 こんなに弱い。なぜ私だけが…
「そうよ、NO.11を奪えばいいんだ……でも、だめ!」
そんなことしたら私は…私は…彼に嫌われる。 嫌われるのはもう嫌だ。
もう一人にはなりたくない。 私はもう、あんな孤独は味わいたくない。
一人は嫌だ。
怖い。
暗闇の中で一人で眠るのを嫌う怖がりな少女のように、私はその場に蹲った。
「なら…私は――何か手段は…」
やめよう。こんなに考えても浮かばないんだ。
「飛燕」
「NO.9、私はもう迷わない。 アイツを倒さない限り私はもう前に進めない」
そう。 何をしてでも剣崎 宗をこの手で殺す。 瑛がどんなに嫌だと言っても協力させる。
そのためには今は身を隠そう。 隠れて機会を窺おう。
「だって、私はアーヴィングの魔術使いなんだから…目的のためなら、本当は手段なんて選んでられないんだから………」
………
……
…