現実と空想の狭間で(4-1)
昨日の夜の戦いで撃たれた足が、まだ少しだが痛む。 それにしても、昨日の今日でこれだけ動くというのも奇妙な話だ。 これほど傷の治りが早かった事はない。
「燕条君、何かあったの?」
雫だ。 足がおかしい事に気がついたのだろう。 教室に着くまでに三回も倒れたんだし、当然か。
「ちょっと足捻ってさ。これじゃ部活にでられないな」
地区大会が近いっていうのに、これじゃ出場辞退だ、と思ったが、これは好都合かもしれない。
「ベランダから降りようとするからよ」
隣の席の飛燕が割り込んできた。
「飛燕? どうしてそんな事知っているのかしら」
何処となく、そう。何処となくだが…そう、雫が怒っている気がする。
「だって部屋――隣だし、そういえば雫って、特例の自宅通学でしたよね?」
「特例って皆言っているけど――入学時の書類にこまごまと書いてある中に自宅通学しますか? って、有ったわよ?」
あの書類を全て読んでいる奴がいたのか…目が痛くなったので適当にまるで囲っていったが…雫、流石侮れないな。
「オレと龍閃も自宅通学だぞ」
「本当か宗」
ここにも書類を全部読んでいる奴がいた。
「ああ、龍閃とは大体、敷地内に入ってから会う」
「そうだな。 何気に今年からは、寮の使用者が減ったらしいし、まともに寮を使っているのは部活に入っている連中くらいだぞ? 燕条」
「なんで白哉は寮じゃないんだ?」
「家にはトレーニングルーム完備の道場がある」
「さすが…大地主」
龍閃の家は昔から続く、地主の家系でその昔はこの地帯一体を治めていた領主だったとか…。
「で、結果としてどっちも普通ってことみたいだな飛燕」
「そうみたいね」
「で、何話していたんだ? 瑛」
宗は話が気になって、龍閃と話していたが割り込んできたようだ。
「そうよ、宗聞いてよ。 燕条君ベランダから飛び降りたんだって」
雫は呆れたように宗に瑛の奇行を聞いてくれと話をふる。が、
「瑛の部屋って何階だっけ?」
「3階だ」
「あの頃はよくやったな」
「確かに」
「なによあの頃って」
中等学院の入学当初、学食を食いに行くためには、いちいち1階まで階段で降りなくてはならなかった…だがそれが面倒だった僕と宗は3階から1階までの最速の移動方法である、窓を使って一階まで降りていた。
「あの頃は楽しかった。 本当に楽しかった」
「「訳がわからないでしょうが!」」
横腹と鳩尾にストレート。 椅子に座っていたがために避けられなかった。
「うっ…」
「雫、飛燕…それ、禁止」
ばたりと椅子から落ちる瑛。
「雫、飛燕。 燕条を盗り合ってけんかするのは結構だが、親族の前では慎むべきだと思うぞ?」
同じ学級に二歳年下の妹がいるというのはどういう事なのかというと、この学校の特例、(本当に特例が多いな…)で優秀な人間は入学許可というものがあり、それ故に彩はこの学院に在籍している。さすが、私立のなせる業だ。
「お、お兄ちゃん!? どうしたの?」
ぐらぐら。 ゆすっても泡を吹き出すだけの燕条 瑛を頑張って起こそうとする妹、彩。
「彩ちゃん、安心してくれ、コイツは急な眠気が襲ってきて、いきなり眠ってしまっただけなんだ」
「本当?」
「「「「本当」」」」
その場にいたもの全員が口をそろえたため、(偽証)彩はすっかり信じ、宗が瑛を椅子に座らせ机に伏せさせる。 (証拠隠滅)
と、ちょうど8:30予鈴がなり、担任が来たため、皆席に着いた。
「燕条 瑛どうした?」
「「「「寝ています」」」」
雫、飛燕、宗、龍閃、の四人が口をそろえたため、
「そうか、欠席!!」
瑛は欠席となってしまった…。
……って。
「います、います、起きています」
椅子から飛び起きる。
「なら返事しろ」
「はい。―――くそ!」
「何か言ったか?」
「言っていませんよ。 なにも!!」
………
……
…
さて、四時間目のSHR。
決してショートホームルームではない。 スーパーホームルーム。 の略らしいのだが…この学院このあたりも意味不明である。 とそんな事はおいておくとして、相変わらず決定していない学院祭の縁日の店決めは、難航の兆しを見せ始めていた…。
「だからカレーでいいじゃないか。何か問題でもあるのか?」
という剣崎 宗率いる剣崎派と。
「何でこんなときまで、カレーなのよ宗君は!私はイヤ、絶対にスパゲティ」
という都橋 優菜率いる優菜派にきっぱり分かれてしまった。 ちなみに、瑛は優菜派である。 そして、少し考えれば誰にでもわかることだが、どちらも今すぐ食える。
「ちょっと2人とも落ち着いてくださいよ」
両名を説得しようと試みているのが瑛の妹にしてクラス委員長に就任している燕条 彩だった。
「悪いな彩ちゃん。 これだけは譲れないぜ」
とてもそうとは思わないんだが…
「そうよ、カレーなんて何時でも食べられるよ。宗君」
「そっちだって同じじゃねぇか」
宗正確には、『どっちだって』ではないのだろうか…
「先生はどう思います?」
椅子に座り、この下らない口論に口を挟まずに聞いていた担任教諭、波田 亮平に意見を求める彩。
「カレーとスパゲティだったな……カレースパ?」
と、なんとも大胆な意見を出してきた、波田教諭。とりあえず、合体させてみたようだ。 もしも、もしもの話。 カレーじゃなくて、うどんだったらどうなっていたのだろうか…。 想像できない。うどんの麺の上に盛られたトマトソース……。 無理、食えない。
「イヤ、どっちかじゃなきゃ意味ないもん」
これが出てしまったらもう勝負はつかない、優菜のわがまま。 こうなってしまったら、意見は絶対に曲げない。 店、決まるのだろうか…。
「瑛君はどっちがいい?」
「なんで僕なのさ」
瑛はもうすでに自分の意見を尊重しているので意味がない。
「僕じゃ意味ないだろ? まだ言っていない奴は……白哉は言ったか?」
「俺はこっち。 知っているだろ?」
龍閃は剣崎派だった。
「それじゃ……淳は?」
「僕はこっち。 って、今の今まで君の隣にいただろ瑛!」
「そうか…まったく気がつかなかったよ」
淳は都橋派だった。
「雫と飛燕は?」
「「スパ!」」
大半の意見が被っている。 いずれどちらかのキャラが死ぬのではないだろうか…。 この二名、趣向が似ているため、あまりもめないが…さっきまでのが嘘のようだ。
………
……
…
「お前ら、真面目に話す気があるのか!」
と、珍しい、こいつが話しに入ってくるとは…霧夜 翼。
無敵の風紀委員長。 霧夜先輩の妹にして、現在、我がクラスの風紀委員を務めている。 それなりの武術の心得があり、たまに龍閃と試し稽古をしているとか。
龍閃曰く、「霧夜先輩の次に敵に回してはいけない人物だ」とのことだ。
「翼ちゃん、意見があるんだったらどうぞ」
彩は委員長らしくクラスメイトの発言を許可する。
「ん、両名共に引いてもらうぞ。 どう聞いても、お前ら食いたいものを言っているだけのようだからな、実際そんなもの、作りたいときに作って食えるだろ?剣崎さん? 都橋さん?」
両名とも睨みつけられたじたじ、そして明らかな正論。
「でも、どうするんだ?」
「あれだ…縁日の店の『店』という概念をはずしてみてくれ」
「それで?どうするのよ」
と今まで黙っていた雫。
「いっそ喫茶店でどうだろうか?」
「いいかも。それで、メニューはどうするんだ?翼」
翼は少し悩んでから
「カレースパ?」
と、真顔で言った。 で、なぜにスパなのですか?
「お前も、結局それか!」
予鈴がなった。決まらずして四時間目終了。
「結局決まらなかった。 無念だ」
「そういうこともあるよ」
翼の弱気な様子を心配してか彩が声をかける。
「いつも失敗ばかりだ…私はダメな娘だ」
そういえば休み前、白哉と宗と組んで武道トーナメントに出場し、二回戦目でチーム【風紀委員】(もちろん霧夜先輩率いる)とあたり、チーム【剣龍】の先鋒だった瑛は同じく向こうの先鋒であった翼と当たった。 翼は薙刀、瑛は自前の槍、戦闘は一瞬でけりがついた。 翼は目にも止まらない速さで瑛に近づき、瑛はなす術もなく、ボコボコにやられた。 全治三週間で済んだのが奇跡的だった。 あの人、霧夜 桐吾さんではなくて、本当によかったと今でも思っている。
「燕条君?」
「瑛?」
雫と飛燕が瑛の顔を覗き込んでいた。
「な、なんだ?」
「お昼、どうするの?」
「宗達と学食行ってくるよ。 雫は?」
「それじゃ私もそっち行く」
と飛燕
「それじゃ私も一緒に食べる」
「ま、いいけど――宗、行こうぜ」
廊下を歩き、二階の学食に向かう。
………
……
…