非現実との遭遇(1-1)
この世界には秘密がある。
誰かがそう言っていた。その世界は人々がそれぞれ思った事なのかもしれない。
人は考える生き物だといった人がいる。だが、人には考えても分からない事がある。実際、今と言う現実はどういうものなのだろうか…。
この世界には秘密がある。
世界に限ったことじゃない。人々にも秘密がある。だから、世界は純粋じゃない。
進化は破滅へ、進歩は絶望へ、変わるべきは人ではなく、世界にこそ変革を齎すべきだ。
救われない世界を救うために『神薙』は現存する世界を変える。
矛盾したことだと言うことはわかっている。 だが、変えなければ…。
全てを変える必要はない。 ルールの中の一つを変えればいい。それだけで、この世界は大きく変わる。
そして、世界は一度壊された。
壊れた世界から持ち出された唯一にして絶対なもの、世界の記憶。
そうして、世界の秩序が欠落した。 神を殺す者、『神薙』を体現させて…。
………
……
…
「ああっ、たく…遅い!」
彼が何故これほどに落ち着きがなく辺りをうろうろしているのかというのも、彼がここ、司馬市、司馬商店街の広場中央に位置する巨大な柱時計の真下に到着してから、もうかれこれ40分は経過しているからだ。連絡をしようにもその手段がないのだから仕方がない。
「待っていても埒が明かないか…、これは迎えに行った方が早かったかな…?」
愚痴を言っても仕方がないと思い彼は待つのを止め、その場から歩き出した。
こうなれば、待ち合わせ相手の家にさっさと迎えに行って、さっさと学校に行くのが『学生らしい』というものだろう。
彼は待ち合わせに来なかった相手である、都橋 優菜[トバシ ユウナ]の自宅へと向かう事にした。
彼の名は燕条 瑛[エンジョウアキラ]。 その昔に外国からこの国に移り住んだと言われる燕条家の長男。家族構成は瑛の他には妹が一人。両親は妹が生まれて間もない頃に亡くなった。
そんな辛い過去を乗り越えた現在、18である彼はここ司馬市にある高等学院、司馬東高等学院に通学し、現在は三年生である。
「っと、ん?なんかあったのか?」
そうこうしているうちに優菜の家の近くまで来ていた。すると、行く手にある一軒の住宅の入り口に黄色いテープが張られ、その傍には警官が立っている。何があったのか気になったので、直接聞いてみる事にした。
「何かあったんですか?」
聞いたところで何も聞き出せないと知りながら、瑛は直接警官に訪ねる。
「守秘義務がありますのでお答えできません」
「そ、そうですか」
何があったのかを聞けなかったのは残念だが、下手に事情を知ってしまうのも気が引けると後から気がついた。なんらかの事件があった家を通り過ぎ、数軒先の優菜の家に到着した。
まったく、家の近くで事件があったというのに、この辺りの住人は一体どうしたというのだろう早朝ならまだしも。まだ8時前だというのに。この辺りにいた人間は先ほどの警官だけだ。人間と出会っていないというのも不自然だ。 優菜の身にも何か起こっているのではないか、そんな不安を感じながら、インターフォンに指をのばした。
「あら、どなたですか?」
家の中から優菜の母さんの声が聞こえた。
「燕条です! 燕条 瑛です」
どうやら考えすぎだったようだ。 こんな身近で、しかもこんな大規模で何かが起こるはずはない。
「あら、瑛君?少し待っていて、優菜!瑛君が来たわよ!」
―――寝坊か? まったく、人をあれだけ待たせておいて…。
っと、玄関のドアが開き、優菜が出てきた。
「遅いぞもう8時だ。行くぞ優菜」
彼女の名前は都橋 優菜。天然質で運が強く。何かしらの事件に巻き込まれるが、無傷で帰ってくるという凄まじい奴なのだ。
しかし、瑛の友人だという極々普通な面も持ち合わせている。最も、瑛が一般の概念から外れてしまえばこの日常という『普通』は木っ端微塵に吹き飛ぶ訳なのだが………。
「あれ、おかしいな。家の時計、まだ7時半だったよ?」
それは確かに変だ。30分もの誤差は普通ではありえない。何かしらの異常があったのだろうが、それを知る術を瑛は知らない、深く考えるのを止める。今は学院に行くことが先だ。
「それは変だが、今は学院に早く行かないと。登校初日に遅刻はまずい。それと、優菜、約束覚えているか?」
「約束って? 何だっけ」
僕が来ていなかったら優菜は遅刻していたって事か。迎えに来たのはいい方向に転んだようだが、優菜は約束を覚えていなかった。一学期の終業式の時に優菜は
「始業式の日一緒に行こうね」
と、言ってきたから、瑛は断る理由もなく、
「別にいいけど」
と言いつつ楽しみに待っていた訳なのだが、優菜の奴は約束を忘れていたので、この選択は正解だったといえる。
学院に向かう途中、通学路を小走りで学院に向かっていると、歩いてきた道の方から声が聞こえる。
「淳だな」
「淳君だね」
夜月 淳[ヨツキ ジュン]。優菜の中等学院時代からの同級生らしい。中等学院時代は生徒会長で現在は瑛達のクラス副代表を務めるメガネをかけた奴だ。普段はそれなりにクラスをまとめているのだが、たまに盛大に笑いをとってくれるユニークな奴だ。っと、今はそんな事はどうでもいい。
「早くしないと遅れるぞ、優菜」
「あ、待ってよ。瑛君!」
優菜は先に行った瑛を追いかけて走って行ってしまう。追いついたばかりでへばったところを、瑛が、行ってしまったものだから、淳は息をつく暇もない。
「ま、待ってくれよッ!優菜」
無理をして淳は走る。走ってはいるが、非常に覚束ない様だ。どうやら、軽い貧血らしい。
「あれ?」
優菜は思い出したように声を上げ、淳に問いかける。
「そういえば、なんで淳君後ろから来たの?淳君の家もっと向こうだよね?」
と、今から向かう学院の方向を指差す。 確か淳の家は学院の向こう側。つまり、淳がここにいるのはおかしい。
「ゆ、優菜が僕と、始業式の日に一緒に行こうって行ったから、君の家に行ったんじゃないか。そうしたら、もう出たって言われて僕はこの道を真っ直ぐ来たんだ」
優菜の奴はどうやら二重に約束をして両方とも忘れていたようだ。 まったく…。
「と、こうしてはいられない。優菜、行くぞ」
「うん、行こ。 淳君、早く早く」
悪気を感じられない優菜の態度に仕方がないと思いつつ、必死に学院を目指した。
………
……
…
猛ダッシュすること五分余り、学院に到着し、急いで教室に向かい、息を切らしながらようやく教室に入る。
「ふぅ、間に合った。」
間に合ったのはいいがこの後に始業式という面倒くさいものがある。
「移動だって、瑛」
クラスメイトに促されるままに優奈、淳とともに体育館へと向かう。僕は、クラスではどちらかというと皆と仲がいい。のだが、あえて目立っているのではないかと思うくらいのやつらがいる。
さきに紹介した都橋 優菜、夜月 淳の他に、いつも、窓の外を眺めている無口、無愛想なのだが、武術部の主将を務める龍閃 白哉[リュウセン ビャクヤ]
その龍閃 白哉が主将を務める、武術部に在籍する…その外見は休みの前とは異常なまでに違うので本人だと確認するのに少々時間がかかった。相変わらずの男前なのは変わらないが、黒の長髪(腰下くらいまでの長さ)だった男だったがその髪を全て真紅に染め、耳にはピアスを光らせていたのだから二度見どころの騒ぎではない。クラス中がその話題で持ちきりであった。その異端児の名は剣崎 宗[ケンザキ シュウ]
優菜の親友で、運動神経抜群。鋭い目つきだが、優しさのようなものが垣間見える言動が多く、色々と間違えられやすい円陣 留香[エンジン リュカ]
そして、
「おはよう燕条君、相変わらず冴えない顔をしているわね」
「…開口一番それか、雫」
この見た目の印象を勢いよく吹き飛ばしてしまいそうなこの女の名前は聖零 雫[セイレイ シズク]先ほどの言動は彼女のあいさつ程度、容姿端麗で頭脳明晰。半端ではない内面[脳内]と外見[見たまま]のスペックのおかげで、内面[精神]の最悪の部分が見事に調和されている。そろそろだれか気がついてもいい頃だが、この女は上手く猫をかぶっている。
「文句でもあるの?ま、優菜があなたのお世話になっているから私は仕方がなく…ってどこ行くのよっ!?」
これは話が長くなりそうだと、雫をおいて体育館に行こうとするがやはり気付かれてしまった。
「始業式だろ? 行こう」
「なによ!」
すたすたと歩いて行ってしまった。
「さて、僕も行くとしよう」
瑛も体育館に向かう。たどり着くと、丁度チャイムがなった。
………
……
…
「それにしても、ほんとに面倒だよな」
それはそうだろう。誰しもこんな式辞を喜ぶ奴はいない。 この当たり前の様な事を言っている男が先ほど話に出た、剣崎 宗。 見たとおりの優男。 最近は僕の方からあまり話しはしないが、いい奴であることは変わりないだろう。なぜ、隣に来たのかはわからないが。
「ああ、そうだな」
「別に、寝ていてもバレないだろ?」
こいつはいきなり何を言っているのだろうかと適当に相槌をうつように言葉を返す。
「寝られるものなら寝てみろ。 ま、立ったまま寝られるような奴は…奴は…」
いない。 そう言おうと思い再び隣を見ると、立ったまま寝ているこの男は一体何なのだろうか…。
「直立姿勢で、しかも全く動く気配が見えないこの男は、本当に人間なのでしょうか? いいや、人間であるはずがない。 馬鹿だ」
突っついても起きない…。 宗は本当にいろいろと器用な奴だな、と感心してしまう。
始業式は校長の挨拶から始まる。
定番の「皆さんはどんな夏休みを過ごしましたか?」から、今学期の方針を言って終了。
その後に無駄に声のでかい生徒指導部からの注意事項の提示。 この無駄に大きい声を聞きながらも、剣崎 宗は立ったまま寝ると言う神業を披露し続け、そして始業式は終了した。
まったく…退屈だ。 これだったら授業を受けている方が幾分かましだ、なんて言っても机に突っ伏して寝られる。
「あーあ、眠い」
「私も疲れちゃった」
今日の日程がこれで終わりと言うのだから、本当に人を馬鹿にしているとしか思えない。 と、目の前に女生徒が立ちふさがる。
「ねぇ、二人とも」
彼女が聖零 雫。 趣味が買い物。 そして、特技が…っとこれは触れてはいけない。 実際に頭がいいだけ質が悪い。
「この後暇だったら買い物行かない?」
「またかよ」
このくらい言ったところでどうという反応を見せないあたりしっかりしている。
「いいじゃない! 瑛君には女の楽しみがわからないの?」
個人によって楽しみ方は異なると思うのだが…例えるならば、優菜はボーっとしているのが好きだしな。
「雫、今お金ないんだけど」
「お金の心配? お金はね、ゴニョゴニョ」
優菜の首に手を回して僕に聞こえないくらいの声で何か吹き込んでいる。まぁどうせ「瑛君に買ってもらいなさい」みたいなことを言っているんだろう。
「え、でも」
「大丈夫よ、燕条君、嫌がらないから」
なぜ、嫌がらないと言えるのだろうか、
「そうだね! そうする」
瑛の方を向き直る優菜。 雫はニヤニヤと笑っている…。 一体何を吹き込んだのやら…。
「待て、金か? 金ならないぞ」
「ちがうよ。 瑛君は…明日はお暇ですか? 暇だったら、その…わ、私と、映画に行かない…ですか?」
これってもしかすると…で、デートなのか…? そ、そんな…まさか…冗談か? なんだか雫がまたいっそうニヤニヤしているし。
「仕方ないな。 わかったよ、なんか買ってやる。 でも、悪いけど僕は明日は忙しい。 しばらく部屋を空けていたから掃除しないといけないんだ、それでなんだけど、明後日じゃダメかな? 優菜」
「そ、そうなんだ…うん、わかった。 それじゃ、また今度行こうよ。 別に明後日じゃなくってもいいから」
なんか凄く悪い事をした気分だ。 ほんとになんか買ってやろう。 優菜の好きそうな物を少し奮発して…。
………
……
…