乙ゲーに転生したけれど、ヒロインが可愛いすぎて死にそう
※注意※
主人公が変態。
ちょっとうざいくらいにヒロインを溺愛している。
無駄に長い。
それでは、どうぞ。
ふわりと揺れる栗色の髪。汚れひとつ無い水色の目。
長い睫毛が影を落とし、その瞳は輝きを放つ。
柔らかそうな白い肌。ぷっくりと膨れる小さな唇。
その全てを集めたその顔は、まるでお人形のよう。
それがこのゲームのヒロイン、栗原 愛水。
そして私は、その栗原愛水……
ではなく。火野 舞花と言う者でございます。
え?私?今?今はねー、柱の影から愛水ちゃんを眺めてるけど何か?
そこ、変態とか言わない。そこも!ストーカーとか言わない!
私はただ純粋に愛水ちゃんが好きなだけだ!!
でもね、困ったことに私はこうやって見ているだけで、あんまし愛水ちゃんに関われない。おい、今「やっぱりストーカーじゃん」とか言った奴誰だ。出てこい。ちゃんと理由があんだよ!!
一番最初に話した通り、ここはどうやら乙ゲーの中らしい。そして、私は前世の記憶を持ちながらこの世界に転生した。と言っても私が前世の記憶を思い出したのは、クラスに愛水ちゃんが転校してきた時。つまり、乙ゲーがスタートする時。
だけどここで問題発生。
私、つまり火野舞花は乙ゲーの中で言う、いわゆるライバル……というか、悪役キャラなのだ。ほら、よく少女漫画とかでイケメンと仲良くしてるヒロインを見て「なんであの子なのよキー!!」ってハンカチくわえてるキャラ。そう、あれ。
本当は、愛水ちゃんが転校してきた時点で、私火野舞花は嫌悪感を覚えるはずだった。
なのに私は昨日、初めて教室に入ってきた愛水ちゃんを見て、こう思った。
なにこの可愛い子。
一応間違いの無いように言っておくが、私は決して同性愛者ではない。
もうひとつ勘違いの無いように言っておくが、この世界では髪と瞳の色が違うなんてざらだ。実際に私も、赤い髪にピンクの瞳。だから決して愛水ちゃんの、私からしたら異質な髪と瞳の色の組み合わせに惹かれたわけではない。
それでも彼女には、なぜか惹かれるものがあるのだ。
さすがヒロイン。とでも言うべきか。
かくして私は、最初に壇上に立った愛水ちゃんににっこりと微笑まれ、ノックアウトされてしまったのであった。
その後、校内の案内人に自ら名乗り出、愛水ちゃんの可愛らしさと美しさを存分に堪能した私を、一体誰が責められよう。いや責められるわ、うん。
とにかく、前世の記憶が戻ったのは家に帰ってから。思い出して「ヤベえ!!」と叫んだのはそのすぐ後。「でも可愛いかったんだよぉぉぉおおお!!」と叫んだのもそのすぐ後。うるさいね、私。
そして、一応『優しいクラスメイト』というポジションを獲得することに成功した私は、こうやって愛水ちゃんに関わるか関わらないか悩んでいるのでございます。
だってさぁ、もし私が関わっちゃったことによって物語自体が変わっちゃったら嫌じゃん?
私は愛水ちゃんが一体どのエンドを迎えるのか、ニヤニヤしながら見守りたいんだYO!
美少女と美少年!!なんという素敵な組み合わせなの!!ありがとう乙ゲー!!このジャンルを思い付いた人は天才だ!!神だ!!ありがとう!!地面に頭を擦り付けてお礼を述べたい!!
そして目の先にいる愛水ちゃんにもお礼を言いたい。いや、叫びたい。「生まれてきてくれてありがとう!!」と。私のこれからの毎日は、貴女がいることによって薔薇色に輝くよ!!
もし関われなくても遠くから眺めることぐらいは許してね!!
柱の影からハァハァと息を荒くして眺めている私に愛水ちゃんは気付いているのかいないのか、キョロキョロと辺りを見渡す。そしてこちらに顔を向けて止まった。やべっ、気付かれたかな?もし気付かれたら、ヤバいことになる。私はただの変態だ。いや、今も変態か。
でも私が思ったのとは違うようで、困ったように眉を下げた。
「……っ!!」
なにあれ!かんっわいいいい!!
何!?何に困ってるの!?お姉さん話聞いちゃうよ!?むしろ聞かせてぇぇえええ!!
私は愛水ちゃんに向かって走り出そうと一歩踏み出した。
「おい」
「ぐえっ!!」
が、それは腹に回された手によって阻止されてしまった。
「なっ、なに……」
腹から手が離れたのを見て、後ろを振り返る。
そこにいたのは、見知った顔。私は眉をひそめ、そいつの名前を口に出した。
「なにすんのさ、透」
こいつの名前は赤矢 透。私の幼なじみであり、愛水ちゃんの攻略対象でもある。
前世の記憶を思い出した時は、思わず「マジかよ!!」と叫んでしまった私を許してほしい。ごめん、透。
だってさー、想像してごらん?ある日ここが乙ゲーの中の世界だと知り、幼なじみが攻略対象である、とな。これはもう観賞しない訳にはいかんでしょ!!
まあ、分からなくもない。こう言っちゃアレなんだが、透はかなりのイケメンである。赤茶色の髪に赤色の瞳。顔の中心にある鼻はスラッとしていて、目は少しつり目。そういや強気なキャラクターだったなぁ、と思い出す。いや気付けよ自分。まず幼なじみがイケメンだって所で気付けよ。
そして、もしも愛水ちゃんが透のルートを選んだ場合、もれなく私の嫌がらせが付いてきます。というのも、設定では私は透の事が好きで、後から転校してきた邪魔者の愛水ちゃんをいじめ倒す、っていう役柄なんだけど……いやー、ハハッ
「ないわー」
「何がだよ」
乾いた笑いをこぼす私に、今度は透が眉をひそめた。
だってさぁ、こいつ小学生の時に私をいじめてた張本人だよ。いつも嫌がらせしてきたり、さすがにノートびりびりに破られた時は泣きながら帰りましたよ。あの時に比べたらいじめられることは無くなったけど、それでもちょっかいは出してくる。
断言しよう。これで好きになったらそいつはMだ、と。
「おい舞花」
「なにー」
「一緒に帰んぞ」
「やだー」
「あ?」
威嚇すんの良くないよ。イジメ、ダメ、ゼッタイ。
「わざわざ鞄持ってきてやったんだ。行くぞ」
ほら、と私の鞄を投げてくる。ちょっと待て。お前いつの間に私の鞄を!!
「ごめん、私やることあるから」
「何を」
うわあ。めっちゃイライラしてんのが分かる。顔に出てるぞー。整った顔立ちだからさらに怖いぞー。
でもこれだけは譲れない。だって私のマイエンジェルが困っておられるのに!ここで出て行かなくてどうする!
「クラスメイトが困ってんの。転校してきたばっかで、分からないことがあると思うから」
単発に答え、これでよし、と愛水ちゃんの様子を伺おうとする。
「ふーん……」
とん、と横から音がした。目の前には透の長い腕。音の逆方向を見ると、透が……あの、近いっす。透サン。
「舞花はオレより転校生の方優先するんだな」
これは……あれだな。壁ドン。横からされてるから横壁ドンだな。
どうやら、愛水ちゃんにバレないように、壁に体をくっ付けてたのがマズかったらしい。横から覆い被さるように柱にくっつけられて、正直、逃げ場が無い。
だからこいつは嫌なんだよ!!嫌がらせにしても度が過ぎてる!っていうかお前、私じゃなくて愛水ちゃんにやってこいよ!それを私に観賞させろ!そんで愛水ちゃんの真っ赤な顔が見れたら最高!!
「大事な幼なじみほったらかしにして、他の奴の所に行くんだ?」
やめろやめろ!!耳元で囁くな!!このエロボイスが!!
つーかごめん!!お前はそれほど大事じゃない!!
さっさと離れ……
「イケナイ子だな、舞花は……」
ぞくり、と体が震えた。背筋に痺れが走る。
……やばい。これはやばい。
「あの、さ。透。ちょっと待とうか……」
さすがに慣れている幼なじみが相手でも、男に面識が無い体に、しかもイケメンに、とろりととろけそうな声で囁かれたらちょっとどころじゃなく腰が砕けそうになる。
「なぁ、舞花……」
当の本人は楽しそうな声音で私の耳に語りかける。
どうしよう、これ。やばい、頭が真っ白に────
「何をしているのですか?」
なる手前で現実に引き戻された。
声の主は見なくても分かる。凛とした、落ち着いた声。この声は間違いなく、あの人だ。
「青木先輩……」
呟くと同時に、圧迫感が無くなる。つまり、私から透が引き剥がされた。
「大丈夫ですか?」
透をぽいっと投げ捨て、私から離れさせてくれる青木先輩。そして、私と透の間に立ち塞がった。青色の瞳がキュッと細くなる。サラリと、黒色の髪が揺れた。
「大丈夫です。ありがとうございました、先輩」
このお方は青木 仁先輩。私達よりもひとつ上の学年、つまり三年生であり、なんと生徒会副会長でありながら風紀委員長もこなす凄いお方なのである。実際に頭も良いらしいし、身だしなみやら丁寧な言葉使いやら尊敬する所が沢山ある。
ちなみに私は同じ風紀委員で、そこで初めて先輩の存在を知った。いやー、じゃんけんで負けてなった委員だけど、結構役得だったかもって思ったよ。だって青木先輩だよ?裏でミスターパーフェクトって呼ばれてるんだよ?え?誰が呼んでるのかって?私だよ!!
まあそんなこんなで、下級生に対しても崩さない敬語と態度に、ひっそりと私は憧れているのである。
そして、このお方も愛水ちゃんの攻略対象でございます。もし愛水ちゃんが青木先輩のルートに入ると、放課後、委員会でのイベントやらお昼ご飯のイベントやらが体験可能になるのである。やべぇ、覗き見たい!委員会での仕事であれこれされちゃう愛水ちゃんに、お昼ご飯をあーんされる愛水ちゃん。可愛いらしく照れてたりしてたら鼻血モンだわぁ。誰か!ティッシュの用意を!
「いえいえ。危ないところでしたね」
そんな私の思考なんて知るはずも無く、青木先輩はまた目を細めて笑う。猫みたいだといつも思う。実際目、切れ長だしね。
透は引き剥がされた時、凄い殺気を放っていたけど、引っ張ったのが青木先輩だというのを確認するとチッと舌打ち。ちょいと、先輩に対してその態度はどーなのよ。それで何で不機嫌そうに私を見るの。目が「後で覚えておけ」って目ぇしてる。え、待って。これ私悪くないよね?なんで!?
「それにしても」
するり、と青木先輩が私の頬に手を伸ばす。ってうん?なにこの空気。
「可哀想に。怖かったでしょう」
その手が耳に伝っていく。そのまま長い指で耳を弄ばれる。
「……っ」
くすぐったくて、思わず声が出そうになった。
いや、アカン。青木先輩は心配してくれてるんだから、我慢せねば。
「大丈夫でしたか?何もされませんでしたか?」
今貴方にされてますが。出来れば止めていただきたいのですが。
けれど、手は一向に止まる気配が無い。それどころか肩を震わす私を見て、青木先輩はくすりと笑った。
なんだか甘ったるいムードが流れる中、青木先輩の隣からにゅっと手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。
「うわっ」
そのまま青木先輩の後ろに引っ張られる。透だ。
透は私を隣に置いたまま、青木先輩を睨み付ける。青木先輩は余裕の笑みで透を見つめる。流れる沈黙。
もう一度言おう。なにこの空気。
青木先輩と透は睨みあったまま。空気がピリピリとしてるように感じるのは気のせいだと信じたい。……そうだ。この二人、公式でも中が悪いんだっけ。
さすがの私もどうしよう、と思っていたら、のほほんとした声が飛び込んできた。
「ひ~と~し~。ど~こ~?」
この声は!この、のんびりとしたのほほんボイスは!
私の予想通り、向こうからひょっこりと顔を出したのは、我らが生徒会長緑川 遥斗先輩。
マイペースボーイだと侮るなかれ。薄いレモン色の髪と緑色の瞳を持つ緑川先輩は、青木先輩と同じ三年生であり、この学校の頂点に君臨しているお方なのである。
緑川先輩の凄い所は、容姿はもちろんのこと、その人間性にこそある。温厚な性格と柔和な雰囲気は、教師だけではなく全校生徒に好かれていて、この学校内で緑川先輩を嫌いな人はいないだろうと言われるほど。大袈裟じゃなく、真面目に。
勿論勉強も出来るし、しっかりする所はしっかりとするからカッコイイ。全校集会での挨拶でなんか、女子はノックアウト寸前。男子は尊敬の眼差しを惜しげもなく注ぐ対象なのである。でも、女子だけでなく男子もキラキラとした瞳で緑川先輩を眺める姿は、その……うん。ちょっと気持ち悪い。
そんな緑川先輩も、当たり前の如く愛水ちゃんの攻略対象なのでござる。うん。あれだね。ここまで来ると、もう流れが読めちゃうね。ちなみにもう二人ほど攻略対象がいるんだけど、出てきそうな気がする。もうちょっと展開練ろうか、作者。
緑川先輩ルートに行くと、そりゃあもう平和で穏やかな日々が保証される。帰り道では恋人繋ぎで、デートには遊園地に水族館。幸せそうに笑う緑川先輩と愛水ちゃん。なにこの平和カップル。やばい、顔がにやける!あわよくば私は、それを遠くから眺めてたい!ダメ?うん!知ってた!!
「あ、ごめん。お邪魔しちゃったかな?」
私の隣にいる透と、向かい合っている青木先輩がお互いを睨み付けているのを見、緑川先輩は困ったように笑った。
いえ、全然!むしろ入ってきてください!!このピリピリした雰囲気を緑川先輩ののほほんオーラで緩和して下さい!!お願いします!
と、目で訴えると、緑川先輩は一瞬目を見開き、私の手を取って透から離れさせてくれた。
……えっ!?まさかの通じた!?あざっす!緑川先輩。
「仁、なにやってんの?」
緑川先輩が少し唇を尖らせる。それに青木先輩がすみません、と答えた。
そういえば、この二人は友達だったっけ。生徒会副会長で風紀委員長の青木先輩。生徒会長で全校生徒に好かれている緑川先輩。この二人をマジでハイスペックコンビと名付けようか。略してマハコ。ダサい!!
「大事な後輩いじめちゃダメでしょ」
大事な後輩って私のことですかい!?私なんかが緑川先輩の大事な後輩でよろしいのですか!?いやむしろ後輩でよろしいのですか!?
緑川先輩を見上げると、ふわりと優しく微笑んで頭を撫でてくれた。惚れてまうやろ!!
「遥斗、どうしたんですか?私に何か用があって来たんでしょう?」
「あ、そうそう」
はいこれ、と私の頭を撫でている手と逆の手に持っているプリントの束を渡す。青木先輩はそれを受け取って、パラパラとめくる。
「今月分の書類だって。確認してサインして先生方に提出」
「そうですか。分かりました。それと……いい加減、離れてくれませんか」
じっと私を見つめる青木先輩。え、私?あ、そういうことか!!
青木先輩の言いたいことを理解した私は、未だに頭を撫でている緑川先輩の手からそろりと抜け出す。そりゃそうだよね!!大切なお友達にこんな虫がそばにいたら嫌だよね!!ごめんなさい、気付かなくって!!さぁ、いちゃいちゃするが良い!!
ミッションコンプリート!とふんぞり返る私。を見つめる緑川先輩。じっと、ただじっと。少しだけ寂しそうに……なんかごめんなさい。
「あっ!!舞花センパーイ!!」
しょんぼりしていると、走る足音と一緒に可愛らしい声が近付いてきた。
私を先輩だなんて呼ぶ子はひとりしかいない。その名も、黄島 優くん。愛水ちゃんが来る前、私に潤いを与えてくれていた子なのである。
「わーい!!」
私に抱きつく優くん。優くんは私の一学年下、つまり一年生。私の後輩なのだが……とにかく可愛い。可愛いに尽きる。
まだ幼さが残る顔立ちに、男の子にしては低い背。その為、制服がぶかぶかで萌え袖みたいになってしまっている。初めて見た時は、これが男の子、いや男の娘っていうやつか……ほうほう。素晴らしい。と無駄に納得してしまったことを覚えている。
とにかく、可愛いは正義だよね。ね!?異論は認めん。
ふわふわのオレンジ色の猫毛をわしゃわしゃと撫でる。くすぐったそうに擦りよると、顔を上げた。黄色の瞳に私の顔が映る。うわ、めっちゃニヤニヤしとる。あかんあかん。優くんに気持ち悪がられてしまう!
「ど、どうしたの?優くん」
内心を悟られないように、にっこりと微笑んで優くんに問う。
とたんに、黄色の瞳がキラキラと輝き、優くんはそれはそれは太陽のように笑った。
「一緒に帰りましょう!!」
笑った口元からちらりと犬歯が覗く。ぐっ……!!何だこの可愛さは!鼻血が出そうだ!
鼻を押さえて悶えている私をどう受け止めたのか、優くんは頬を膨らませた。
「ねぇ先輩、ダメですかぁ?」
上目遣いキターーーー!!!ぐっ……!!何だこの可愛さは!吐血しそうだ!!君は私を悶え殺す気ですか!?そんな人生も悪くない!!
「セ~ン~パ~イ~」
なかなか答えない私に痺れを切らしたのか、抱きついたまま私をゆさゆさと揺すってくる。ぐっ……!!何だこの可愛さは!!穴という穴から血が出そ……さすがにホラーだわ。うん。やめとこ。
優くんとは、唯一モブとヒーローらしい出会いをした。と、言うのも……→今年の新入生の中に、めっちゃ可愛い子がいるらしいよ!→嘘!?マジ!?見に行こう!→あの子だってサ!めっちゃ可愛いよね!→なんてこったい!ワンダフォー!!……という流れで私は優くんと一方的な出会いを果たしたのであった。
その後、優くんから話しかけてきてくれて、何事かと思ったらハンカチの落とし主を探してるらしく、丁度そのハンカチが私の友達のだったから届けてたんだ。あの時の優くんの笑顔は可愛すぎて、私の『人生思い出アルバム』ランキング1位に監修された。
まぁそんなこんなで、今に至るのであーる。優くんから見たら私は『落とし物の落とし主を探してくれた優しい先輩』というポジションにあるんだろう。うらやましいか?ハッハー!!残念!譲らねぇよ!可愛い子と関わることに、私は命を賭けてるからなぁ!!
そして勿論のこと、優くんも愛水ちゃんの攻略対象でございます。
茶目っ気たっぷりでいたずらっ子の優くん。後ろからの目隠しして「だーれだ」と言ったり、階段の踊り場で突然キスしたり。それで愛水ちゃんが驚いて目を見開ちゃって。優くんはいたずらが成功した子供みたいに笑ちゃって。んぎゃあああ!!何このカップル!!素敵!もう素敵しか出てこない!!あと可愛い!!可愛い過ぎるわぁぁあああ!!!
「……先輩?」
優くんの声で我に帰る。少し不安そうに私を見上げていた。まずい、自分の世界に入りすぎた。
「あ、えっと、今日の帰りだっけ?いいよ、一緒に帰ろっか」
なんでもないよー、だから気にしないでねーと笑いで誤魔化す。優くんは無邪気にに笑う。
「よかった!」
そして、私の頬に唇を近付け……え?
ちゅっ、と可愛いらしいリップ音。ちょっと待って。今、何した?優くんは呆然とする私から離れ、まるでいたずらが成功したみたいに笑う。可愛い。想像していたよりもずっと可愛い。愛水ちゃんに見せてあげなよ、その笑顔。
「っおい、てめぇ舞花に何すんだよ!」
「ぐえっ」
後ろから襟を掴まれ、無理やり引っ張られる。思わず後ろに尻餅を付きそうになったけど、背中に何かが当たって、転ばずに済んだ。上を見上げると……うん。分かってたよ。こんなことする奴は透しかいない。それよりもヒキガエルが潰れたような声が出てしまったじゃないか。後で文句言ってやろう。ただでさえあんまし良くない声が、これ以上悪くなったらどーしてくれるんだ。体制を整えつつ、喉を擦りながら文句を考える。
「え?なんですか?僕はただ、舞花先輩のほっぺにちゅーしただけですが?」
優くんはきょとんとした顔。透の額には青筋が浮かぶ。あ、これヤバいな。キレるかも。
っていうか、優くんちゅーって可愛いな、おい!
「てめぇ……」
ちょっと、透。まずあんた何にキレてんの?ワケわからん。
「え~?僕、何か悪いことでもしましたかぁ?」
ニヤリと笑う優くん。あれっ、まさかの確信犯的な?……いや~、ナイナイ。
「悪いですよ」
「うん。充分悪いね」
マハコ先輩方、参戦しないでください。
なんだかなぁ~。もう、なんかワケわからなくなってきたぞ。ねえ、なんでこの人達言い合いしてんの?ああもういいから、皆まとめて愛水ちゃんの所行っといでよ!!逆ハーを!!逆ハーをくれ!!愛水ちゃんを心ゆくまで愛でれば良い!!
四人がワイワイと言い争う姿をぼんやり眺めていると、丁度良いタイミングで、この乙ゲー最後の攻略対象である人物が目の端に映った。
「やあ、藍崎くん」
「……なにやってんだ、火野」
「……なんだろうね」
もうこれ私にも何がなんだか分からんよ。はは、と苦笑を漏らすと、藍崎くんは訳が分からないといった表情で私を見た。
この人は、藍崎 海人くん。私のクラスメイトで、そこまで仲が良いわけでも無いけど、私は藍崎くんの隣にいると何故か安心する。ほら、あれだよ。藍崎くんは寡黙で落ち着いている性格だから、騒がしい私には丁度良い、みたいな。
藍色の瞳に紫色の髪。たれ目とその下の泣きボクロからは大人の色気がムンムンに漂っている。実際に体も大きいから、私からしたらお父さんみたいな感じだ。多分それを言ったらほっぺたをつねられるだろうけど。
そして、さっきも言った通り、愛水ちゃんが攻略する対象でございやす。もしも藍崎くんルートに入りますと、そりゃもう大人っぽい毎日を過ごせますゼ、奥さん。大きな見た目とは裏腹に、気遣いやら心遣いやらが繊細な藍崎くん。お弁当を作ってきてくれたり、デートの時にはお姫様のようにエスコートしてくれます。だけど、一番ギャップが凄いのはこのお方。二人きりになった途端に甘えん坊に早変わり。愛水ちゃんにべったりくっついて離れない藍崎くん。むふふ。身長差最高!!きっと愛水ちゃんがお母さんっぽく「あらあら、どうしたの?」とか言っちゃうんでしょう!素敵すぎるわ!!もっとやれー!
でも今はあの人達の争いを止めないと。
「藍崎くん」
「なんだ」
「アレ、止めてくれない?」
指で、分かりやすいように透を示す。
マハコ先輩方と優くんは、話せば分かってくれそう。……何を?今日はいい天気デスネーって?アホか。
「分かった」
「ぶ」
むぎゅ、と抱きしめられ大きな胸板に頭を押し付けられる。でもそれは一瞬で、すぐに私から離れて透の元へ行く藍崎くん。……何事!?
まあ、いっか。きっと何かがあったんだろう。ほら、空からカニが降ってきた、とか。
さて、藍崎くんに透を任せた以上、私はマハコ先輩方と優くんを止めなければ。
……どうやって?
「……」
ええい、どうにでもなれ!!と踏み出した足は、前からやってくる女の子とその声に一時停止してしまった。
「────舞花ちゃん!!」
花が咲くような笑顔でこちらに走り寄ってくるその人物。それは、私もよく知っている人物。いや、知っていて当然の人物。だって私は、昨日あの子に心臓を捧げたのだから!!
「愛水ちゃん!!」
「よかったぁ、見つかって」
きれた息を整えるかのように、胸に手を置く愛水ちゃん。そして、力が抜けたかのようにふわりと笑う愛水ちゃん。
っあああん!!マイスイートエンジェル!!可愛い!!素敵!!パーフェクト!!
「あのね、先生に放課後、職員室に来いって言われたんだけど、場所が分かんなくて……」
申し訳なさそうに、おずおずと用件を告げる愛水ちゃん。いやもう、これ天使レベルでしょ。違う、神超えるわ。皆さーん!!聞いてますかー!!栗原愛水ちゃんは神級の可愛さですよー!!
「本当は迷惑かもって思って、自分で探してたんだけど、やっぱり分かんなくて……ごめんね、舞花ちゃんに頼っちゃって」
しかもめっちゃいい子!!皆さーん!!これ以上のいい子っていますかー!?存在しますかー!?いたら手ぇ挙げてくださーい!こちらからは確認出来ませんがー!
私は謝る愛水ちゃんの言葉を全力で否定する為、ぶんぶんと首を振る。
「ぜんっぜんいいよ!全く迷惑じゃないし!!いつでも頼って!!私で良かったらいくらでも案内するし!」
「本当!?嬉しい!ありがとう、舞花ちゃん!!」
キャー!キラキラ笑顔が眩しくて、直視出来ないわっ!!素敵すぎる!もう本当、どれだけ私を惚れさせれば気が済むの!?この子!!
「それじゃあ案内するね!」
ウキウキと歩き出す私。その後ろを付いてくる愛水ちゃん。
あのね、私はバカだった!本っ当にバカだった!こんな可愛くていい子に関わらずに生きていくとか、あり得ないよね!
よっしゃあ!これからは全力で関わりつつ、愛水ちゃんの恋のお手伝いをしちゃうゾ!!愛水ちゃんが誰のエンディングを迎えるのか、今から楽しみだぜぇ!!ヒャッハー!!
……あ。結婚式には、呼んでね?
ウキウキと歩き出す舞花。その後ろを付いてゆく愛水。
舞花はこの時、攻略対象者の五人のことなんて完っ全に忘れていた。だから、舞花は知らない。五人が去ってゆく舞花のことを、ポカンとした表情で見ていたことを。
そしてそんな五人の横を通り過ぎる時、愛水はくすり、とまるで勝ち誇ったかのように笑ったのだった。
いかがでしたでしょうか。
これは衝動的に書いたものなので、ひどい有り様ですね……。分かりにくいかも、と思ったので、最後だけ三人称視点です。
一応、設定だけ↓
火野舞花
この物語の主人公。二年生。ピンクの目に赤い髪を持つ。
本来悪役になるはずが、元から持っていた性格やら何やらで残念になってしまった子。書いてるうちに、だんだんと変態になっていくのが分かってへこみました。
『本来は悪役』という設定を上手く生かしきれなかったので、ちょっぴり後悔。
赤矢透
赤色の目に赤茶色の髪。二年生。舞花と幼なじみ。好きな子をいじめちゃう系男子。すぐキレる。
青木仁
青色の目に黒色の髪。三年生。綺麗な言葉使いと動作が特徴。実はむっつりスケベである。
緑川遥斗
緑色の目に薄いレモン色の髪。三年生。優しい。けど、少し腹黒い。生徒達は、憧れているのが9割。残りの1割は怖がっているのが現状。
黄島優
黄色の目にオレンジ色の髪。一年生。小悪魔系男子。八重歯がある。スキンシップが激しい。
藍崎海人
藍色の目に紫色の髪。二年生。舞花のクラスメイト。普段はおとなしいが、突然スイッチが入ったりする。
栗原愛水
ラスボス。舞花に近付きたければ、私の屍を越えてゆくがよい!
ご覧いただき、ありがとうございました。