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4.私と旦那様の告白

少し長くなってしまいました。

※11/13最後に文章を追加しました。

***


 久しぶりの暖かな陽気が、残り少なくなった雪を溶かしていく。嵐の前の静けさとでも呼びたくなるくらい、穏やかな午後。

 あの日、アルルハイド様は目を伏せて、でも何かを決心したように、「その内、日を改めて出かけようか」と提案してくれた。

 そしてその後日っていうのが今日だった。この世界で目覚めてから、かれこれ一ヶ月目の日。近くの森のような公園のような場所に、私たち二人はピクニックに来ている。少し寒いけど、遮るもののない日向では逆に暑いので、木陰にシートを引いた。その上で和やかにランチしたりなんかして、とってものどかな1日だ。

 隣に座るアルルハイド様は、びっくりするくらいいつも通りだった。私はと言えば、とにかく落ち着かない。だってアルルハイド様が「デートに行くんだ」とにこにこしながら執事長に外出の手配を頼んだところ、その話を聞いたライラが張り切って飾り立ててくれちゃったからだ。だっていつもは自分でやっている衣装選びから化粧から施されて、出来上がって鏡を見れば、まさしく馬子にも衣装な感じである。しかもそれを見たアルルハイド様が、これまたにっこり笑って「きれいだよ。いつもきれいだけど、いつも以上に」なんて言うから、赤面不可避でした。うぅ、お世辞と分かっているだけに辛い。

 それに実は、ライラにぎゅうぎゅうに締められた腰回りも辛い。緊張のせいで話すより食べるのを優先しちゃった馬鹿者、それが私です。それを一番責めているのは今の私だし、人がそれを後悔と呼ぶことを知っている。そんなわけで、いつもなら食欲のあとにもれなく付いてくる睡眠欲と一戦交える時間帯なのに、一向にその気配も訪れない。

 だけど、それだけじゃない。なんといったって、例の話をする日だ。半日終わってしまったけれど、いつ来るか、今来るか。その前に池でボートでも乗ってくるのか。それは白鳥の形なのか、カヌー的な形なのか。そわそわしている私に、アルルハイド様が口を開く。


「リサ」

「は、はいっ!」


 思考の池にどっぷりはまっていた私は、背筋ぴーん!である。アルルハイド様には声を出して笑われた。


「ふふ、僕とのデート、そんなに緊張する?」

「いや!あ、その、ええーと……その。ごめんなさい」


 うわああ思わずどもったー!アルルハイド様はといえば苦笑する姿まで麗しいのだけど、私はこの羞恥心をどうしたらいいんだ。許されるならこの緩やかな坂道を転がり落ちたい。現実逃避したい。

 しかし、そうは問屋がおろさなかった。


「いつまでも緊張させているのも悪いし、そろそろ本題に入ろうか」


 アルルハイド様のご尊顔から、微笑みが消えて、真剣さがのぞく。あぁ。ついに、来るべき時が来たのだ。


「リサが、いなくなった夜のことを話すよ」


 *


 彼女がいなくなったのは、君が見つかる前の晩のことだ。

 僕たちは結婚からちょうど一ヶ月を迎えたところだった。結婚前からできる仕事や引継ぎなんかはしていたんだけれど、僕が婿に入ったわけだから、その関係でもいろいろと忙しくてね。実家や仕事場、メイデル家を転々としていて、その一ヶ月はあまり家にいることがなかった。リサと食事を一緒にとれたのも数えるほどだし、夜も外泊することが圧倒的に多かった。

 今思えば、ひどい夫だね。新婚なのに早速妻を放り出して仕事三昧していたんだから。

 だけど彼女は実家暮らしが続いてるんだから、引っ越しも何もない。あっちこっち忙しくしているのは僕だけ。だから仕方ないだろうと思っていたんだ。……少なからず、彼女を羨ましいとも思っていたよ。たまに会えばお茶の用意なんかしていて、のんびり日常を過ごしているようにしか見えなかったからね。

 そんな一ヶ月が過ぎて、やっと一息つけるか、というところだった。久しぶりにメイデル邸に日が落ちるとともに帰ることができて、リサと食事したんだ。

 食事の時に何を話したのかは記憶にないな。多分リサはあれこれ話しかけてくれたと思うんだけど、僕は話半分にも聞いていなかった。

 言い訳が許されるのなら、僕も疲れていたんだ。リサが話して僕がおざなりに相槌を打つだけっていう、そんな会話とも言えない会話がいつものことになってしまうくらい。

 だけど、そんな毎日もその内終わるつもりでいた。次のお休みには二人で出かけようと思っていたし、そうやって、これから僕たちは夫婦としてやっていくんだと。

 食後にお茶を、と誘われた。でも僕は疲れているからと断って、早々に床に就いた。

 メイデル邸では僕たち夫婦の寝室は一緒で、たまに帰っても遅い時間になってしまう僕は、眠るリサに挨拶するのが常だった。今日は珍しく僕の方が先だなと、誰もいないベッドを見て思ったんだっけ。

 そして、早寝した僕が真夜中にふと目を覚ました時には、隣にリサはいなかった。

 隣どころか、屋敷の中にも、外にもどこにも、いなかったんだ。


 *


「……そうして、僕は愛想を尽かされたってわけ」


 アルルハイド様が、おどけたように肩をすくめて、話を終えた。

 私はと言えば、相槌すら打てなくて。聞きたいと言ったのは自分のくせに、話させるだけ話させて、でもかける言葉が何も出てこなかった。

 なおも無言でいる私に、アルルハイド様が笑みを消した。


「……もっと、時間をかければよかった。昔から仲は良かったし、そのまま家族になったって何も問題はないと思ってたんだ。だけど違った。幼馴染がいきなり夫婦に、男女として向き合う関係になったんだから、僕たちにはそういう、お互いを思い遣れるような時間が必要だったんだと、思う」

「アルルハイド様……」

「彼女は、リサはきっとそれを分かっていたんだ。そのためにお茶の用意をしていたんだと、今ならわかるよ。疲れを癒す珍しいお茶をふるまうんだって張り切っていたと、後になって侍女から聞いた。僕のために用意したそんなお茶がやっと届いたと、嬉しそうにしていたって。僕たちにはそんな、一緒にお茶をして、些細なことを話す時間が必要だったんだ」


 後悔を吐き出すように、アルルハイド様は過去の自分を責めた。

 でも過去は過去だった。それはどんなに悔やんでももう、手の届かないもの。アルルハイド様にもそれは分かっているようで、でも分かり切っているからこそやりきれないという気持ちが、痛いほど伝わってくる。

 私にも、やり直せないような過去があるから、分かる。理解できているはず。だから自分のことのようにこの後悔は痛くて、うつむく。すると。


「今度は君の番だよ、リサ」

「え?」

「まさか、僕にだけこんな話をさせるつもりじゃないだろうね?」


 からりと促す言葉に、息をのんだ。そのまさかだった。

 そんな私を横目で見て、全てを把握したらしいアルルハイド様が呆れたように目を潜める。あっ、この表情は初めてみる。新鮮、だけど心苦しい!美形に呆れられるの、ダメージ大!でも嫌いではない!


「もう。リスワールがいなくなった理由は僕の胸が痛む。そして君がここに来た理由も、君の胸が痛むようなものなんじゃないかとは、僕も予想がついているよ。でも、原因を知りたいんじゃなかったの?」

「ソウデスネ」

「それなら僕にも、君の事情を把握させてくれよ」

「……ソウデスネ」


 自分の世界から離れて初めて、見つめ続けた過去の日々。距離を置いたからこそ認めざるを得なかったたくさんのこと。ここで言わなきゃフェアじゃないのは、分かっている。

 でも何から話せばいいか、逡巡する。その間を解ってくれたように無言で待っているアルルハイド様を見て、ふと気付く。


「そういえば、アルルハイド様って」

「うん?」

「私の初恋の人にそっくりですね」

「初恋?」

「はい。……私の人生最大の、後悔の相手です」


 アルルハイド様は返事をしなかった。その代わりに促すように、ゆっくり瞬いた。

 ぽつり、するり。途切れ途切れに、私は話し始めた。



 彼は隣に住んでいて、そうですね、いわゆる幼馴染でした。私には姉が一人いるんですが、その姉と同い年だったので、幼い私は二人の後ろを付いて回っていたんです。だけどもちろん、私と彼らの間にある年齢の差の分できることが違うのは当然で、それでも二人と同等の存在になりたくて背伸びして。二人はそんな私のことを邪魔にしたりなんかせず、私の出来る範囲で、対等に相手をしてくれました。私は二人といれば一人前扱いされているようで嬉しくて、二人と一緒に遊んでいるんだと思い込んでいて。大好きな姉と、大好きなお兄ちゃんでした。

 結局、私が遊んでもらっていたのだと、二人にそんな気遣いをしてもらっていたのだと。私がそんな当たり前のことにやっと気付いたのは、15歳になってから。その頃には二人は、私が通うよりもう1段階上の学校に通うために家を出ていて、会えることはまれになっていました。私も少しは大人になって、ううん、大人になったつもりでいて。

 成人してからもたまに会えば優しくて甘やかしてくれる彼に、恋をしているんだと。そう、自覚していました。

 そんなある日、姉が彼とご飯に行こうって言ってきました。なんとなく、いつもと雰囲気が違うような気は、してたんです。だけど気付かなかったふりをして、いつも通りにふるまって。そしたら最後に、今までになく幸せそうな姉が、彼と腕を組んで言ったの。

 「私たち、婚約したの」って。



「私が心から祝福してくれると、そう二人は信じていたはずです。でも、私にはできなかった」

「……それで、こっちに?」

「いいえ。いつから付き合ってたのかとか、どっちからとか、頭の中は目まぐるしく移り変わってぐちゃぐちゃで、だけど私、その時はどうにかおめでとうとだけは言えたんです。でもそれから、二人のこと避け始めました。私がおかしいってもちろん気付かれたけど、どうにか避け続けて。たまに顔を合わせてしまえば、おちゃらけて、ヘラヘラして。だけど結婚式が近くなった日に、ついに彼に捕まって、問い詰められてしまって。私、言っちゃったんです。だってね」


 思い出しても、背筋が凍る。頭の中が冷えて、真っ白になる。私の間違いの、してはいけなかった暴走の記憶。あの時の一言一句、間違えない。きっと忘れられない。


「お姉ちゃんが、君のことを憂えているって言うんです。君が元気でなければ、彼女が幸せになんてなれないって。だから、悩みを打ち明けてほしいって、他でもない彼の、大切なお姉ちゃんのためにって」

「……それで?」

「私だってあなたが好きなのにって言いました。ずっと、ずっと好きだったって。……言ってはいけないなんてわかってた。だから避けていたのに」


 ふうと、息をつく。いつの間にか空がかげって、木陰と日向の境が曖昧になっていく。


「彼は--義兄は、言葉を無くしたみたいでした。そして私はそこから、逃げた。ひたすら走って、人にぶつかって怒鳴られて、どこをどう行ったか分からなかったけど、気付けば吹雪で。私の住んでたところは雪なんて降らないようなところだったのに、おかしいとも思わなかったなぁ。とにかくそのまま雪の中を歩いて、寒くて、眠くて、疲れて。滑って転んだら、もう何もかもがどうでもよくなっちゃった。どうにでもなれって、思ったの」


 死んだ方がましだと思ってしまうくらい、苦しくて。私は現実からそむけるように、目を閉じた。

 そして次に目を開けたら、王子様がいた。

 その王子様は今、無言で私の隣にいる。どんなに呆れているか、見損なわれているか、わからなくて顔が見られない。


「……わかってるんです。今思えばあんなもの、年上の異性へのただの憧れだった。それでもあの時の私には、それがすべてだった。私は恋に恋していただけだし、失恋に失恋していただけだとしても」


 自嘲するように言えば、リサ、と名前を呼ばれる。

 その次にはどんな言葉が降ってくるのかと、体がすくんだ。ひどいって。ありえないって。私に向かって何度も私が言った、そんな言葉たち。でも自分の罪を明かしてもなお、私はアルルハイド様に見限られたくないんだ。怖くてぎゅっと目を閉じる。

 肩に、とすんと何かが載った感触に、そちらを見れば、思わず目を開いた。


「え?」


 私の肩には、アルルハイド様のつむじがあった。いつも私の目線より高いところにあるそれは、はじめてお目にかかる相当なレアもので。こんなに近くで見ても綺麗なキューティクル。しっかり立った根本。あぁこの人は将来禿げなさそうだな……って何を考えているんだ私は!混乱しすぎ!

 でも幸運にも、アルルハイド様に私のぶっ飛んだ思想は欠片も伝わっていなかったようだ。


「無事で、良かった」

「アルルハイド、様?」

「雪の降る中で眠ろうとしたんだろう?君を見つけた時を思い出したよ。冷たい君を抱き上げて、本当に、肝の冷える思いをした」


 心配した、と。それはかなり予想外の反応だった。


「わ、私を、責めないんですか?」

「僕にその資格はないと思うけれど。それに、君のことは君が一番責めているだろう?」

「!どうして……」

「分かるのかって?僕も同じだからだよ。後悔だらけだ」

 今度はアルルハイド様が、自嘲するように笑った。

「そうして、悔いているんだと言うことを、誰かに認めてほしがっている」


 息をのんだ。図星だ。

 今回はその動揺が、アルルハイド様にもダイレクトに伝わったんだろう。喉の奥で笑う振動を、私は肩に感じた。

 大切な人を傷つけて、そのまま逃げてこちらに来た私。

 大切な人を蔑にして、失って後悔に苛まれていたアルルハイド様。

 お互いの胸に詰まっていた事情は吐き出せたけれど、結局のところ、入れ替わった明確な原因は分からない。それでもせめて、アルルハイド様の気持ちは、少しは軽くなったのだろうか。

 そんなことを考えながらも彼の頭は私の肩に乗せたまま。沈黙はしばらく続いた。それを破ったのは、ぽつりとこぼれたアルルハイド様の言葉だった。

「僕たちは、相手のことを思い遣れなかったところが似ているね」

「相手を、思い遣る?」

「そう。僕は、忙しさにかまけてリサを後回しにしたでしょう?」

「私は……苦しいのを自分だけと思い込んで、言わなくていいことを言ってしまった」

「うん。どちらも自己中心的で、相手のことを考えてあげられなかった。そうじゃない?」

「そう、ですね」

「……これは、罰なのかもしれないね。許しを乞う相手はおらず、償う機会も失った。そして僕たちは、お互いに誰かの代わりを求めているのかもしれない。自分の罪を許してくれるような誰かを」

 それは、アルルハイド様にとってのリスワールであり、私にとっての、彼。

 見ないようにしてきた現実が、目の前に立ちはだかる。後悔を共有できたからと言って、問題は少しも小さくはならなかった。もう正直、いっぱいいっぱいです。だから。

「少し、一人になってもいいですか」

「わかった。少し散歩でもしておいで」

 ふわりと私から離れたアルルハイド様が疲れたように笑い、私も同じような笑いで応えると立ち上がった。

 ふらり、ふらり、小道を行く。少しの散歩のはずが、果たしてどれだけ歩いただろう。あちらに思いを馳せながら、こちらの彼を思いながら。だから私は気付かなかった。

 あれっと思った時には浮遊感、そして風の音。

 最後に聞こえた私の名を呼ぶ男性の声は、一体誰のものだったんだろう。


***

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