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2.素敵な旦那様と、彼の奥さん

(1/7追記)前話に追加分があり、読まないと話がつながらないかもしれません。そちらからどうぞ!

 アルルハイド様はできる限り、私のそばにいてくれた。

 夢落ちへの希望は、アルルハイド様に事情を話した時には望み薄から可能性ゼロへと落ちていた。そして、なぜとかどうしてとか、そんなことを考えれば混乱するのは目に見えていたから、前向きに、今目の前の現実を受け止めることにした。というか実際には、他のことなんて考える余裕がなかった。

 だって奥さんであるリサさんは、私とは全然違う暮らしをしていたようで、戸惑うことばかりだったのだ。なんたって、そこそこな領地を治めるメイデル家の一人娘、である。ちょっとしたお嬢様である。私とは文字通り住む世界が違うのだ。

 だからそんな溝を埋めるために、事情を知っているアルルハイド様が付いていてくれてるんだと思っていた。

 しかしあれから一週間、アルルハイド様は文字通り、おはようからおやすみまで暮らしを見つめてくれる。いかんせんやりすぎに思える……。びっくりするほど絶妙に付かず離れずなので、仕事は一体どうなってるのかと聞いたら、「奥さんの一大事にそんなことに構ってられないよ」とおどけたように笑って返された。鼻血が出るかと思いました。ちなみに、寝所は別だからね!一緒なのは起きてる時だけ!そこは大事なところだからちゃんと断っておくよ!



「ただいま、リサ」


 少し仕事の方へ顔を出す、と律儀に言い置いてから出掛けて行ったアルルハイド様が、夕方には帰ってきた。

 そばにいて当然のようになっている彼も、必要最低限のお仕事はこなす。彼はどうやら土地かなにかを管理するようなお仕事をしていて、しかもなかなか上位の立場だから、いつでも職場へ行くことはないみたいだ。給料泥棒じゃなくて安心した。

 それにしても早いご帰宅である。でも彼は大層優秀だとのことなので、仕事も手を抜いたのではなく、単にデキる男なのだろう。そんな、天がニ物も三物も与えたもうたアルルハイド様は、出かける前だけでなく帰ってきた時も、『愛しいお姫様』である私の元へ寄る。


「今日はちゃんと家の中で待っていてくれたんだね」

「もう家出なんかしません。だからあなたも、そんなこと言わないで」

「ふふ、安心したら少しからかいたくなって。怒らないで、リサ」

「怒ってなんか、いません」

「それなら良かった。じゃあ僕の帰りを歓迎してくれるかな、僕のお姫様?」


 大仰に腕を広げたアルルハイド様の胸に飛び込むようにして、軽くハグを交わす。初めはメイドさんとか、周囲へのパフォーマンス的なところがあったこんなやりとりだけど、もう違和感なくできるくらいには繰り返されていた。いい香りのするイケメンにハグだなんて難易度高すぎ!と甘すぎるセリフから現実逃避しつつも継続した結果が功を奏し、周りからは『心配性の旦那さまに愛されて幸せな新妻』と思われているみたいだ。なんてことだ、こっ恥ずかしすぎる。


「そろそろお腹は空いていない?」

「そうですね、少しだけ」

「そう。ならちょっと早いけど食事にしないか」

「分かりました。食堂へ向かいますね」

「いや、今日はこの部屋へ運ばせよう。大丈夫だよね?」


 確認しながら、目配せされた。でもこれまでは大体食堂でとっていたのに。もしかして今日は何か話したいことがあるのかも、と察した私は頷いて、アルルハイド様の上着を預かろうとするメイドに「二人だけで食事したいの。ここに運んでちょうだい」と指示した。

 メイドが退出すると、アルルハイド様は息をついてソファーに腰掛けた。


「驚いたな」

「何がですか?」

「君が二人きりになれるよう指示したからさ」

「もしかして余計でしたか?」

「まさか。元からそのつもりだったよ。だけど伝わるとは、思ってなくて」


 ひゃー、苦笑する姿も麗しすぎます、アルルハイド様!色気が漂ってる気がする。全くもって心臓に悪いです。


「何か、お話が、あるのかと」

「そうだね。でも続きは食事の時にしようか」


 とぎれとぎれの私の言葉を肯定すると、彼は座ったばかりだと言うのに、着替えてくるよと慌ただしく部屋をでた。



「リサ。君はまだ、リスワールではないんだよね?」


 食事も終盤のころ、アルルハイド様は本題に入った。


「そうだと思います。……アルルハイド様」

「そうだよね」


 彼が落胆するのが分かっていて、私はあえて彼の名前を呼んだ。本物ならそうは呼ばない、といったその呼び方で。

 リスワールとは、私のことだ。メイデル卿の一人娘・リスワール=メイデルは、アルルハイド様に嫁いだばかり。それが今の私(仮)だった。リサは愛称で、そう呼ぶのは家族か親しい友人くらいらしい。話しかけられるたびに呼ばれるので、さすがの私ももう慣れた。

 だってもう、私が目覚めてから、かれこれ十日程が経ったのだ。でも相変わらず私は私のまま。私の記憶はあるし、アルルハイド様が知ってるリサさんの記憶はない。


「アルルハイド様。私、考えたことがあるんです」

「なんだい?」

「私とリサさん--リスワールさんは、入れ替わってしまったんじゃないかって」

「入れ替わる?」


 同じ年、同じ名前、同じように家出した女の子。だけどその記憶や癖、人格、といった中身は、まるで別人。

 そんな中で、私自身が出した結論は、『入れ替わり』。

 現実やら詳しい現象はともかく、実際に起きているのは、それだと思う。


「非現実的だって、私だって思ってます。だけど私は、リスワールさんじゃありません。それは確かだもの。だからもしかして、って思ったんです」

「そうか。でもそれなら、リサは」


 途切れた言葉の先を、私もずっと考えている。ここにいたはずの、いるべきの、私と同じ名前、顔をしたもう一人のリサ。彼女は果たして、どうなったんだろうか。でも、ここにいるはずがないのに意志とは関係なく居座っている私には、想像もつかない。


「わかりません。あるいは私のいたところに、いるのかも知れません」


 曖昧な言葉を静かに聞き終えると、アルルハイド様は目を伏せた。アイスブルーに影が落ちて、色が沈む。

 入れ替わり説なんて、自分でもばかばかしい話だと思う。それでも彼は、否定はしなかった。もちろん肯定もしてくれないけれど。

 沈黙と、私が水を飲む音、彼が食後の飲み物を口にする音だけが響く。そしてその内、かちゃり、と彼のカップが置かれた。


「リサ」

「はい」

「君が誰でも、僕には、僕の奥さんは、ここにいる君だけだ」

「……はい」


 傍からみればこれは、熱烈な愛の告白。

 だけどちゃんと、わかっている。

 だって、眠りに落ちる直前まで髪をなでる手は、優しいのだ。朝起きて、あの夢みたいにきれいな人がベッドのふちに腰掛けていたのは、夢だったんじゃないかと毎日思うくらいに。私は素敵な夢を見ていたんじゃないかと、我に返る瞬間だ。でも彼は、私が起きるのをどう察知しているのかは果てしなく疑問なんだけど、すぐに顔を出してくれる。その瞬間、私の現実は夢に替わる。いや、夢が現実に替わるのか。夢落ちなんて、とっくに信じていないのに。

 何かにつけて、これが私の現実なんだと実感するし、不安は過ぎる。それでもそんなもの忘れるくらい、彼は隣にいてくれる。

 アルルハイド様は本当に、本当に理想の王子様みたいな人で--理想の旦那様なのだと思う。

 だから、最初はただ、そんな申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ごめんね。私が私で、あなたのリサじゃなくてごめんね、と。でもある時謝罪の言葉を口に出したら、アルルハイド様に「僕は君にできることをしているだけだよ」と悲しそうな顔でたしなめられてしまったから、今では謝ることはせず、お礼を返すだけにとどめている。

 アルルハイド様は優しい。だけど私は、ちゃんと分かっている。

 リサって呼び方に含まれる優しい響き。アルルハイド様と呼ばれる度に少しかげる表情。

 本当に、奥さんのリサのことを愛してるんだなって知っている。だから黙っていれば奥さんそのものの私にも優しいのだと、ちゃんと理解しているのだ。


「分かってます。アルルハイド様」


 重ねて返事をすれば、彼は力なく、だけど優しく、微笑んだ。イケメンはどんなに憂いがあったって美しくて目の毒だから困る。そんな風にどこかで考えながら、私は口に出さずに続けた。

 ごめんなさい、アルルハイド様。

 ふと思ってしまった時から、この思いは強くなる一方なんだもの。

 リサさんも、ごめんなさい。自分でも自分のこと、最低って思う。だけど、気付いてしまったらもう、止められなかった。



 所詮替わりの私が、本物のアルルハイド様のリサだったら良かったのに、だなんて。

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