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1.目覚めたら旦那様がいた

ナツ様主催のプロローグ企画参加作品です。

初めのプロローグが共通です。

 夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。

 一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。

 音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。

 男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。

 力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。 



***



 ふと、目を開けた。

 最初に目に飛び込んできたのは、目を閉じた人間の顔。というか視界まるごと占領。他のものなど一切見えない。

 え、なになに?ちょ、どうした?一体何がどうなってるの?

 混乱する私を置き去りに、顔が離れていき、そのまぶたが開かれる。氷みたいな、作り物めいた薄い青がのぞく。

 こわい、と思ったと同時に、それは笑むように細められた。完璧な形に、思わず息をのむ。

 そして彼は「おはよう、白雪姫」とこっちに向かってふんわり微笑んだのだった。

 ……えーと?


「……あー、うん。夢か」


 私はもう一度、目を閉じた。いやーだってそんな、珍しく爽快な目覚め!と思ったらあーんな見たこともないような超絶美形がね!間近で!微笑んでるとか!

 あまつさえ何て言った?白雪姫?姫!そんなーまさか!夢とはいえ姫と呼ばれるなんて、私にもそんな可愛らしいところがあったとはね!我ながらびっくりするね!

 そんなことを考えている間にも、周りからなんだかざわめきを感じて、居心地が悪いことこの上ない。人が寝ている時にはそっとしておいてくれませんかね。寝てる人間囲んで何が楽しいんだ。いや、これは私の夢なんだった。まったく、囲まれる夢を見るなんて私はどうしてしまったんだ……精神的に疲れている暗示なのかもしれない。起きたら夢占いで調べてみなければ。と思ったら。

 ぐうぅぅー。

 唐突に響き渡った音で、喧騒が嘘みたいにぴたりとやんだ。私の思考も急停止した。い、今のは……!


「おや、僕の姫はどうやら、お腹が空いているみたいだ」


 さっきの柔らかい声がおどけたように軽やかに響き、周囲からは安堵したようなざわめきが戻ってきた。私は居たたまれなくなって、ついに目を開けた。ドアップの彼が、部屋の中にいた人に食事の指示を出して、振り返ったところだった。


「おはよう、僕の奥さん。すぐに朝食にしよう」


 うーん、目を開けたはずなのにまだ夢の続きなのかな。だってなんだか、私を起こしたこのイケメンが、私の王子様――つまり旦那様ということらしいもん。

 きらめく光のような、少しウェーブのかかった色素の薄い髪。これまた薄いブルーの瞳。陶磁器のような肌に、整った容姿、品のよさそうな服。まるでおとぎ話の王子様だ。

 私の記憶が正しければ、こんなイケメンと結婚した覚えなんて、まっっったくございませんのですが!



***



 これは夢、やっぱり夢、と寝汚くも三度寝を決め込もうとした私を、彼は抱き起こそうとした。それを察知した私が慌てて自分の腹筋をバネのように使って飛び起きると、彼は驚いた顔をみせたものの「元気そうで良かった」とまた微笑んだ。イケメンの笑顔は、真正面から浴びると誠に心臓に悪いね!顔は沸騰しそうだし、相当挙動不審になっている自覚がある。

 今私は、ベッド際に持ってきてもらった食事をとっているところだ。イケメンはといえば、メイドも誰もかれもを部屋から追い出すと、ベッドに腰掛けて私の世話を焼いてくれている。香ばしい香りのパンにバターを塗ってくれたり、お茶を注ぎ足してくれたり。見目麗しき男性にあれこれしてもらうなんて、なんというお姫様待遇……!と普段なら感動するところだけど、ごめん、正直それどころじゃない。だって。


「家出をしたと聞いた時は本当に心配したんだよ、リサ」

「家出……?」


 私は確かにリサ=メイデルだけど、家出した記憶もあるけど。この人のことは知らないのだ。いや、この落ち着いた高級感漂う部屋にも、見覚えはない。ここは一体どこなんだ。気を失う前までの記憶はあるから、記憶喪失とも思えない。それにイケメンは、私を妻のリサだと思っているらしい。多分それは私じゃないリサだよ!リサはリサでも奥さんのリサ!自分でも何を言っているのかよくわからないが、もう本当に一体何がどうなっているんだ。

 混乱のままに沈黙してしまった私を、イケメンは怒られて落ち込んでいるんだと勘違いしたらしい。


「大丈夫だよ、リサ。僕からもお父上に話をするし」

「父上?私の?」

「そう。メイデル卿も本当に心配されていたからね」


 なんと、私の父上はいつの間にか卿なんて敬称が付くような方に出世されたらしい。そんなまさか。うーん、本物のリサ=メイデルさんは本当にお姫様みたいな感じなのかな。もしかして貴族令嬢?


「とにかく今は、少しでも食べて元気になって。僕が見つけるのが遅ければ、君は雪に覆われてしまうところだったんだから」

「え、雪?雪が降ったの?」

「そうだよ。いつもより少し早いけど昨日が初雪でね。焦ったよ。見付けた時には、君にもうっすら積もりかけていた」

「そんな……」


 愕然とした。そんな私を、アイスブルーの目が痛ましげにみつめる。雪まみれになることに驚いているんだと思われてるのだと分かったけれど、実際は違う。

 だって私の住んでいるところは、雪とはまるで無縁の、年中穏やかな暖かさが自慢の国のはずなのに。どんな遠いところへ来てしまったのか、どうやってそんなところに来たのか、言葉を失う。私が雪に埋もれてたかもってことだよね。九死に一生スペシャル並みの危機一髪じゃないか!

 記憶はないわ死にかけるわ、どうしよう。でもなんだか、分からないって言えるタイミングは、二度寝した時点で逃してしまった気がする。それにまだ、夢オチの可能性を捨ててはいない。うん、私だって正真正銘、リサ=メイデルだし。でもこの状態がいつまで続くかも分からないし、気付かれない内はなんでもない風を装おう。

 決心したところに、控えめなノックの音がした。彼が応えると、メイド姿の女性が入ってくる。


「失礼いたします。アルルハイド様、旦那様がお呼びです」

「わかった。すぐに行くと伝えてくれ」

「かしこまりました」


 イケメンの名前はアルルハイドというのか。私は一瞬で10回くらい復唱して必死で覚えた。旦那様の名前を間違える妻はいないだろう。ねえダーリン、あなたのお名前なんだっけ?なんて聞くわけにもいかなかったし、わざわざ呼んでくれたメイドさんに感謝だ。

 アルルハイドは自分の紅茶をテーブルに戻すと「それじゃあ」と言って立ち上がる。


「僕がいなくても、ちゃんと食べるんだよ」

「わかっ……わかり、ました」

「……いい返事だね。それに今日一日は安静にしていなくてはだめだ」

「その通りにします」


 アルルハイドは心配そうながらもうなずいて、私の頭をなでた。

 急なボディータッチに思わず身を引きそうになるけど、こらえる。がっしりした印象は受けないけれど、やっぱり男の人の手だ。大きい。だけど優しい手だ。アルルハイド様は奥さんのことを大切に思ってるんだろう。


「じゃあいってくるね」

「いってらっしゃい。……アルルハイド様」


 髪の上を滑るアルルハイドの手の動きが止まった。実際に名前呼びすると、なんだか照れる。私は顔が火照るのを感じて、頬に両手を添えた。きゃっ、リサ恥ずかしい、のポーズだ。


「……リサ」

「はい?」

「今日は一体どうしたんだ」

「え?」


 恥ずかしいのポーズのまま見上げれば、柔らかな笑顔はどこへやら、アルルハイド様の麗しきご尊顔は厳しいお顔になっておられた。あれ、大人しくするはずが即効バレたようだぞ!何やらかした私!


「君だけは僕のことを、そんな風に呼ばないだろう」


 そこかー!なるほど納得!可愛い奥さん作戦は大失敗だった。

 私は、間違えましたとも、ふざけてみましたとも、言えない空気を読み取った。アルルハイド様(仮)、そんな悲痛なお顔をなさらないで。ごめんなさい、正直に話しますから。



***



 お父さんの元へは後で行くと連絡したあと、私は「どういことだい?」とアルルハイド様に促され、ありのままを伝えた。実は何もわからないんです、と。そして私の話を聞いたアルルハイド様は、絶句しておられた。

 そりゃそうだと思う。私だって、目を覚ましたら知らない天井でした、名前は合ってるけど、他は全く別世界で旦那様であるあなたのことも分かりません、なんて言われても信じられない。窓ガラスに映った私は確かに私だし、アルルハイド様だってまさか奥さんを見間違えるほどのド近眼には見えない。こいつ死にかけて頭おかしくなっちゃったのかな、と考える方がよほど合理的だ。

 それでも私には、私の記憶がある。どうしようもない馬鹿をやらかして逃げ出して、フラフラ彷徨っていたのが最後の記憶になるけれど。例えば近所の男の子にいじめられて泣いた幼少時代、例えば神童と持てはやされた子供時代、悔しいが大人しく凡人となったこの数年。全て覚えている。私は私だと、私は知っている。

 絶句して固まったままだったアルルハイド様は、何も知らないと言う私をそっとしておいてくれることにしたらしい。馬鹿にすることもはなから否定することもなく、「君の言うことを信じるよ」とただ、手を握ってくれた。とりあえず私を落ち着かせるために言っただけかもしれないけど、心からほっとした。それは本当。でも、だけどね?手を握るのは余計だったと思うよ!私は奥さんのリサさんみたいに美形慣れしてないからね、そういうのドキドキしちゃうんだからね!


「君にも落ち着く時間が必要だろう。だけど、医者だけは呼ばせてくれ。君は雪に埋もれるようにしていたところを見付けられたんだ」

「わかりました」

「あとは、好きに過ごしてくれたらいいよ」


 微笑まれて、私は言葉に詰まった。だからー、優しそうな顔も反則なんだってばー!なんかキラキラしたものが飛んできたよー!私の危機感は羽より軽いのか、落ち着くも何も混乱とは程遠い。全てはイケメンのせいだけど。

 しかしアルルハイド様には、キラースマイルに叫びだしそうなのをこらえて強張る表情の私が不安そうに見えたらしい。「僕もできるだけ一緒にいるから」となだめるように言ってくださった。これは素直に心強い。状況も自分のこともわからない私の、一番頼りに出来そうな人がこんな紳士な人で良かった!

 そろそろ行ってくる、と部屋を出る前、アルルハイド様が「そうだ、一つだけ」と振り返る。


「なんですか?」

「君のことは、リサって呼んでも構わないか?」

「え?」

「もちろん、強制はしないけどね。だって君にとって僕は、初対面の、他人だろう?」


 そう言った笑顔があまりにもさびしそうで、私は思わず頷いていた。家族以外にリサなんて愛称で呼ばれるのは、物心ついて以来初めてだったけれど。


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