大きな存在の予兆
「……う……どうやら……生きているようです……ね」
「お、目を覚ましたか」
先に目を覚ましたのはレオンだった。
少し頭を押さえながら体を起こし、周囲を見回す。
自分の隣にはバックスが横になっており、体を起こして正面にベルゼブがいた。
「ベルゼブさんが治してくれたのですね……ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしました」
「ああ、気にするな、慣れてるから……」
「……お察しします」
大人しいモードに戻っているレオンは、自分やバックスを治療した上付きっきりで居てくれたことを察して、感謝と同時に謝罪を述べる。
しかしベルゼブにとってメルが負傷させた者を治すことは初めてではなく、むしろよくあることだった。
苦笑いを浮かべながらどこか遠い目をしているベルゼブに、苦労が絶えないんだろうな、などと感じてしまうレオンであった。
「あ……目が覚めたんだね、レオン」
「わんわんっ!(思ったより早かったね!)」
メルとポチがレオンの目覚めに気付きレオンの方へと近づく。
「はい、バックスはまだ―――」
「……うっ……動ける……?」
バックスはまだ気を失っている―――と言おうとしたが、丁度バックスが目を覚ました。
バックスは自分が大ダメージを負ったのを思い出したが体が意外にもすんなりと起こせたことに驚く。
「ベルゼブさんが回復してくれたんですよ」
「……すげぇな。骨折どころか内臓いくつか潰れてた筈なんだけどよ……」
「何だろう、誇る前に嬉しさがこみ上げてきた……」
ベルゼブが治療したと聞いて感嘆の言葉を洩らすバックス。
ベルゼブは天空城ではジュリナがいたため自分の治療をすごいなどと言ってくれる人など居る訳もなく、胸を張って堂々と居れず初めての感嘆の言葉に胸が一杯になっていた。
これでは回復要員まっしぐらである。
◇
「所でメルさん達はこれからどうするんですか?」
「……神殿にいくの」
「……やっぱりそうでしたか」
レオンはメル達に今後の予定を聞く。
一度はベルゼブにはぐらかされたこの質問だが、実力が知られてしまった今隠すこともないだろうとベルゼブは事前にメルに伝えてもいいんじゃないか、と言っていた。
メルの返答に頷きながら、納得の表情を浮かべるレオン。
「お前らって3人……いや、2人と1っ匹全員が適性者なのか……?」
「いや、俺とポチは違う……が普通の立場ではない……な」
「でしょうね……あなた達が普通の人間と犬なら僕たちは何なんだ、となりますから」
バックスの当然の疑問にベルゼブは答える。
ベルゼブは魔王、ポチは聖獣。ベルゼブは魔王らしさの欠片もないが、実力は申し分ないものを持っている。
レオンはその答えに納得し、安堵の表情を浮かべている。
「てことは試験を受けに神殿に来たんだよな?……お前らも嫌な時期に来ちまったもんだな……今のあの街の状況は結構ヤバイことになっててな」
「……何がヤバイの?」
「魔物の暴走ですよ……あの街の周辺の森から今まで大人しかった魔物達が最近、急に街を襲うようになったんです。各国からSランクの冒険者達が呼ばれるまで酷い状況です。」
「魔物が暴走……?でも今コントロールしてるのは……」
「……ぶーちゃん?」
「いや……何でもない。とにかく魔物の暴走によって街が混乱しているってことか?」
現在街で起こっている魔物の暴走。それは周辺の比較的大人しいはずの魔物達が最近いきなり襲い掛かるようになったものだった。
魔物の暴走―――と聞いてベルゼブは一人ブツブツと呟く。魔物、魔族の長として、簡単に流していいような問題ではなかった。
「僕の父―――国王レギオスもこの問題にかなり大きい存在が関わっていると予想していたんだ。……僕が今まで生きてきた中で父の発言が空回りに終わることを見たことがなくてね……父はおそらく戦力を求めていると思う。だから……」
「……私達を戦力にしようとするってこと?」
「なるほど……大きい存在……か」
「わんっ!?わんわんっ!?(え!?レオンってこの国の王子だったの!?)」
国王が自分の有する戦力だけじゃ足りないと思う程酷い情勢なのだろう。
メルは自分の能力が半減している今、戦力にはあまりならないのではないだろうか、と少し懸念する。
ベルゼブは国王の予想する大きい存在を自分も意識しようと頭の片隅へとおいた。
ポチの驚きは至極当然なのだが、メルもベルゼブもあまり気にしなかったようだ。寧ろどうでもよかったりする。
「魔物の暴走はいつ起こるんだ?」
「3日に一回ですが時間帯はバラバラです。さらにどれだけ襲撃される前に周辺の魔物を倒しても襲撃される頃には大群でくるんです。これがいつ3日からいつ2日、1日、と変わってもおかしくない、という緊張などのストレスであの街をはじめとして国自体が酷い状況ですね」
「……やっかいだな」
魔物の暴走の周期は今の所3日に一回だという。しかしその周期はいつ変化してもおかしくなく、常に緊張状態にあるという。
「……ここで止まっていても変わらない……街に行ってみよ?」
「そうだな、レオンとバックスは案内を頼めるか?」
「分かりました。幸いここから街への道は比較的真っ直ぐばかりですから、そんなに時間はかからないと思います」
「おっし、それじゃあついてきな」
メル達一行はレオンとバックスに連なり、森の小道を抜け、川沿いを歩く。
「この川は街へと繋がっていて、この川で釣れる魚は結構美味しいんですよ。そこに泳いでる魚とかは骨が少なくて―――」
「これが生きてる魚……」
レオンの長くなりそうな話を完全に無視して、メルは初めて見る川の中で体をくねらせながら泳ぐ魚を観察していた。
天空城では魚の料理がでることはあったが、生きて泳ぐ魚を見たことはなかった。
これも下界ならではの体験だと、ベルゼブとポチは暖かい視線を送っていた。
「―――と、魚にも色々種類があってですね……メルさん、聞いてま―――」
「……綺麗」
レオンが自分の話を聞いていたのかメルに聞こうとそちらを向く。
メルは川の流れに逆らいながらも、必死に泳ぐ魚の姿、魚のうろこの一つ一つできらめく光の数々に見惚れていた。
その儚げな表情に見惚れてしまったレオンは、咳払いをして気を取り直す。
「ん、んん!……メルさん、海にはもっと大きい魚や珍しい魚もいますよ。魔物もいますが」
「そうなの?……見てみたいな」
その後レオンはバックスとベルゼブに絡まれ、ポチに噛まれることとなったのは言うまでもない。
◇
それからの街への道のりは特筆することもなく、すんなりと着くことが出来た。
街への入り口には門番が立っていたが先頭にレオンとバックスという見知った顔―――しかもSランク冒険者がいたためこれといった障害もなく街に入ることもできた。
「ようこそ、グランバル国に属する神殿のある街、フィナルへ!」
門番の男が元気な声でメル達を迎え入れる。
「フィナルって街なのかここは。遠くに見えるでかい建物が神殿か?」
「そうです。神殿への道には冒険者ギルドや冒険者や旅人達が泊まる宿、武器屋、防具屋、酒屋などがありますね」
「人がいっぱい……」
「神殿のある街だ、そりゃあ少しは賑やかな街並みにしねえとだめだろうよ」
門を抜ければ視界に広がるのは煉瓦作りの建物が並ぶ街並み。
そしてまっすぐ続く道の先には教会のような白い大きな建物―――神殿がある。
街を歩く人々の姿は様々であり、冒険者らしいごつい体で得物を背負いながら歩く人や、人に若干迷惑をかけつつも走る馬車。
さては頭に猫の耳のような物がついている人―――獣人
耳が少し鋭く尖っており、比較的整った顔立ちをしている人―――エルフなども居た。
「わんわんっ(でも、街全体がどこかどんよりしてるね)」
「ああ、さっきレオンが言っていたがいつ襲撃されるかわかんねえからな。 店の奴らはどうにか冒険者たちの士気を高めようと明るく振舞ってはいるが……」
武器屋や防具屋から聞こえる威勢のいい声や、道の傍で踊る踊り子など、このどんよりとした街をどうにかしようと頑張っている姿がちらほらと見えるが、どこか無理をしているようにも見え、どこか痛々しかった。
「……見ての通りこのままでは街が堕落してしまう……僕たち地元の冒険者達にすればかなり重大なんだ」
「今そんなこと言ってても尚更空気が重くなるだけだぜ、ずっと戦ってたから腹が減ったからな、飯にしようぜ?」
「ん……お腹空いてたところだった」
「そうだな……というかメル、金はもってるのか?」
「母さんがお金を稼ぐのもいい経験だからって……」
「今回は僕達が奢りますよ」
「よかったじゃねえか……って俺もかよ!?」
重い話ばかりしていても仕方がないので、まずは腹ごしらえすることに決めたメル一行。
今回はレオンとバックスの奢りということになり、安心して飯を食べることが出来ることとなった。
レオンに率いられ着いたのは―――フィナル自慢の料理が揃えられた豪華な店だった。
店からは食欲をそそる匂いがして、空腹のメル達は今にも涎が垂れそうになっていた。
「ここは肉、魚、酒、と何でも揃っててかなりイケる店だぜ?まあそれなりに値段は張るが……この街にきたからにはいい思いしてかねえとな」
「肉……魚……じゅるっ」
「わんわんっ!(メル!涎でてる!)」
店の中へと進むと、奥行きの広い部屋があり、テーブルがいくつも並んで、既に席が何席も埋まっていた。
メル達は5人なので、比較的広いテーブル席へと行く。
「さて、では注文しますか。メルさんは肉と魚どちらにします?どちらも絶品ですよ」
「……両方」
「「……えっ?」」
「両方欲しい……」
メルにどちらか我慢しろという方が無理であり、結局両方頼むことになった。
Sランク冒険者故に、金銭面であまり困ることもないのだが、少し引き気味のレオンとバックスだった。
その後各々のメニューも決まった。
数分後、食欲がそそられる匂いと共にやってきたのはローストチキン、さらに塩がかけられた焼き魚が運びこまれ、メルは抑えきれない欲求に任せ、まずはローストチキンにかぶりつく。
「がぶっ……もぐ……んぐ……んまいっ!」
「それはよかったです」
「美味しそうに食いやがって……」
この微笑ましい状態は、そう長くは続かなかった―――