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夢見た君に  作者: 透義
12/13

拒絶



「ごめんね。圏外な場所だったの」

昼食時、社内食堂にて、一週間ぶりに顔をあわせた河合さんは俺にそう詫びた。

朝知らせを聞いた時には一刻も早く事情を聞きに行きたかったのだが、そういう時に限ってトラブルや急ぎの仕事が立て込み、やっともらえた回答がその簡潔な言葉。

そしてそのまま静かに食事を始める河合さんに俺は違和感を覚えた。

俺が出したメールの文面は「上田さんの所在」を尋ねる内容だった。

その肝心の内容について触れずに、返信できなかったことの謝罪だけを返したのにはどういう意図があるのだろうか。

水村とヨーコさんとは離れた席についているので、ここで上田さんの話題を持ち出すことに抵抗があるわけでもないはずだ。

「あの、それで」

「内藤君食べないの?お昼終わっちゃうわよー」

「…河合さんっ」

衝動的に抗議のような声が喉から飛び出し、その大きさに俺は自分で驚いた。

幸い周囲の席に伝わることはない程度だったが、目の前に座る人物にはダイレクトに伝わっただろう。

焦燥という2文字が。

「び…っくりしたぁ。内藤君でもそんな風になるのね」

俺の荒げた声に一瞬肩を揺らした河合さんは「意外だわ」とぎこちなく笑った。

「梓なら一週間一緒にいたわ。家の事情っていうか、梓の付き添いをしてて」

「上田さんの……?」

「そう。詳しいことは私の口からは話せないわ」

その口ぶりは、本人に聞けというニュアンスをこめていた。

「じゃあ」

「もう家についてるんじゃないかしら。それにしても、表札がなかったって本当なの?」

「あ、はい……」

「やっぱり、帰るつもりがなかったのね……」

「上田さんはそんなことを?」

ある程度は予想していたことだったが、実際に聞かされるとより一層良心の呵責に耐えられなくなる。

俺はそんなに上田さんを追い詰めていたのか。

帰ってきたくない程に、俺を見たくない程に、困らせてしまったのか。

河合さんは俺の問いには答えずに、紅茶をティースプーンでかきまぜる。

「今は帰ってるわよ」

そうだ。それが理解できない。

帰るつもりがなかったのに、実際今は帰っているというのは、帰らねばならない理由でもあったのだろうか。

「ほらほら、時間ホントになくなっちゃう」

食べて食べて、と促され、もそもそと箸を進めた。やはり味覚はどこか彼方にやられてしまったようで、機械的に口を動かした。

「河合さん」

「なぁに」

「何も、聞かないんですね……」

俺にとっては一世一代の発言だった。

彼女には、上田さんの姉として、俺に問い詰める権利がある。

私の妹に何をしたの、と、正面きって責めることが。

上田さんが帰りたくない理由と、俺が河合さんに上田さんの所在を確かめるメールを打った理由は合致すると、当然想像がついているはずなのに。

「聞いてほしいの?」

はっとした。そう、なのかもしれない。でもそれと同じくらい、何も答えられない自分がいると思った。

俺は河合さんに何を期待しているのだろうか、上田さんに代わっての許しか?

そんなの、本人にもらわなければ何の意味もないというのに。

「すみません……」

「やだ、謝らないでよ。私たちただ一緒にご飯食べてるだけでしょ?」

にこりと微笑んでそれをいなすと、カップに残っていた一口を飲み干して席を立つ。

「先に戻るわね。あ、そうだ、明日遊ぶの、楽しみにしてるわね」

そんな計画があったことすら忘れていた。まさかそんなことを言うわけにもいかず、曖昧に返事をした。

「……はい。また明日」

「また明日」


上田さんの部屋の表札は消えたままだった。

本当に、帰ってきているのだろうか……?

また誰もいない数分間を迎えるだけなのでは?

所在を確かめて安心することよりも、返事がないことの恐れを多く抱いてしまい、なかなか踏ん切りがつかない。

インターホンの前に指を置いて、ほんの少しだけ力を入れるだけなのにそれができない自分がもどかしい。

数分ほど葛藤して、鳴らす。

すさまじく長く感じた数十秒間のあと、静かに戸が開き、黒い頭が覗いた。

顔を見て安心した。上田さんにしてみたら、やはりこれも迷惑な話だろうか。

病気をしていた風でもなく、より清廉さがあがったようにすら思える。

多分俺は、マヌケな顔をして口をぽかんとさせ、ぼーっとしていたんだろう。

上田さんはその視線から逃れるようにローブのフードをかぶって顔を覆い隠した。

「何」

「あ……、どこかへお出かけ、だったんです、か」

第一声はまごつきながら、よく考えもしないで出た。

ここまで来る道中で、あれほど何回もこう言おう、ああ言おうと思っていた計画はどこかへ吹き飛び、頭の中が真っ白になる。

聞きたいことはたくさんあった。

けれどどれもこれも核心に触れるものばかりで、すぐにこの会合は終わりになってしまうと感じていた。

だから先延ばしにして、少しでも長く彼女と話していたいと思ってしまう。

「あなたに言わなきゃいけないのかしら」

すばやく、そっけなく、短く切り返される。

「いえ、……それはいいです。俺、謝りたくて」

今度は何の返事もない。口を開く気配がないのをいいことに、俺は勢いに乗せてまくしたてた。

「俺が迷惑をかけたなら、鬱陶しかったなら、苦しめたなら、謝りたくて」

「言ったでしょう、あなたの気持ちなんてどうでもいいのよ。でもそうね、こうやって話しかけてくるのは煩わしいわ。……さようなら」

バタンと扉が閉まる。

冷たい反応はある程度予想できた。

でも、ここまでの硬い壁だとは思わなかった。

俺はまだ甘えていたのかもしれない、上田さんに。

いいや、勝手な夢を抱いているといった方が正しいだろうか。

一度は確かに気持ちが通じたと思った、だからきっとどこかであの反応が返ってくるんじゃないかと。

なんて身勝手で、傲慢で、醜い思いだ。勘違いも甚だしいとはこういうことを言うんだろう。

もうここらが潮時なんだろうか。

いい加減、自分はストーカーのような気がしてくる。

毎日毎日、居もしない部屋のチャイムを鳴らし続けて。

迷惑がられても尚、話がしたいと押しかけて。

自分勝手な妄想を抱いて。

これはよくない傾向だ。

都合よく、明日は河合さんたちと遊ぶ予定がある。いい気分転換になるだろう。

しっかりしろ、俺。人の道を歩け。

未練がましく上田さんが消えていった部屋を見たりするな。

そうだ、明日の用意をまとめて今から実家へ帰ろうか。

直純は……もう自分たちの家に帰っているだろうが、ここにいるよりははるかにマシな気がする。

俺は自分の部屋に入って、着替えて、夕飯を済ませ、明日の服やなんやらを揃え、適当なバッグに詰めた。

でもそこで手が止まる。

俺はそれをすべてひっくり返して放置すると、布団を敷いた。

もう疲れてしまった。ただ、眠りたい。

自分というものがままならないことに苛立ちながら、俺はその日、1週間分の睡眠をとるかのように、泥のように眠った。




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