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夢見た君に  作者: 透義
11/13

せめぎあう心


午前8時、直の車でアパートの前に到着。

「またね~正兄!」

俺が降りて、直が車を発車させると純が窓から身を乗り出して手を振った。

「おお。またな」

階段を上っている間に、これから取るべき行動を考える。

朝っぱらから訪ねるのはさすがにダメだよな……でも思い立ったが吉日とも言うし……。

迷いながらも上田さんの部屋の前に立ち、そこで何か違和感を覚える。

「………………あれ」

インターホンを押そうと見た場所に、表札がないのだ。

上田と書かれたプラスチック板が、昨日までそこにあったはずなのに、綺麗さっぱり消えている。

どういうことだ…………?

先ほどまで思い悩んでいたのも忘れて、インターホンを押した。

しばらく待てども、物音一つしない。

もう一度押す。返事はない。

恐る恐るドアノブを回すが、鍵がかかっている。

単純に、留守、なのか。それとも……。

腕時計を見て、とりあえずは出社準備をしなくては自分の部屋へ帰った。

朝飯も食べたし、服を着替えるだけだが、時間も時間である。

玄関を出てから一度だけまた上田さんの部屋を見て、振り切るように頭を振りかぶって階段を下りた。


「あれ、河合さん今日もお休みですか?」

食堂に行くと、またもやヨーコさんだけが出迎え、河合さんの姿が見当たらないことを水村が発した。

「うん。なんか風邪だと思ってたら違うみたい。家庭の事情だって」

「そうなんですか」

「まぁ体調が悪いわけじゃなくてよかったわよね」

そうとわかれば、と席を離れようとした俺を水村が引き止めるが、やはり遠慮した。

また辛気臭くなる俺と一緒に食事は2人に気の毒だろう。

席を移ってから、携帯で河合さんにメールを打つ。


To:河合千里

Sub:突然すみません

本文:内藤です。家庭の事情で仕事お休みされていると伺いましたが、そこには上田さんもいるのでしょうか?

突然の不躾なメールすみません。アパートの表札が消えているのが気になったもので。


何度も何度も書き直しているうちに昼時間の終わりが近づいてきた。

慌てて卓の食事を平らげて、メールを保存して慌しく席を立つ。

結局そのメールを出せたのは終業時間の後だった。

また実家に帰ろうと思ったが、やめた。

今日も直純に気を紛らわせてもらえばいいのだろうが、上田さんがどうしているのかわからない今、そうすることは憚られた。

心配、というのも少し違う。

これは俺が与えられるべき責め苦だろうか。

上田さんにいらぬ好意を持ったことと、迷惑をかけたことへの。

家に帰りいつも通りの生活をしながら、俺の気分はどんどんと沈んでいく。

時間が過ぎるのが普段より遅く、しかし何も手につかない為に思考だけがまとまらないまま漂っている。

昨夜はポジティブに物を考えることができたが、行動を起こすにも本人がいないのではどうしようもない。

ふて寝の要領で数時間早く布団にもぐりこむ。

結局眠りに落ちるまで、河合さんからのメールの返事はなかった。


***


朝起きて、今までのことは全部夢だったのではないかとふと思った。

それというのも、目覚めるまでに見ていた夢があまりにもリアルだったからだ。

内容はどうというものでもない。

高校時代に送っていた日常をリアルに近く再現されたものだった。

季節はちょうど今頃、夏休みが終わったばかりでダレたままテストを受けて散々な結果だったこと。

追試を受けるまでの猛勉強、成績上位者の友人に頼み込んで図書館で教えを請うて、理解できない問題に四苦八苦し、なんとか合格までこぎつける。

だがその後待っていたのは、恐ろしく早い場面展開。

大学受験を受け、単純に講義を受け、就職活動をし、内定をもらって、アパートに移り住んで、そして上田さんに会う。

鮮烈なほど目の裏に焼きついた綺麗な外見をそのまま写し取ってそこにいた上田さんは微笑んで、そして消えた。

一瞬で過ぎ去ったその光景は目覚めたばかりの俺の脳に住み着いて離れない。

夢と現実の区別がつかなくても、妙に胸が痛いことだけはわかった。

しばらくすると、段々頭が冴えてきてほっとする自分がいた。

顔を洗って洗面台の鏡を見る。ひどい顔だ。睡眠だけは長くとったはずなのに、何日も寝ていないような印象を受ける。

やはり悪夢はいけない。体を休めるどころか一層の疲労をもたらす。

携帯画面をチェックするが、河合さんからのメールは入っていなかった。

メールの受信画面を見ると、合コンの前日に入った河合さんのメールが残っている。

河合千里という人間はいる。会社に籍もあり、ヨーコさんという友人もいて、このように俺の携帯にメール履歴がしっかりと残っている。

ではこの妹の上田梓はどうだ。

上田梓という人物と共に会ったことのある人物は河合さんのほかに……1人だけいた。

出社の準備を整えてから、大家さん宅を訪ねた。

朝早くだというのに嫌な顔ひとつせず、俺の質問に答えてくれた。

「上田さん、ですか?いいえ、解約の話は出ていませんけれど。今いらっしゃらないんですか?」

「表札がなくて、インターホンを押しても留守のようなんです」

「え、そうなんですか?なにも連絡はないですけど……」

藁にもすがる気持ちで聞くと、大家さんは上田さんが今いないことすら知らなかった。

ということはこの人の中の日常では今も変わらず上田さんが存在するということで。

当たり前のことに安心した。

この言葉を聞くまで、

【霞のように消えてしまった……。幻だったのだろうか】

という疑念は拭いきれなかった。

そう思っても不思議じゃない雰囲気はあったが、我ながら、正直気が狂ったのではないかと心配になってくる。こうでもしないと確かめられないなんて。

頼みにしていた河合さんのメールが返ってこない以上、本当に上田梓が存在していたという証拠が存在しなくて、とても焦っていたのだ。

これでやっと夢から完全に醒めることができた。

そうすると次には、上田さんの発言が気になってくる。

『私にもう関わらないで』

何度も何度も頭の中を巡った言葉。

俺に関わられることが嫌で、消える、という行動に出たのだろうか。

それにしたって、どうして河合さんまでいなくなるんだ?

謎と疑問は尽きることなくかわるがわる浮かんでくる。


それらに決着をつけるためにも俺は、俺にできる最大限のことをしなければならない。そう思った。


やはり、予想通り今日も河合さんは会社を休んでいた。

昼時間まで待つことができず業務の合間にヨーコさんを訪ねた。

途中自販機で買ってきた缶のお茶をお詫びに渡す。

「仕事中にすみません。河合さんが休んでることについてなにかわかりませんか?」

「家庭の事情だって言ってただけよ。お盆の時もそう言ってたなぁ」

「それには、上田……梓さんも一緒なんでしょうか」

「上田梓?誰、それ」

「河合さんの妹さんです」

「ああ、千里の妹。名前は初めて聞いたわ。一緒かどうか……妹ならそうなのかもしれないけど」

「じゃあ、河合さんはいつ帰ってくるか、とか」

「んー、前は確か1週間くらいの休暇だったけど」

「今回も……」

「じゃないかな、とは思うけど、わかんないわよ。実家はそんな遠くなかったと思うけど。」

首を傾げてヨーコさんはお茶を飲む。

「どうしたの内藤君。そんなに切羽詰って。千里にメールは?」

「しました、けど、返事がなくて」

「そうなの……?私もしてみるけど、どんな用事が聞いても?」

「ああ、いえ……たいしたことではないので、用事というほどでも……」

ヨーコさんから見て、俺は一体どんな風に見えるのだろうか。

切羽詰って、といわれたが、まさにそうなら相当怪しく見えているかもしれない。

河合さんと付き合っているわけでもないのに。

もしかしたらそっち方面で疑られているのかもしれないと思った。

今ここにいない河合さんに申し訳なく思う。

帰ってきた時にもし俺との変な噂が立っていたら、全力で謝ろう。

でもそれは後の話だ。

「ヨーコさん。河合さんが帰ってきたら、教えてもらえますか。水村経由ででもいいんで」

「わかったわ。じゃあね」

「はい。ありがとうございました」

自分の部署へ戻る最中に思案をめぐらせる。

実家はそう遠くないと言っていた。

とすれば、その実家はどこか、俺の力で探し出せるものだろうか……。

「あ」

彼女を、上田さんを上田梓としてではなく、ネットで評判の占い師だとすれば?

もしかしたら、おふくろが何か知っているかもしれない。


急く足のまま実家に返ってくると、玄関の鍵を開けて出てきたのは純だった。

「あ、正兄おかえり~」

「ただいま、おふくろは?」

「今話しかけないでって、パソコンやってるよ」

「客の対応、客に任せるなよ……」

リビングのテーブルの上で画面とにらめっこしているおふくろに「ただいま」と声をかける。

するとヒラヒラとこちらを見ないまま手を振ってそれで挨拶をすませたつもりらしい。

しばらく無言の抗議をしてみるが、やはり既に俺の存在は眼中の外であって、一向に反応はかえってこなかった。

「直は?」

「買い物行った」

仕方なく振り返って後ろの純に話を振ると、そう答えが。

「まさか」

「ホカ弁」

夕飯時にパソコンにかじりついているのでおかしいとは思ったが、嫌な予感は的中していた。

子供―まぁもう20歳になるのだが―を預かっておいて食事の用意をほったらかしにするとは、一体どんなやむを得ない事情があるというのか。


ピンポーン


「直かな」

純が迎えに出て行くとほぼ同時に、おふくろが目をこすって伸びをした。

キリがついたのだと思って近寄ると「あら」と本当にたった今気がついたように俺を見る。

「いつ帰って」

「おふくろ、あれから占い師についてなにかわかったか?」

おふくろのすっとぼけ具合はすっぱり無視して本題に入る。

「あんた、エスパー?」

「は……?」

「ちょうど今それを見てたとこなのよ」

画面を横から覗き見ると、ページの最下部だった為、おふくろが上まで持って行ってくれる。

そこに映っていた文字は

【噂の占い師・梓玉。○×山寺出身。とある政治家大御所の呼び出しに応じる】

「今は○×山にいるみたいね~。リアルタイムに居場所がわかるなんて今までなかったのよ。まぁこの記事載せた人がどうなるかはわからないけど」

さらっとこともなげにおふくろ物騒な言葉を吐く。

だが俺はそんなことなど気にかけず、我ながらこの時に居合わせれたことと、ミーハーな母の性格に感謝した。

「○×山、か……」

それほど無理をしなくても行ける距離ではあった。

「私たちそこなら行ったことあるよ」

「ホントか!?」

直を伴って純が戻ってきた。

これはいよいよ行ってみるべきだろうか。

梓玉という名前もわかっている。

もしかしたら……。

一週間待つ想定をいれ、帰ってこなかったら、土曜日曜を使って、行ってみようか。

道程を考えると月曜日も休暇届けを出すべきかと考える。

「来週の土日にでも案内頼めるか。しょうがないから費用も全部俺もちだ」

「わーい正兄と旅行~!」


こうして、ただ耐えるための1週間が始まった。



その間俺がしていたことは、毎日上田さん宅のインターホンを鳴らして所在を確かめることのみ。

毎日5分待ってから、出社するのが習慣になった。







一日経ち、






二日経ち、






三日経ち、






四日経ち、






五日経ち、






六日目に、河合さんが出社したと、水村から知らされた。


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