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夢見た君に  作者: 透義
1/13

憧憬と、板挟みと、・・・。

ピピピッピピピッピピピッ

午前七時半。起床。

お粗末な音を立てる目覚まし時計を叩いて、伸びをする。

布団をたたんで隅においやって、ペタペタとフローリングを歩く。

その冷たさに身震いして、そろそろカーペットの購入をしなければならないかと考える。

冷え込む、秋の朝の空気の中、寝巻きのまま洗面所へ立ち、髭をそり顔を洗って、歯を磨いて髪を軽く整えた。

出てきてすぐトースターにパンをセットし、焼きあがる時間までに諸処の支度を終える。

ジャムを塗ったトースト、コーヒーに少量のサラダという朝食を済ませ、汚れものを流しに置く。

スーツを着込んでネクタイを締め、財布、ハンカチ、ティッシュ、時計、携帯電話を持つ。

最後に鍵を取って玄関を出た。

鍵をかけたら、一日の始まりだ。


内藤正ただし、23歳。

社会人一年目、上京一年目、一人暮らし一年目、初めてづくしのこの一年。

やっと慣れてきた生活。

リズムを大切に、清く正しく健やかにをモットーとしてやってきた。

さぁ、今日も一日頑張るぞ。


古くもなく、新しくもなく、狭くもなく広くもない。

このアパートの唯一の魅力は駅までが近いということだ。

徒歩五分。

この近辺のアパートはあらかた調べたが、駅近しの物件にはこんなにいいものは普通ない。

大体は、空いてすぐに埋ってしまう。

そんな中、見つけられたこの部屋は、俺が入る一年半程前から誰も入居していなかったらしい。

世に聞く有名な、幽霊物件を誤って選んでしまったかと当初は震えていたものだが、半年以上住んでいても何もそれらしきことは起こらなく、静かなものだった。

どうして俺が手に入れることができたか、とても不思議に思うが、そんなささいなことは徒歩時間の短い間に考える瑣末事に過ぎない。

駅に着き、定期で改札を通る。

乗り換え一回、電車二台、ついた先の駅から3分の場所にあるビル。

それが俺の勤めている職場だ。

いつものように数人と挨拶などを交わしつつデスクにつく。

入社一年目は研修の年だ。

簡単なデスクワークや、人に付いて営業に回ったり、部署をたらい回しにされるのが仕事だと言っても過言ではない。

今日は月曜日で、今週一杯はデスクワークが中心だ。

発注書を指示されながら書いたり、パソコンを使ってデーター入力をしたり。

黙々と仕事をこなして熱中すると、昼食時間まではあっという間だ。

今日は早めに買出しに出て、いつも売り切れ必至の目玉食品、焼肉&焼きたらこマヨネーズおにぎりをゲットしに行こうかな。

チラホラと立つ人が見えてから

「昼、お先失礼しますね」と両隣の先輩同僚に挨拶してから立ち上がる。

昼食のメニューを自分の好きにできるかの勝負はエレベーターを出た時から始まる。

何人かと相乗りしていた箱から出て、できるだけ早足でコンビニへ向かう。

ほとんど皆行き先は一緒なので、ちんたらしていると確実に群れの仲間入り、そうなると抜けることが大変困難になってしまうからだ。

他のビルからも人がわんさか出てきている。

その間を器用に通り抜けて、コンビニへ到着。

直行するは、おにぎり置き場。

焼肉&焼きたらこマヨネーズおにぎりと、天むすは無事だろうか。

あった!!

俺の焼肉&焼きたらこマヨネーズ(略)!!

しかし残りは一つ、急がねば。


「「あ」」


すぐさま手を伸ばすと、人と手が重なってしまった。

なんてベタな・・・。

幸いこちらの手が下側だ・・・けれども、譲るべきだろうか?

相手の手を伝って目線を下げると、

「あら内藤君。ごめんなさいね」

言って、少し残念そうに手を下げる女性。

「あ、いえ、どうぞ!!俺はこっちでいいんで!!」

慌てて右手で焼肉&焼きたらこ(略)を差し出して、左手で適当なおにぎりを掴んだ。

「・・・そう?じゃあ、ありがとう」

そう言って微笑みを浮かべたこのかわいらしい女性は、我が社のアイドル、少し前の言い方をすればマドンナ的存在、河合千里さんだった。

男性一同が目をつけているのと同様、俺も彼女に密かに憧れを抱いている一人である。

「お礼に何か飲み物おごるわ。何がいい?」

「いえ、そんな」

「いいから。何?」

「・・・じゃあ、お茶を、テキトーに・・・」

「わかったわ。先に会計すませて外で待っててくれる?」

「はいっ、わかりましたっ」

河合さんは小柄な体で器用に人ごみを掻き分け、飲み物置き場へスタスタと歩いていった。

と、見とれている場合ではない。

さっさと買ってしまわねば。

とっさに掴んだおにぎり一つだけでは足りないので、他に何かないかと探す。

天むすはすでに売り切れだったので、ボリュームのありそうなパンを掴んで持っていく。

「ぅげ・・・」

レジカウンターに乗せてから、やっと確認したその中には、俺の大嫌いなシソおにぎりが入っていた。

慌てて取るんじゃなかったと後悔しても後の祭り。

昼食時間で満員御礼のコンビニ店員は急がしそうにセカセカと会計を済ましてしまっている。

訂正をするのも悪いし、仕方なくそのままコンビニを後にした。

外へ出て、見つけやすいところで河合さんを待つ。

数分すると、人の波に押されるようにして河合さんが出てきた。

俺を見つけて小走りでやってきて、お茶を渡してもらった。

「はい、ありがとうね。本当」

「いえ、こちらこそ。おごってもらっちゃって」

「どういたしまして。あ、内藤君。一人?よかったら一緒に食べてくれない?あ、彼女とかいるんなら遠慮しないで断っていいのよ」

「喜んで!彼女なんていないっすよ!でも、そういう河合さんは・・・」

「え?彼氏?いないわよ。よかったー。ありがとね。実は一緒に食べる友達ゲットの戦争に負けちゃってね・・・」

「はぁ・・・」

友達ゲットの戦争?と訳のわからない言葉に気のない返事をしつつも、俺は有頂天になっていた。

狂喜乱舞と言っていい。

高嶺の花である河合さんに名前を覚えてもらっていたことすら嬉しいのに、手が触れちゃって、会話しちゃって、おごってもらっちゃって、一緒に飯が食えるなんて、どういう幸運なんだ!

おまけに彼氏がいないという情報まで転がりこんできた!

これで今年分の運気を使い果たしてしまったんじゃないだろうかというくらい、幸せ気分だ。

「内藤君は、何か困ったこととかない?」

「困ったこと、ですか?」

「うん。仕事とか」

いくら憧れる女性と一緒に飯を食べている、といっても、所詮先輩後輩。

悲しいかな、出てくるのは仕事の話しかないわけだが・・・。

とほほ、と項垂れた俺に河合さんが

「どうしたの」

と声をかけてくれる。

今はそれだけで満足、かもしれない。

「いえ、何でもありません。ないですよ。今のところはまだ順調です」

「そう、ならよかったわ。内藤君はしっかりしてるものね。他の子たちにも見習ってほしいわ・・・」

『子』と言っているが、実際そんなに年が離れているわけでもない。

俺が今年23で、彼女は今年26である。

もっとも、大学出の俺と商業高校出の河合さんでは社会人歴はかなり違うのだが。

どうして彼女の年齢やらを知っているかというと、まぁ黙っていてもマドンナに関する話は聞こえてくるからである。

「誰か何かやらかしたんですか?」

見習うほどたいした業績など上げていない俺がよく見えるなら、よほどひどいヤツがいるのだろうか。

「やらかしたっていうか・・・内緒よ?」

「はい」

その前振りに、神妙に頷く。

「あなたの同期の安本君、いるでしょ?」

「いますね」

一言で説明すると、『同性から嫌われる奴』である。

つまり、顔がいい、わけだ。

勿論顔がいいだけで嫌うなんてヤツは少ない。ひどいのはむしろその恩恵にあずかり続けた性格にある。

そう頻繁に話す訳でもないが、同期という間柄上、廊下で行き会えば挨拶、それ以上くらいは会話をする。

その、決して多くもない対話のうちに見え隠れしているのは、

『世の女はその気になれば全て俺のモンになる。世の中チョロイな』

というようなおごりだった。

「あの子、あんまり真面目に仕事してくれないのよ。すぐミスするし、そのことについて謝ってても、なんていうか誠意がないし、この前、お得意先に失礼なことまでして・・・その場はなんとか治めたんだけど・・・。それだけなら私もやったことあるし、怒ったりはしないのよ?」

「はい、わかります。安本、他に何したんですか」

「こう・・・ね、ちょっかいを、かけてくるのよ。夕飯誘われたりとか、チケット取れたから休日コンサートに行かないか・・・とか。正直、困ってて・・・・・・」

「あいつ・・・・・・」

なんてストレートな・・・でもちょっと羨ましい…。

いやいや、訂正。

安本は、頭もそんなに良いわけじゃないし、仕事もできないくせに、人一倍自信家みたいだからな・・・。

手に負えない自己中さだから、いつもは放って置くんだけど。

他ならぬ河合さんが困ってるんだ、一言言ってやらないと。

「そういうことなら、俺、言っておきますよ」

「え、あ、・・・あら、そういうつもりじゃなかったんだけど・・・。・・・・・・でも、そうね、お願いしていいかしら?」

「もちろんですよ。・・・ですけど、河合さんも、本当にいいんですか?あいつ、馬鹿だけど、顔はかなりイイじゃないですか。後悔しませんか?」

「ジョーダンっ!いくら顔がよくてもあんなのはお断り。私は顔よりも中身を取る方だわ」

「そうなんですか。・・・安心しました」

「えっ?何?」

「なんでもないです」

危ない危ない。ここで失言しようものなら、せっかくの好感がだいなしだ。

隣で安心しきった顔で焼肉&(略)をほおばっている河合さんをちらりと盗み見る。

これからやっと安本から解放されるという喜びからか、笑顔全開だ。

俺は少しだけ、ほんっっの少しだけ安本に同情した。

マドンナに、これほどまでに嫌われるとは・・・気の毒に、と。

その後は、河合さんの課の上司の話や、俺の先輩同僚はどうだとかいう当たり障りのない話をして、二人で社に戻った。

別れ際に、手を振ってもらったことは一生忘れないでおこう。


午後の業務も滞りなく終わり、帰る前に安本に会って、河合さんにもう纏わりつくなって言ってかないとな。

と、廊下に出たところで、丁度安本が通りがかった。

「安本」

安本は、俺に気付かなかったようで、そのまま歩いていくのを咄嗟に呼びかけた。

「あぁ、内藤。今帰りか」

「おぅ。んでさ、ちょっと話あるから駅行くまで一緒いいか?」

「話?」

いつもは使わない妙な言い回しに安本の柳眉が少し上がった。

くぅ、こいつ本当、顔だけはいいな。

顔『だけ』は。

少し横に並ぶのをくじけそうな心持ちになりながら安本に追いついた。

会社内で話すのはまずかろうと、他の話題を適当に喋りながら外へ出た。

ところで、

「「あ」」

と安本と声が被った。

なんかデジャビュだ・・・。

ビルを出てすぐの、街路樹のレンガに、河合さんが座っていた。

友達が出てくるのを待っていたのだろうか、出口を見ていた河合さんとばっちり目が合ってしまった。

もっとも、そう感じたのは安本も同じだったようで、さっさと俺を置いて河合さんへと近づいていっていた。

「河合先輩、どうしたんですか?俺のこと待っててくれたとか?」

出た。誰かを待っている女性を見ると、自分目当てだと思い込む、奇妙な癖。

「違うわよ。ヨーコ待ってたの。ホラ、内藤君待ってるわよ。とっとと行ったら?」

俺はというと、その河合さんの態度に驚いていた。

困ってるなんて言うから、てっきり押されまくって黙りこんでしまっているのをイメージしていたのだが。

いつもこんな具合ならば、上手くあしらっているように思える。

・・・が、相手が安本だとそうもいかないらしい。

空気の読めない奴は、まだ何事かを話しかけている。

・・・・・・あいつの場合、今まではあれでも正解だったんだろうな。

あの顔で全て許容されて、女まで堕ちてくる、といったような。

あ~、河合さん、明らかに迷惑そう、かつ、イラつき気味の表情をしている。

安本を止めようかと一歩踏み出した所で、河合さんの友人らしき人物が俺の横を通り過ぎた。

「あっ、ヨーコ!遅いじゃない、もう!おかげで変なのにからまれちゃったじゃない!」

「ごめんごめん、千里」

「先輩、ちょっとひどくないですか?もしかして照れ隠し?」

「もう!訳のわからないこと言わないでくれない?このどこが照れ隠しだっていうのよ!」

「千里、抑えて抑えて・・・・・・」

河合先輩は怒髪天をつき、お友達さんも大分困っている感じだ。

いよいよ見ていられなくなって割って入る。

「安本、帰るぞ」

「いーよ。お前先帰れば?話ってのはまた今度でいいだろ。先輩、この後どっか行きましょうよ。ヨーコ先輩もよかったら一緒に」

俺を突き放して、河合さんの腕を取って言う。

「おい・・・」

「はなして、よっ!」

思いっきり腕を振り払って安本の手を落とすと、彼女は俺に向き直った。

「内藤君、ごめんね。あの件、即行でお願いできる?」

手を拝み合わせるようにして頼み込んでくる。

「・・・はい。ホントこれは、・・・・・・ひどいですね。すぐ帰っちゃってください」

「おい!お前、何話してんだよ!」

安本が俺に突っかかってきた。

河合さんとの仲が親しげにでも見えたのだろうか。

「じゃあ、お願いね。ばいばい!!」

「あっ」

今だ、とばかりに小走りで年上女性二人組みは去って行った。

それを見て安本が『しまった』というニュアンスで声をあげた。

続いて微かな舌打ちも。

「なぁ、安本。もうやめてやれよ。河合さん、困ってるじゃんか」

「はぁ?何言ってんだ?お前に関係ねぇだろ」

「なくない。河合さんに頼まれたんだ。よっぽど嫌われてるぞ、お前」

安本は眉間に皺を寄せて不快感を露わにした。

「俺が、嫌われてる?」

「そうだ。だから河合さんはもうやめろ」

「・・・ちっ。あの女、あとで後悔しても知らないからな」

・・・・・・根強い自己中さに、完全なナルシストまで追加された。

「まぁまぁ、お前なんか、選り取りみどりだろ?もっと他にいい女の子でも見つけろよ。ほら、可愛い後輩とかさ、いたんだろ?」

「学生は駄目だ。時間が合わねぇ」

「・・・そうだけどさ。・・・・・・あっ、そういえば、水村が今度合コンするとかって言ってたぞ。確か社会人相手で。そっちいきゃいいじゃん」

「マジで?」

うわ、こいつ、変わり身早。恐ろしい奴・・・。

途端に態度がころっと変わった安本の肩を軽く叩いて、駅へ俺たちも歩き出した。

「おう、マジマジ。取り次いどいてやるよ」

俺は心の中で水村に10回ほど謝っておいた。

水村ってのは、俺たちの同期にあたる。

本当は、今は合コンの話は聞いていない。

だがあいつは、いつもどこかからいつの間にか約束を取り付けてくる。

前回が一ヶ月前くらいだったからそろそろ次の予定が入っていてもおかしくないだろう。

気の毒なのは、その回の会は、安本によって女性陣が総浚いされるだろう事実だ。

合掌。

「よし、頼むぞ」

「じゃあもう河合さんにはつきまとわないな?」

「おう、わかったわかった。そろそろめんどくさくなってきたとこだったしな」

「そうか、じゃあな」

話しているうちに駅についたので、別れを告げる。

駅の改札を抜けたところで安本に軽く手を上げた。

「話ってそれだったのか?」

「ああ、じゃな」

「おう」

自己中野郎とやっと離れられて、河合さんでなくても深々とため息をついてしまった。



駅を出て、近場のスーパーで夕飯の材料を買った。

今日のメニューは麻婆豆腐と炒飯という中華ものだ。

全部インスタントなのが男一人暮らしの悲しいところだが。

アパートの前まで着くと、電信柱の所に誰かが居た。

手には大きなゴミ袋。

その人物は今まさにそれを電柱の根元に置こうとしていた。

いや、確かにそこはごみ置き場だ。

だが今は夜、世のルールとしてそれは間違っているだろう。

「ちょっと!そこの人!!」

俺は注意をしようと駆け寄った。

それで初めて、その犯人のおかしな格好に気がついた。

夜闇に紛れそうな、いや実際溶け込んでいたから近づくまで気がつかなかったのだが、真っ黒な服を着ていた。

コートかと思った上着は大きなフード付きの大きなローブで、上から下まですっぽりと顔と体を覆い隠している。

おかげで女か男かさえも区別がつかない。

自信はないが、ゴミ袋を置いた手と、身長から推測して、女性?

いや、そんなことはどうでもいい。

「どこの人か知りませんけど、夜にごみ捨てはやめましょうよ。カラスとかネコとか荒らしにくるでしょう」

「・・・・・・」

その黒づくめの人は無言で俺を振り仰ぎ、それでもフードから顔が覗くことはなく、そのまま、なにもなかったように向きを変えて歩き出す。

「えっ、ちょ、」

あまりにその動作が自然だったので、掛ける言葉がすぐに出てこなかった。

「ごっ、ごみ!あのっ!!」

聞こえていないはずもないのだが、ゆっくりとした足取りでその謎の人物は俺の住むアパートの階段を上っていった。

「え」

よりによって俺のアパートの人かよ!

明日大家さんにチクってやろうと、どの部屋に入るのかを見届けようとした。

「・・・え、おい、ちょっと待て」

扉を開けて、暗い室内に人影が滑り込むように消えていった。

「あそこ、・・・・・・隣じゃんか、よ」

二階の角部屋。なんとそこは、俺の部屋の隣だった。

つまり・・・・・・お隣さん。

「えぇ!?」

思わず叫んでしまって慌てて口を押さえる。

深夜というわけでもないので近所迷惑にはならなそうだったのが救いだ。

どういうことだ、俺はあんな人がお隣になった記憶はない。

引っ越してきた時にも、実家から持ってきたみやげ物を大家さんや上下同階くらいには渡しに行った。

しかし、あの部屋にはあんな住人はいなかったはずだ。

確か苗字は上田さん。下の名前は知らない。

確かに女性はいた。河合さんとは違う種類の美人系で、30代くらいの人だった。

あれから隣の住人が変わったとは聞いていないが、もしかしたら俺の知らない間にあの怪しげな人と入れ替わっていたんだろうか。

明日、大家さんにチクりついでに聞いてみようか。

・・・と、下を見下ろす。

「どうしよう・・・」

チクリネタであるゴミ袋は、当たり前だが依然とそこにあり、そしてなぜこんな時だけ、カラスやネコの鳴き声が聞こえたりするんだろう。

「はぁ・・・」

仕方がない。今日のところは俺が引き取ろう。

項垂れて、買い物袋を持つ手とは逆の方に、ゴミ袋を掴んだ。

俺はこういうところが損なんだよなぁ・・・などと愚痴りながら、憂いの表情で部屋へと帰った。


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