第4話「リルファーリア」
「まあ、いいですけどー。主、色々と説明が足りてないと思いますよ。あの石化をといてあげてくださいよ」
ジェンが、驚きのあまり固まってしまっている少女を示した。
それに対してイェリアオークゼルヴァルドは、大真面目に言う。
「リルファーリアはどうだ」
「人の話は聞いてくださいね」
「リルファーリア、リィ」
「それって長い名前つけた意味あるんですか」
「リルファーリア……」
名前。
その響きは少女の胸にすとんと落っこちた。
別に必要ないと思っていたけれど、その音の連なりは色づいて鮮やかに聞こえた。
名前をつけようなんて、初めて言われた。
名前をつけてくれる人なんていなかったのに。
何も言えない少女に、イェリアオークゼルヴァルドが呼び掛ける。
「リィ」
私の、名前。
「……リィ?」
私だけの。
少女はゆっくりと噛み締めた。
抱いた思いは、言葉にならない。
上手く説明することなどできない。
「イェリアオークゼルヴァルド」
「ゼルでいい」
「ヴァル」
あえて許されたのとは違う略称で呼ぶ。
ちっぽけな反抗心だ。
「理由を教えてよ。どうして私を連れてきたの?」
聞いてもいいと思った。
まだ、心を許したわけではない。それでも、どこか大事なところに響いたのだ。
にこりともしないこの男が何を考えていたのか、聞いてみてもいい。
ヴァルは僅かに眉を寄せた。
「……下心だ」
「はぁ?」
「ちょーっと待った! 主、誤解を招くような言い方はやめなさい。違うでしょ」
ジェンが割って入ってきた。
慌てたように撤回する。
「主、下心じゃなくて、もっと言い方があるのでは。言葉は選んでくださいよ」
「選んでいるが」
「伝わりませんよ!」
やいのやいのと言い合いを始めた主従を尻目に、少女は「下心……」と呟く。
予想外すぎた。
「下心だ。百日も城に拘束するんだからな」
事も無げに言われた台詞の意味が一瞬わからなかった。
瞬き、少女は聞き返す。
「百日もって……どういう、こと?」
「言葉の通りだ。リィは百日の間この城から出られない」
「どう、して」
「こちらの事情で、リィに意識がないときにそういう魔術をかけた」
「だからなんで」
「必要だからだ」
さっぱり要領を得ない会話を繰り返していると、ジェンが割り込んでくる。
「それを説明するには、魔王という器についても話さなきゃだね」
「器……?」
話がよくわからない。
眉間にシワを寄せた少女を見て、主従が顔を見合わせる。
ヴァルが代表して口を開いた。
「……今夜はもう遅い。続きは後日だな」
「後日って」
「時間はあります。急ぐことはないでしょう」
もう説明する気がないらしい主従は、話をやめる。
少女はその態度に不満を抱いた。
結局後回しにされただけではないか。
今一つ納得のいかない思いを抱いたまま 、少女は部屋に追い返された。
そちらが呼んだくせに、と思ったが、部屋に戻る。
部屋のベッドには、畳まれた白い布が置いてあった。
広げてみると、洋服のようだった。着替えに使えということだろうか。
色々と説明が足りないと感じたが、思い直して服を着替える。
潜り込んだベッドは、極上の暖かさで少女をつつみこんでくれる。
こんな寝床で寝るのは初めて、と堕ちていく意識のなかで思った。