表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の魔王と百日の夜  作者: 芍薬
1月目
4/22

第3話「イェリアオークゼルヴァルド」

 カップの中身はココアだった。

 すぐには口をつけなかった少女に、ジェンが笑う。


「ただのココアだよ。何なら毒味しようか」

「いらない」


 鼻を鳴らした少女は口をつける。

 甘かった。

 こんな美味しいもの、一年に一回飲めたらいい方だ。


 思わず心が緩んだ。

 ふわ、と口元を緩めた少女を、男2人が眺める。


「和みますねえ、主」

「……」

「そういえば主、彼女にちゃんと名乗ったんですか」

「……」

「駄目ですよ、拾ったものには責任持ってください」


 ココアに夢中になっていた少女は我に返った。

 男たちを振り返る。

 紫眼の男とバッチリ目があった。

 そんなに見られているとは思わなかったので少々たじろぎつつ、負けてなるものかとにらみ返す。


「そもそも、あなた誰よ。町の人間じゃないでしょう」


 少女のいた町には魔族はいない。

 人間は魔族を厭う。逆もまたしかり。


「イェリアオークゼルヴァルド」

「え?」

「イェリアオークゼルヴァルド。俺の名だ」

「は?」


 聞きたいのはそんなことではない。

 聞き返せば、彼の隣に立ったジェンが代わりに答えた。


「主は魔族を統べる者だ」

「どういう」

「つまり魔王とも言う」


 ……魔王?


 そんな馬鹿な。魔王だって?

 少女は混乱した。だって彼は。


「混じりものでもある」


 混じりものとは、人間と魔族の間に生まれる子のことだ。

 子供は魔力を持っていたり、いなかったり色々だが、総じて人間よりも身体能力に秀でていることが多い。

 そして最大の特徴が紫の瞳だ。

 どんな容姿を持った持った親の子供でも、これだけは変わらない。


 少女は混じりものを見たことがあった。

 幼い頃、同じ教会で暮らしていた。

 混じりものは弾かれる。魔族の血族というだけで、ヒトとしての扱いを受けることができない。

 虐げられたその子は、ある日姿を消していた。

 逃げたのだと少女は思った。


 混じりものは魔族からも嫌われると聞いたことがあった。

 魔王になどなれるわけがない。


「俺は先代魔王の血を継いでいる。母が人間だった」


 淡々とイェリアオークゼルヴァルドは口にした。

 まるで何でもないことのように。

 その紫の瞳に陰りはない。別に隠すことではないとその瞳が言っていた。


「お前の名は?」


 虚を突かれて少女はぽかんとする。

 何だか驚いてばかりいる気がした。


「ないよ、そんなもの」


 少女は親の顔を知らない。

 物心ついた頃から教会で暮らしていて、名前なんてつけてもらったことがない。

 呼ばれるとしたら「チビ」とか「おい」とか。ともかく少女自身の名前ではなかった。


 今度は男たちが微妙な顔をする。

 ジェンは少し眉を眇め、イェリアオークゼルヴァルドはゆっくりと瞬いた。


「ないのか」

「ない」

「……名がないのは不便だ。考えよう」

「え」


 少女が怪訝に思ったことを察したのか、イェリアオークゼルヴァルドは当然のように続けた。


「この城で暮らすのだからな」

「えぇ!?」


 少女は今までで一番驚いた。

 まじまじとイェリアオークゼルヴァルドを見つめる少女だったが、やはり彼は真顔だった。

 揺るがないものである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ