第1話「目覚めたいと、思ってはいなかったのに」
真っ白の布団。
ふかふかの毛布。
……私は夢を見ているのだろうか。
真っ白な天涯つきのベッドで身を起こした少女は、状況がわからずに呆けた。
ここは何処だ。
少女の知らない場所であった。
壁も床も天井も、黒一色に塗り潰された部屋に、目にも鮮やかな白色の家具。
一瞬、世界から色がなくなったかと思ったが、暖炉には紅い火が点っている。
おかしい。雪の森にいたはずなのに。
凍えていたはずの自身の手に目を落とす。
赤くひび割れ霜焼けした手を確認して、夢ではないと悟る。
服は、所々ひっかけて裂けた元の服のまま。清潔な寝床に汚れた自分の姿があまりにも不釣り合いだ。
意識を失っている間に何が起こったのか、掴みかねて少女は首を捻る。
状況がわからない。
一番最後の記憶は、森の中で凍えていたことだ。
……いや、その後に何かあったような……?
よく思い出せない。
少女が頭を抱えていると、不意にがちゃりと部屋の戸が空いた。
びくりと少女は身を震わせた。
警戒して窺い見れば、入ってきた人物は少女を見て、ぱちくりと瞬いた。
「おや、起きてる」
まだ若い男性に見える彼は面白そうな顔をした。
少女が無言で見返すと、彼は口許を笑みのかたちに歪める。
「そう警戒しないでほしいなあ、人間のお嬢さん。取って食いやしないよ」
彼は魔族だ。少女の勘がそう告げていた。
魔族とは人間とは違い、魔力を持つ種族だ。
姿かたちはよく似ているけれども、両者は別物である。
相容れない種族として、お互いのことには深く干渉しないのが鉄則であった。
「目覚めたなら、一緒に来てほしいんだけど。お嬢さんを呼んでる人がいる」
少女がうろんな眼差しを向けたままでいると、彼は溜め息をついた。
ベッドに歩み寄ると、聞き分けのない子供を見るように目線を合わせる。
「あのね、聞きたいこと、あるでしょう? 俺はあくまでお使いだから、本人に聞いて欲しいんだけど?」
少々ムッとした少女は逡順の末、布団を抜け出した。
別に今さら何も怖くない。
裸足で床に降り立てば、足元に履き物が差し出されていた。
少女の持ち物ではない。
面白みのない白色の布靴だ。
「足元が汚れるからね」
飄々と嘯く彼を、彼女はやはり信用ならない思いで眺めるのだった。