第0話「物語のはじまりは」
早朝から降り続く雪は、世界を白く染めた。
灰色の空を仰ぎ、少女はふるりと身を震わせる。
……寒い。
少女の体は冷えきっていた。
野宿生活、三日目。
獣すら通らないような険しい冬の森に、少女は1人きりだった。
三日前、少女は居場所を失った。
幼い頃から暮らした教会は、年を追うごとに資金繰りを悪くして、ついに一週間前に破綻した。
小さな教会の小さな施設ではあったが、辛うじて面倒を見てくれていた牧師夫妻が夜逃げしてしまった後には、途方にくれる子供たちだけが残された。
一緒に暮らしていた子供たちのうち、幾人かは親切な人にもらわれていった。
けれど、少女のように売れ残ってしまった者たちは、まとめて大きな教会に引き取られた。
……そこは恐ろしいところだった。
少女はその教会でのことをあまり語りたいとは思わない。
最終的に、少女は教会を逃げ出して森へと迷いこんだ。
行く場所はない。
頼れる人などない。
少女の暮らしていた町は辺鄙なところにあり、付近には町はない。
結局少女は森の中で二晩を過ごし、三日目には雪が降りだした。
着の身着のままで逃げ出してきた少女には防寒具などない。
せめて雪を凌げる大きな気の根本で震えている他はないのだった。
……死ぬのかな。
手足はかじかみ、凍える体の中は空っぽだ。ここ数日、口にしたのは森の泉の水のみ。
死の気配を少女はひしひしと感じていた。
そしてあまりにもあっさりと、その事実を受け止めてもいた。
短い人生であったが、惜しいと思うような生でもない。
死にたくないと思う理由が少女にはなかった。
だから、やがて訪れる死を待ってすらいた。
その男が訪れるまでは。
男が現れたのは、少女の意識が朦朧としだした頃だった。
ばさりという羽音に顔をあげれば、長身の男が少し離れたところに降り立った所だった。
背中には漆黒の羽。
ああ人ではないのだと、少女は他人事のように思う。
その男が誰だとか、どうでもよかった。
どうせ後は死ぬばかりだ。
「……人間か」
低い声が雪に落ちる。独り言のようだった。
さくさくと、雪を踏みしめる音が近づいてくる。
足音は、少女の前で止まる。
木に寄りかかるようにして座り込んでいる少女の頬に、長い指が触れる。
ぼんやりした視界の中で、少女の前にしゃがみこんだ男の顔が見えた。
銀糸のような長い髪、鮮やかな紫の瞳。どこか作り物めいた姿の男は、ごく薄い衣服を身につけてマントを羽織っただけなのに、あまり寒そうではない。
「死ぬのか」
今度は問いかけのようだった。
少女は答えない。
そんなの答えるまでもなかった。
男の冷たい手が顔の輪郭をなぞるように動いた。
少女は止めない。動くのが億劫だった。
静かに目を閉じた少女の意識は、緩やかにどこかへと堕ちていく。
それからのことは、もう何もわからなくなった。