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作者: 明音

 夕暮れの空はとても寂しい。赤く色付いた頬は微かに濡れていた。気づかないうちに涙を流していたらしい。家路に着こうとは思うのだが、思うように足はその方向へと向かってくれない。別にやましいことがあるわけでもなし、帰りたくない理由などない。仕方がなく、周囲に視線を向けてみる。目の前の車道には車は一台も通っておらず、代わりにだが中学生たちの下校姿が垣間見える。近くの民家から漂ってくるカレーの匂いに食欲を掻き立てられるが、お腹は減っていない。空を見上げるとうろこ雲がプカプカと気持ちよさそうに浮かんでいた。夕日に映し出された人影には勿論、口や目などがある筈もないのだが、どうしてもあるように思えて仕方がない。すぐそこにある公園の大木がそよ風を受けてサワサワと小気味いい音をたてた。季節は夏が去り、秋が訪れたようだった。セミも鳴りを潜め、バトンタッチだと言わんばかりに松虫が元気良く鳴いている。それは少しばかりうるさくもあるいが心地が良い。母親が公園にいる子供を迎えに来ている姿を見かけた。どうもその子供はまだ遊びたらなかったようで、わがままを言い母親の手を煩わしている。それに懐かしさを感じながら眺めていると、子供は諦めたようで母の手に繋がれ帰って行った。さあ、帰ろうか。そんな風に軽く歌うように言うと、足は不思議なくらい軽快に動き出した。リズムを取りながら歩いていると、いつの間にか走っていたようだ。しかし、心臓はそんなことは苦にならないと言うように、どんどん体に血液を巡らしていく。秋の少し冷たい風を全身に浴びながら、颯爽と道を駆ける。さながら、陸上選手のようだった。ふと足を止めると、家はすぐそこにあった。何故だろうか、今まであんなに軽かった足取りはまるで足かせを付けられたように重くなった。心臓もさっきまでリズムよく動いていたが、今は動くことを拒否しようとする。全身からは汗が大量に流れ出し、呼吸するたびに喉が焼け付くように痛む。背骨には鉄心が入れられたように曲がらない。頭の中が真っ白になる。帰りたくない、帰りたくない。そんな言葉だけが頭上を駆けまわる。けたたましく鳴る耳鳴りはその音量を増すばかりだ。このままでは死んでしまうのではないか。そもそも、家というのは何なのか。そんな疑問が頭の中でめぐりめぐる。遠吠えが聞こえた。それは家で買っている犬の鳴き声だった。それは帰ってくる度に、足元に駆け寄り嬉しように擦り寄ってくる。散歩には毎朝のように連れてやり、愛情を込めて育てあげた。そんな犬の鳴き声を聞くと嫌でも帰りたくなってくる。それでも、何かもう後一押しが足りなかった。家には何か忘れてしまった嫌なものがあると、どうしても思ってしまうのだ。それは記憶の奥の奥に厳重に鍵を掛けて封印されているような、決して思い出してはいけないような、しかし何者にも代えがたい大切なことだと感じる。だが、体にムチを打ち強引に体を動かし、歩を進める。その大切な何かを確かめるために。そして、家の扉を開けた。

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