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カサブランカの記憶  作者: 藍沢 要
美を紡ぎだす男
8/9

7:昔の約束

「お前ら結婚しないのか?」



次の日の夜、千歳と祥子にディナーへ誘われた。どうやらまだ彼女は帰って来てなくて、千歳は今日は休みだそうだ。

二人が呼んだのは一軒家で、聞くと彼女の母が住んでいたものらしい。千歳が祥子と付き合いだした時にタイミングよく、千歳が住んでいたアパートの水道管が破裂し、部屋中が水浸しになって以来ずっとここに住んでいるとの事だった。

千歳達が付き合い出してから、既に年数は経っているはずだ。だったら、結婚しないのかと聞いたら、千歳は苦い顔で笑った。



「祥子がイエスって言わないんだよ。…まあ、無理に結婚なんてしなくてもいいんだけど、ちょっとなぁ。」


「プロポーズはしたのか。」


「ちゃんと指輪も持ってな。だけど『看護士の仕事が楽しいからまだ結婚とかって考えられない』って。」


「なるほどな。」



誘われたと言うのに、何故か俺が料理を作らされているので、前菜としてカプレーゼ(あとがきで説明)でも作ろうと思い、トマトをスライスしながら千歳の悩み相談を聞いていた。

千歳は料理が作れない。と言うか、味オンチ。だからこいつに味付けを任せると、とんでもない一品に仕上がる。それを身に染みてわかっている俺は、千歳をキッチンのテーブルに座らせたまま話を聞いていた。



「悠長に構えてるけど、俺達もう三十八、誕生日が来れば三十九だぞ。今時四十で独身とかってザラにいるけど、お前んとこの親も何だかんだ言ってきてるだろ?」


「そうなんだよ…。姉ちゃんと飛鳥まで一緒になって騒いでるよ…。」



げんなりした様子の千歳を見て苦笑した。

千歳には一つ上に姉、深都留(みつる)、と二つ下に妹、飛鳥(あすか)がいる。姉妹の真ん中に挟まれた千歳は、まー、よくよく彼女達からパシられていた。なまじ、千歳の性格もどことなくのんびりしているのも、パシりにされた原因でもあったんだろうが。

しかも名前を見た限りでは、全員の性別が判断出来ない。何だってそんな判りづらい名前を付けたんだか…とよく千歳はボヤく。



「深都留姉ちゃんと飛鳥元気にしてるか?」


「元気過ぎてうるさいくらいだ。飛鳥にもようやく子供が出来たみたいだしな。今年の秋には生まれるって言ってたよ。」


「本当か?良かったな。」



ああと言った千歳は本当に嬉しそうで、俺も安堵した。

結婚後、なかなか子宝に恵まれなかった妹夫妻を案じていたのは、日本にいる両親や姉兄だけではなく、少なからず俺も気にはかけていた。



「じゃあ、日本にいる孫が増えておじさん達は大変だな。お前も甥っ子や姪っ子が増えていいじゃないか。日本に帰った時、会いに行ったりしてるんだろ?」


「行ったら行ったで、日本に帰って来いって小言ばかりだ。もう義兄さんが跡を継いだから、今更俺が店に戻るつもりはないし、オヤジも店をどうのこうのなんてつもりは無いんだけろうどな。だけど、日本には飛鳥の旦那だっているし、俺はこっちの方が性に合ってる。」


「…そうか。」



千歳の実家は、老舗和菓子屋を営んでいて、深都留姉の旦那はそこの跡取りとして婿養子に入っている。そして、飛鳥の旦那は経理を担当しているのだが、本来なら息子である千歳に跡を継いで欲しいと思っていたのだろう。だが、千歳の両親は快く医師になる夢を許した。アメリカに行くと決めた時も、反対らしい反対はしなかったらしい。



「それでも日本に戻って来て欲しいんじゃないか?なんたって息子だしな。」


「わかってるさ、それは。だけど、俺にはここでやるべき事があるからな。まだまだ学ぶ事ばかりだ。いずれ戻るかも知れないけど、今はまだ考えてない。」



そう言って千歳は、ははっと笑った。

既にカプレーゼは仕上がり、千歳はそれを見て感嘆していた。つまみ食いをしそうだったので、仕方なくトマトの切れ端とモッツァレラを串に差して渡してやると、嬉しそうに食べていた。


この家に来る前、買い出しをする時メインは何がいいんだと聞いたら、肉が食いたいと言っていたので、ポルペッタ(あとがき説明)でもいいかと思い、割と多めに挽き肉を買った。ついでに、カルボナーラも食いたいと言う、ディナーに招いた本人とは思えない発言を思い出し、パスタも買っていた。


今からポルペッタを作るのはいいが、問題はパスタだ。いつ祥子が戻って来るかわからないので、茹でる事が出来ない。どうせだったら出来たてを食わせたいと言うのもあるし、招かれた俺が何で全部作らなければいけないんだと言うちょっとした疑問も感じていたのも本音としてはあった。



「千歳、お前の彼女はいつ帰ってくんの?」


「えーっと…今6時だろ。もうすぐ帰ってくると思う。」


「仕事?」


「いや、今日は叔母さんの所に行くって。近くに住んでるんだ。」


「ふーん。だったらなおさら、早いとこ結婚しとけよ。子供だって欲しいんだろ?俺は二人いるけど、高校ん時の同級生とかもう大半が子持ちだぞ。」


「うるさい!いいんだよ、俺らは俺らでっ!」



挽き肉をこねていた手を止めて、千歳を見る。

まさかとは思うが…こんなに長い期間付き合っておきながら、まさか手を出してないとかそんなバカな話があるわけがないと思いつつ、恐る恐る聞いてみた。



「…千歳…お前、あの子と清らかな関係だとか言わないよな…?」



そう問われた千歳はポカンとしたが、次の瞬間、「馬鹿かお前」と怒鳴られた。



「中学生じゃあるまいし、なにその清い関係!結婚しようとか言ってるのに、そんなのあるわけないだろ!」


「いや、だってよ…」


「やることはちゃんとやってますー!!お前みたいにデキ婚なんかしませんー!」


「…っ!なかなか痛い所を付いてくるじゃないか、千歳君。じゃあ何か?ドラマでお馴染みの当直室でのセックスは経験済みか?」


「当たり前ですよ、シニョール。」


「ほーお、やるねぇ、千歳君。」


「シニョール、君みたいに、エーゲ海のヨット上でのセックスや、カリブ海の個人所有の島での情事も魅力的ではあるが、俺らの当直室には勝てないよ。」



ははははと口元だけで笑い合っているとカタンと音がして、見るとキッチンの戸口に真っ赤な顔をした祥子がプルプルと立っていて、千歳は反対に顔面蒼白になっていた。





「バカじゃないの、二人とも!!!!何が当直室よっ、何がエーゲ海よカリブ海よっ!!!!信じらんない、バカバカ!!!」


「だからごめんって!ほら、総一郎、お前も謝れって!」


「…恐妻家になりそうだな、千歳…。」



そう呟くとギロっと祥子に睨まれ、ジト目で千歳に恨みがましく睨まれた。

なおも文句を言い、千歳を叱りつけながら用意された料理をペロリと平らげた彼女は、ドンっとワインを一本自分の方へと寄せ、手酌でグラスに注ぎ、一人グビグビ呑んでいた。

こんなにワインを豪快に呑む女は見たことがない。面白い物を見たと思いつつも、これじゃあ悪酔いするばかりだと思い、止めようとすると逆に千歳に止められた。



「ワイン一本じゃ祥子は酔わないから。だから黙って呑ませてやって。」


「強いんだな。」


「…病院近くのバーじゃ、祥子は酒豪で通ってる。テキーラのショットなんて当たり前に飲み干すわ、マティーニをオリーブ入りのジュースだとか言うわ、果てはアースクエイクを呑んでもケロッとしてる。バーテンは呆れて、祥子を酔わす酒なんて無いって嘆いてるよ。それで居て、肝臓が何ともないんだ、不思議でならない。」



アースクエイクを呑んで何ともない女…。なる程、バーテンが白旗を上げるわけだ。

千歳があまり呑まない質なので、一緒にいる彼女の酒豪っぷりは目立つだろう。やはり千歳は恐妻家になりそうだ。



酒もいい感じに入り、腹もこなれた頃、聞きたかった事を彼女に聞く事にした。



「おい、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんは千歳と結婚しないのか?」


「お嬢ちゃんって呼ばないでよ!」


「はいはい、わかったわかった。で、答えは?」


「本っ当、腹がたつわね。…千歳君は好き、だけど、結婚となると話は別。」


「祥子、」


「わかってる、わがままだって言うのは。だけど、千歳君が、私みたいな育ち方をした女と結婚しちゃダメだと思うの。」



育ち?

一体何の事だと思いつつも、黙って聞いていた。部外者の俺がそこに立ち入るべきではないと思ったから。



「祥子、俺は何度も言ったよな。俺は気にしないって。日本にいる俺の両親や姉妹もだ、祥子が自分をそこまで卑下する必要なんてないんだぞ。」


「それでもだよ。千歳君にはちゃんと両親が揃って、愛情ある家庭で育った人の方がいいと思う。」


「…なんだそれ。馬鹿じゃねーの?」



え?と二人が俺に注目したが、何故だか俺は無性に腹が立って仕方がなかった。

話の内容と二人の表情から、大体の事は察しが付いた。



祥子には両親が揃っていない。多分、父親が。

だけど、両親が揃っていたって俺みたいにその親から愛されていなかったりするし、逆にシングルで育てられたとしても、ちゃんとした愛情を注いでもらっていれば問題ではないはずだ。

俺が見る限り、千歳は祥子を愛しているし、祥子もそうだ。それなのに、育った環境云々を二人が一緒になる為の妨げになるだなんて、全く馬鹿げた戯言にしか聞こえない。


沙羅との結婚が破綻し、二人の子供達を放任していた俺が言うのもなんだが、千歳と祥子は結婚してもいい夫婦になれると思う。

そう思うがまま、二人に説教していた。


それに



「祥子、お前が結婚する時は、この俺がウエディングドレス作るんだぞ。嬉しいだろ?」


「…え~!?何それ、もう決まってるの?」


「…よく覚えてたな、その約束…。俺ですら忘れてたぞ。」



千歳の抜けた返答に、がっくりと肩を落としそうになったが、約束を思い出したのかニヤニヤしだした千歳は、俺にワインを注いだ。



「桐生総一郎がデザインするウエディングドレスねぇ。マスコミが騒ぎそうだけど、勝手に作ってお前んところの会社と契約違反とかにならないのか?」


「あー…あくまでも友人に無償って形にするから大丈夫だと思う。そもそもマスコミに発表する気はないし、祥子も嫌だろ?自分の写真が各国の雑誌に出るの。」


「…う…嫌だわ。ん?…ねぇ、ちょっとまってよ!もう結婚する気なの?」


「しないのか?あーあ、可哀相に千歳。フられたらイタリアまで来い。夜を徹して遊びに連れて行ってやるからな。なんだったら、エーゲ海クルージングでもするか?」


「バカじゃないの!!千歳君がそんなのするわけないじゃない!!」


「いやー、千歳だって男だし。なぁ、千歳?」


「エーゲ海か…それもいいかもなぁ。」


「やだ千歳君、本気!?ちょっと、千歳君をエロスの道に誘い込まないでよ!」



エロス…

だけど、そろそろ止めないと、泣きそうだな。千歳もそれがわかったのか、冗談だよと言いながら頭を撫でていた。

一人ぶすくれた祥子は、またワインをグビグビ飲み、俺が作った人数分のティラミスを綺麗さっぱり一人で平らげ、さっさとソファーにグラスを持って移動してしまった。

祥子を見ながら、テーブルでワインを呑んでいた俺と千歳はしみじみと語らう。



「おい、あいつの胃袋どうなってんだよ。あれだけ食って、まだ酒呑んでるぞ。」


「それであの細さだろ。本当にどうなってるのか不思議だよな…。」


「で?お前はどうすんの?」


「ははっ!なぁ…総一郎、約束、忘れてないよな。」


「おう。だけど、式挙げる時期は決めておけよ。いくら俺でも、ウエディングドレス作るのは初めてだからな。デザインもだし、製作期間もあるから。」


「ああ、わかった。」






その一ヶ月後。


千歳から一本の電話が、イタリアにいる俺の携帯に入った。


年明け早々に祥子と式を挙げるから、ウエディングドレスを作ってくれと。

カプレーゼ…トマト、モッツァレラチーズ、バジルがあれば簡単に出来る料理。薄切りトマトと、同じ幅に切ったモッツァレラ、バジルを重ねて並べて後はオリーブオイルと、塩コショウで味を決まるだけのお手軽料理。

ポルペッタ…イタリア版ミートボールみたいな感じ。パルメザンチーズと、セージが入ってます。ちなみに、総一郎が作ったのにはニンニクも入ってます。

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