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カサブランカの記憶  作者: 藍沢 要
美を紡ぎだす男
7/9

6:親友最愛の女

今し方出て来た処置室に戻ると、そこに千歳はいなかった。その事に少しほっとして、ベッドの上に腰掛けてさてどうしたものかと思案する。

俺を半ば強引に連れてきた彼女は、カサブランカに抱えられた様な格好に見えるほど大量の花を病院に持って来ていて、これを置いてからドクターを呼んでくるからちょっと待ってて下さいねと言って席を外していた。

あんなに沢山のカサブランカを一体どうするつもりなのか…。入院患者には見えなかったし、まさか病院関係者なわけはないだろう。どう見繕っても20歳いくかいかないか、と言うか、ティーンエイジャーにしか見えなかったが、着ている服装を見る限りはそうでもなさそうだった。落ち着いた色合いのシャツは確かに似合っていたし、体にフィットしたパンツスタイルも好ましい。

そこまで考えて自嘲した。どうやら本格的にワーカホリックになりかけているらしい。そろそろ自分の今後の人生の生き方を考える時期に差し掛かった頃合なのかもしれない。

その時脳裏にある言葉が浮かんだ。




『中年の危機』



げ。




「何百面相してんだよ。」


「ヤバい、千歳。俺って中年?」


「は?」


「うわぁ、マジかよー!俺ってもう中年なのかー!!」


「どうした?頭も打ったか?CT撮ってやろうか?」



心配顔で俺を覗き込む千歳の顔は少し腫れていたが、仕事には差し支えなさそうで安心した。だが、千歳は医者だ。大事なのは顔じゃなくて、手だ。俺は千歳の右手に視線をやると、包帯が巻かれていた。



「お前…手は大丈夫なのか?」


「手?あぁ、何とか。ただ3日はオペ出来ないから、その間は溜まった書類仕事だって外科部長に叱られたけどな。」


「…そうか。悪かったな。」


「本当だよ!お前いきなり殴るなよなー。俺はお前みたいにケンカ慣れしてないの知ってるだろ?全くよぉ。」



ぶすっとぶすくれた千歳を見て、くはっと笑った。別にケンカ慣れをしているわけじゃない。ただ高校の頃に少し荒れた時期があったというだけの事だ。

当然今はデザイナーとしての自覚もあるし、いい年した大人が殴り合う機会もそうそう無いだろう。



「で?中年って何の事だ。」


「シャレになんねぇ。俺、中年の危機ってやつかもしれねぇ…。」


「お前が?そうか…いや…うん…うーん…」


「目が笑ってるぞ、千歳…」



そこまで言うと、千歳は駄目だ、耐えられない!と吹き出して大笑いを始めた。病院中に聞こえてるんじゃないかと思うほど、デカい声で爆笑しているこいつを睨む。

こっちはショックを受けてるっていうのに、こいつは…っ!軽い殺意すら湧いた時、廊下からさっきの女の子がこちらに向かって走り寄ってくるのが見えた。



「いたーっ!」



その声にえ?と振り返った千歳は彼女の顔を見て破顔したが、当の彼女は千歳の顔を見て折角の可愛らしい顔を盛大にしかめた。



「千歳君、どうしたのその顔。」


「うん?こいつに殴られた。」


「こいつ?」



千歳に指を刺された俺は思わずその手を叩き落としたが、千歳は俺に構わず彼女の方ばかり見ているのを見て、ははぁと笑った。

この子が千歳の言ってた彼女か。確かに可愛いのは認めるが、年がヤバくないか?千歳ってロリコンだったっけ?いくら何でも、ティーンエイジャーは不味くないか?

いろいろ考えていると、彼女が俺の方を見ていたので、急いで意識をそっちに戻した。



「桐生総一郎が千歳君を殴ったの?」


「…そうだよ、お嬢ちゃん。俺が千歳を殴った。ま、こいつも殴り返したけどな。それより君、千歳の彼女なんだろ?お嬢ちゃんじゃ若すぎるだろう。こいつは俺と同じ年だぞ?」


「お嬢ちゃん!?聞いた、千歳君?この人、私の事お嬢ちゃんって呼んだ!ねぇ千歳君、この人すっごい失礼!!…って…殴り返した?千歳君も殴ったの?」



ギロッと睨まれた千歳は急いでそっぽを向いたが、彼女はぐいっと千歳の顔を自分の方に向かせて、殴ったの?と詰問していた。



「いや、あのな祥子、俺は殴られたからつい手が出て…」


「つい?つい殴った?どの手で殴ったの?この手?あー!!包帯巻いてるじゃない!ジャクソン部長に怒られるよ!?」


「もう叱られて、治るまで書類仕事だって言われたよ。それより祥子、ちょっと落ち着いて…」


「落ち着いてるわよ、すっごくね。全く…千歳君は医者としての自覚がないの?」


「あるさ、もちろん。だけどな、男としてのプライドが…」


「男のプライドは医者のキャリアより重いの?わかってる、千歳君。もし間違った結果になってたら、医者のキャリアは終わるんだよ?本当にわかってる?」


「はい、仰る通りです。ごめんなさい。」


「謝るのは私じゃないでしょ。ちゃんと桐生さんに謝らないと。」



ふんっ!と腰に手を当てて千歳を説教している彼女を見て、目を丸くした。この子、なかなか凄い…て言うか、千歳を尻に敷いてないか?

俺の考えてた事がわかったのか、千歳がじろりと見た後にぼそっと謝った。それが良かったのか彼女の機嫌が直り、ようやく紹介してもらえる事になった。



「…さて、順番がおかしくなったけど、祥子。こいつを紹介するよ。知ってると思うけど、桐生総一郎。俺の幼なじみなんだ。総一郎、彼女は姫川祥子だ。気付いてるだろうけど、俺の彼女。」


「よろしく、お嬢ちゃん。だけど千歳、この子いくつなんだ?いくら何でもティーンエイジャーはマズいだろう。」



と言うと、千歳は顔を覆って天を仰いだ。その様子に疑問を持った俺は、祥子と呼ばれた彼女をマジマジと見た。

…見間違えか?黒いオーラが見えるんだが…。



「ティーンエイジャー…?私が?」


「違うのか?」


「私は29ですっ!!」


「…今なんて…?」


「三十路前の女に、ティーンエイジャーだなんてイヤミ!?千歳君、悪い事は言わないから、この人と交友関係絶った方がいいよ!!」


「…おい千歳、本当なのか?」



信じられない告白に千歳に助けを求めたが、奴はうんと頷いただけだった。


奇跡だ。こんな29歳見たこと無い。何処からどうみても、29には見えない。

それも、彼女はこの病院の看護士だと言う。どうにも信じられない事実ばかりで、思わず口元を覆ったが鈍い痛みに顔をしかめた。それを見た彼女は急いで口元のガーゼをそろそろと剥がして、眉を(ひそ)めた。



「うわぁ、やっぱり痛そう。千歳君、思い切り殴ったでしょう。ねぇ、桐生さんの手は大丈夫?」


「手?あぁ、痛いことには痛いが、千歳程大袈裟にしなくても大丈夫だろ。あいつの方が思い切り殴ったしな。」


「そこは総一郎、お互い様だろ。」


「はは、まぁな。さてと、俺はホテルに帰る。明日は休みになったしな。ゆっくり観光でもしてるよ。」



ベッドから立ち上がりその場を後にしようとしたら、凄い勢いで腕を引かれた。何事だと思って、引かれた腕を見ると小さい彼女が俺の腕を掴んで放さない。呆れて千歳を見ると、千歳も不思議そうな顔で彼女を見ていた。



「痛いんでしょ?じゃあちゃんと治療しなきゃ。」


「いや、だから大丈夫だって。おい、千歳、お前の彼女だろ。なんとかしろよ。」


「うーん。祥子は一回言い出したら聞かないからな。大人しく包帯でも巻かれれば?祥子、縫合する程の怪我してないだろ?だったら、一応写真撮らせた方がいいか…。おい、総一郎。しばらくここにいろ。」


「はあ?俺、今帰るって言ったよな?」


「「我慢しろ」して」



はーっと息を吐いて仕方がないので、こいつらの言う通りにレントゲンを撮られ、大げさなほどの包帯を巻かれた。千歳は仕事があると、行ってしまったが。

包帯を巻いてくれたのは彼女だった。何度見ても29歳には見えない顔をじっくり見ていると、視線に気付いた彼女は露骨に嫌な顔をしていたが、笑っておいた。



「なあ、なんで看護士の仕事をしようと思ったんだ?君の背格好じゃバカにされたりするだろ?」


「むっ。やっぱり失礼な人だわ。別にバカにしたかったらしたらいいのよ。私は私の仕事をするだけだから。そうね、看護士になったのは、医師より身近に感じられる存在だから。これで答えになるかしら?」


「へぇ。てっきり千歳の側にいたいからなんだと思ったが…。痛っ!!おい、今わざとだろ!」



わざとらしく驚いている彼女を睨みつけたが、動じている風はない。

カチャンと器具を置いた祥子は、俺の目を真っ直ぐ見ていたので、俺も逸らさずに彼女の目を見た。



「千歳君は関係ない。彼と付き合ってるのは事実だけど、私が看護士になったのにはちゃんとした理由があるの。貴方だってちゃんと理由が合ってデザイナーをしてるんでしょ?」


「……」


「最近じゃ私生活の方が上手く行ってないみたいだけど、それじゃあ近いうちにでも破綻するわよ。ま、私には関係のない事だけど。千歳君の知り合いだから、一応言っておくわ。どうせ、貴方の周りの人はおべっかばかりで、本音で言ってくれる人なんていないでしょうから。」


『ショウコ!こっちの患者を手伝ってもらえるかしら!』


『わかった!手が開いたから、今行くわ!』じゃあ、お大事に。」



そう言って彼女はカーテンの奥へ消えて行った。

ズケズケと言いにくい事を言ってくれる。こんな女は俺の周りにはいなかった。腹も立ったけれど、事実なだけに否定は出来ない。でも彼女の行った通り、確かにトップに就任してから褒める奴らばかりだった。中には批判する奴もいたけれど、俺は気にしていなかったし、私生活には絶対踏み込んだ発言はさせなかった。勿論、付き合ってた数多の女達にも。

そう考えて見ると、俺に親身になって叱ってくれたのは千歳だけだった。いや、彼女もか。


そうか、だから彼女なのか。

何故千歳が祥子に惚れたのか、その理由が少しわかった気がした。



暫くすると千歳がまた現われて、骨には異常無しだと教えに来てくれた。



「お前の女、なかなか面白いな。」


「だろ?」


「なんでお前が惚れたか、わかった気がするよ。…さて、今度こそ帰る。帰っていいんだろ?」


「ああ。しばらく包帯が煩わしいけど、我慢しろ。そうだ、総一郎、お前いつまでこっちにいるんだ?」


「3日後にはミラノに帰る。そろそろ子供達の顔も見たくなったしな。」



そうかと笑った千歳を見て、俺も笑った。

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