表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カサブランカの記憶  作者: 藍沢 要
美を紡ぎだす男
4/9

3:結婚と離婚

この話はあくまでもフィクションです。

俺がイタリアに行った時、その時付き合っていた女と別れた。

イタリアと日本の遠距離なんて俺には無理な話だったし、何より服だけの事を考えていたかった。彼女には泣かれたが、俺にはどうしようもなかった。というか、する気が無かった。惰性で付きあっていたようなものだったから。


イタリアに来て、仕事を覚えるので多忙だったのもあるが、面倒くさいのもあり、特定の誰かと付き合うとかそういうのはしてなかった。


後腐れのない女と寝るだけ。


その関係は酷く楽だった。



そんな付き合いばかりをしていた時、俺は沙羅と出逢った。



彼女の名前は、都筑・沙羅・デュヴォワ。


当時、駆け出しのファッションモデルだった彼女は、日本人の祖父とフランス人の祖母を持つクォーターで、とても美しい容姿をしていた。

祖母譲りの彫りの深い目鼻立ち、東洋人の肌特有のシミ一つない均整のとれた細い身体。何処を歩いても、沙羅は人目を引く存在だった。


だが、ファッションウィークになれば世界のトップブランドがミラノに集まる。

という事は、ファッションモデルも沢山いる。それこそ、モデル志望の若い女なんて掃いて捨てるほどいる中で、ランウェイを歩けるモデルは、オーディションやそのモデルの知名度で選ばれる。

そんな中では、沙羅程度のモデルなんてザラにいた。何回もトップブランドのオーディションを受けては、落ち、ようやく受かったのが『Dupont』。



「やっと受かったと思ったら、こんなマイナーなブランドなんて!!」



久しぶりに日本語を聞いたと思ったら、そんな暴言だった。

思わず、声の主を探して、それが沙羅だった。



はっきり言って、俺の一目惚れだったと思う。

それだけに、沙羅のワガママな行動や、言動には目を瞑った。


仕事が忙しく、なかなか会えなかったりするとアパートメントに連絡も寄越さずに夜中に来てみたり、クラブで遊んだ後に泥酔状態で帰ってきたり。

その度に喧嘩をした。だが、最後には沙羅に「私を愛して無いの!?」と言われ、泣かれて終わる。

なんだか、だんだん疲れて来ていたのも事実だった。

そんな関係が2年続いた、ある日、沙羅が真剣な顔で俺に話があるから、今から会えないかと言われて、俺のアパートメントの近くのカフェで会うことになった。



「妊娠したの。」



一瞬、頭が真っ白になった。



その後に、喜びが心を占めた。俺はすぐさま、その場で跪いて沙羅にプロポーズをした。指輪が無かったので、俺がはめていた指輪を婚約指輪代わりにして。跪いている俺に沙羅は泣きながらイエスの返事をしてくれた。



嬉しかった。



俺の家族が出来る。



血の繋がった俺の子供と、愛している沙羅の。




嬉しくて、時間も、時差の事とか何もかも忘れてすぐさま千歳に電話した。



「もしもし、千歳?俺結婚するから。」


『は?お前結婚って何?まさか、あの沙羅っていう女?本気かよ…』


「何だよ、その反応。てっきり喜んでくれるんだと思ってたのによー。あ、あと、俺父親になるから。」


『はぁ!?』


「何だよ、聞こえなかったのか?子供が来年生まれるんだ。」


『聞こえてるよ、聞こえてるけど…。子供って総一郎、お前…。』


それだけ言うと、千歳は黙った。

そう言えば、こいつもそろそろインターンになるんじゃなかったかと思い出す。


「そういや、お前そろそろインターンになるんじゃなかったか?」


『…あ、あぁ。』


「大丈夫なのか、お前。大学、2年もスキップしてるんだろう?」


『あぁ。勤務する病院も決まったしな。なんとかなってると思う。』


「そうか。立派なアテンディングになって、後輩にもいろいろ教えてやれよ、大先生。」


『うるさい。…なぁ、総一郎…、本当にこのまま沙羅と結婚するのか?』



やけに突っかかるなと思った。

千歳のこの言い方はきっと賛成してはいないのだろう。長年付き合ってきた俺にはわかる。



「お前、反対なんだろ。俺の結婚。」


『…反対とかじゃないんだけど…。お前さ、沙羅を愛してるから結婚するんだよな?子供が出来たからじゃなく、沙羅と一緒に居たいからだよな?』


「当たり前だろ。」



そう言いながら、俺は千歳が投げかけ、心の中に波紋を広げている(しこ)りを無視していた。





一年後、沙羅は無事に元気な男の子を生んだ。

秀でた子になって欲しくて、そのまま『秀人』と名付けた。

そして、その四年後、娘の美奈も生まれた。


仕事も板に付いてきて、若輩ながら俺にも自分の仕事がさせてもらえるようになっていた。

公私とも順調で、幸せだった。



可愛い子供達と、愛する妻、沙羅。



思えば、その時期が沙羅と過ごした幸せの絶頂期だったのかもしれない。

後になってそう気付いた。




美奈が生まれた後、俺は仕事で大きなチャンスを掴んだ。


イタリアの有名富豪の未亡人が着るドレスを、俺がデザインする事になったのだ。


これが成功すれば、『Dupont』最年少のトップ就任も夢じゃないと周囲からの期待も高く、俺はひたすら試行錯誤を繰り返し、ようやく納得がいくドレスを作り上げた。



赤を基調としたタイトなドレス。



オフショルダーの、纏わりつくほど長い裾が特徴のそのドレスは、イタリア社交界の話題となった。

その噂を聞きつけたイタリアの王族の一人が、是非とも妻のイブニングドレスを作って欲しいと依頼され、俺はその仕事にも嬉々として飛びついた。



そして、気が付けばいつの間にかあれほど憧れだった『Dupont』のトップデザイナーに就任していた。

エリザベートのイブニングドレスに心を奪われ、家族を捨て、日本を離れて、イタリアの地に来て、既に10年以上経っていた。



俺は遂にここまで来たのだ。




千歳からもトップ就任の祝いは電話でもらった。


『おめでとう、総一郎!やったな、お前!!』


「あぁ、ありがとう、千歳。ようやくここまで来たよ。俺、単純にすげぇ嬉しい。だってさ、夢だったんだぜ?それが遂に実現出来たなんて信じられねぇ。」


『ははっ!まさか泣いてないよな、総一郎?』


「泣かねーよ!!ま、感涙ってやつは泣いた内に入んねーけどな。」



はははと笑いながら、互いの近況を話し合った。

千歳は、1年のインターンを無事終え、レジデンシーも終了しようとしていると言った。



「へぇ…じゃあ、そのまま外傷のアテンディングになるのか?」


『いや、フェローシップも考えてるんだ。だけど、フェローを受けると、更に研修期間が伸びるし、また忙しいままだからな。悩んでるんだよ。』


「そうか…。お前はどうしたいんだ?」


『もちろんフェローは受けたい。知識が増えるからな。ただ、俺…』


「どうした?ただ、なんだ?」


『好きな子が出来た。』



しばし呆然。

その後、千歳には悪いが爆笑してしまった。


千歳は俺と違って恋愛にはニブく、誰かを好きになったと相談されたのは初めてだった。

だけど生徒会長を中高と務め、容姿も悪くなかった千歳はそれなりにモテていた。付き合った彼女だっていた。だだ、その彼女が好きなのかと聞くと、いつもはぐらかされていた。

あぁ、きっと好きかもわからないのに付き合ってるんだな。といつも思っていた。


そんな千歳に、好きな子が出来たと言われて驚かないのがおかしい。

爆笑した俺を千歳は本気になって怒っていた。


『なんだよ!そんなに笑うことないだろ!!やっぱりお前に言うんじゃなかった!!忘れろ、忘れてくれ、総一郎!いいか?お前は何も聞いてない。そうだろ?』


と威嚇するような声で言われても、全然怖くない。きっと電話の向こうでは、眉間に皺を寄せ、青筋立てて怒ってるんだろう。容易に想像はつく。

俺は笑いすぎて流れた涙を拭い、ようやく話せるようになったが、千歳はまだ憤慨していた。



『ところで、子供達元気か?前会った時は、美奈ちゃんがまだよちよち歩きしてた頃だから、大分大きくなっただろ?』


「あぁ、二人ともかなりでかくなったよ。秀人はもう小学生だしな。」


『そっかー、そんなになるか。俺達も年取るはずだよなぁ…。そうだ。沙羅は?元気か?』


「……多分な。」


『多分?多分ってなんだよ。』


「千歳、お前、俺が結婚する時言ったよな。子供が生まれるからじゃなく、沙羅を愛してるから結婚するんだろって。確かに、俺は生まれてくる秀人に責任を感じたし、沙羅を愛してた。だけど、今は正直わからない。」


『…もう駄目なのか、お前達…。』


「あぁ、駄目だと思う。」




美奈が生まれてから、半端じゃなく忙しくなった俺は、ほとんど家に戻らない日々が続いた。そんな俺に腹を立てた沙羅とはいつも喧嘩をしていた。

久し振りに家に帰っても、喚き散らす沙羅と一緒に居たくなくて更に仕事にのめり込んだ。


レディースラインだったのも更にその喧嘩に拍車をかけた。

初めに作ったドレスの未亡人との関係を疑われたのだ。それだけではなく、コレクションで出演するモデルも邪推された。



「いい加減にしろよ!浮気なんてしてるわけがないだろう!!仕事しかしてないのに、浮気出来るわけないだろ!?」


「あなたはいつもいつも、仕事仕事仕事!!子供達を私に押し付けて、自分はあんな華やかなファッションの世界に生きてる。私だって戻りたいのよ、あの世界に!!」


「は!?沙羅、お前戻る気なのか、モデルに。」


「そうよ、悪い?私だってまだまだ若い子には負けない位の自信はあるわ!」


「子供達はどうする。」


「ベビーシッターを雇えばいいじゃない。私はもう子供の面倒なんて見たくないもの。」


「お前それでも母親か!!」


「何よ、自分だってたまにしか帰ってこない父親のくせに、私に偉そうな事言わないでよ!!」




回を増すごとに喧嘩は酷くなる一方で、既に子供達も気付いている。自分達の両親はもはや修復不可能なのだと。

その証拠に、秀人が俺に向ける目線が全てを物語っていた。




もういいよ。




と。




結局、トップ就任から1年後。



俺と沙羅は離婚した。

ランウェイとは、コレクションで歩いてる長い道の事です。

それとアメリカの研修医制度に関しては、かなりな誇張もあるかもしれません。

ただ、1年間のインターン(新人)、~6年のレジデンシー(まだ半人前の医師)、その後のアテンディング(教える立場の医師)に関しては間違ってないかなーと思います。多分…。

フェローシップとは更にその専門職を極めたい人が、推薦を受けてやれるやつ…らしいですが、詳しくはググって下さい…(汗)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ