1:親友
「千歳!!」
呼びかける声に気付いた男が振り返る。
呼んでいた相手が俺だとわかると、何やら眉間に皺を寄せやがった。なんだ、失礼なやつだな。せっかくわざわざ来てやったのに。
「なんでお前がいるんだ。総一郎。」
「はっ!冷たいなぁ千歳君は。せっかくお前の門出を祝ってやろうと思ってきたのによぉ。」
「お前に行く日にち言ってなかっただろ。誰から聞いた。」
「あ?内緒。」
軽く頭を抱えたこいつは、神崎千歳。俺の幼なじみであると共に、親友でもある。
千歳は昔から頭が良かった。中高と生徒会長を務め、そのままストレートに医大へトップの成績で入学した。
だが、コイツはいきなり大学を辞めて、アメリカへ行くと言い出した。救命医療の本場アメリカで学びたいと言い、周囲の反対を押し切りメディカルスクールへの入学を果たし、今日渡米する。
誰にも言わないで単身アメリカへ行こうとする辺り、如何にもコイツらしい。昔一緒に遊んでいる時も、いきなり居なくなるなんてことザラだった。大概、家に帰ってのほほんとしながら、探し回った俺を見てきょとんとしていた千歳と喧嘩したのはいい思い出だ。
「総一郎、お前も行くんだろ?イタリア。」
「…知ってたのか。」
「当然。俺を誰だと思ってる。で?いつ行くんだ?」
「来月。ミラノのアトリエで働くことになってる。」
「ミラノか。お前もちゃんと夢実現出来そうじゃないか。お互い頑張ろうな。」
「夢ねぇ。まぁ、昔からやりたかった事だからな。絶対にやり切るさ。だから千歳、ちゃんと連絡よこせ。嫌でもアメリカから電話しろよ?」
「アメリカとイタリアって時差何時間だっけ?」
「お前の方が頭良いんだから、それ位わかんだろ。とにかくちゃんと連絡よこせよ!!」
わかったよと苦笑しながら話す千歳と一緒に出国ゲートの前まで来た。
ここからは俺達の夢への実現が出来るかどうかの分かれ道だ。二人とも楽観的に考えてはいない。これから先何があるのがわからないのだから。
だが、俺達は成し遂げてやる。お互いに目線で無言の会話を果たす。
「じゃあな。元気でな。立派に目標の外傷外科医になれよ。」
「あぁ、お前も有名なデザイナーになれるさ。あぁ、そうだ!もし俺が結婚する時、お前がウェディングドレス作ってくれ。」
「ウェディングドレス?お前、当てがあったのか?」
「ははっ!内緒だ内緒。だから、俺が結婚式あげる日までには有名になってろよ。Dr.カンザキのウェディングドレスはソウイチロウ・キリュウの作ったドレスなんですってー!!って言われたいじゃん。」
「ふーん?まぁいいや。わかった。作ってやる。代わりに、俺が怪我したらお前が治療するんだろ?当然。」
「お前はうるさい患者になりそうだな。」
くっくっと笑いながら、千歳は背を伸ばす。自然、俺も姿勢を正す。
真面目な顔の中にも微笑みを交えて、別れの挨拶を交わす。
「じゃあな。」
「あぁ。」
やけにデカく感じる千歳の背中を見送った俺は、一ヶ月後、イタリアへ発った。