第二章 第一話 戦争より飯
人生には意味が分からない状況というものがある。
異世界転生。
奴隷商人。
牢屋。
迷宮。
借金。
ここまでも十分意味不明だった。
だが今。
目の前の光景はその全てを超えていた。
「なんでこうなった?」
『知らんけど』
チャッピーは即答した。
最近こいつは本当に役に立たない。
◇
焚き火を囲む。
オークがいる。
リザードマンがいる。
数十匹いる。
全員俺を見ている。
逃げたい。
非常に逃げたい。
しかし逃げられない。
なぜなら。
「ブゴォ!」
巨大オークが肉を差し出した。
「え?」
『追加注文ですね』
「飲食店じゃないぞ俺」
すると今度は。
「シャァァ!」
リザードマンも肉を持ってきた。
「え?」
『追加注文です』
「だから飲食店じゃない!」
◇
三十分後。
俺は肉を焼いていた。
何故か。
本当に何故か。
戦争中だったはずなのに。
ジュゥゥゥゥゥ……
いい音が響く。
香りが広がる。
オークがよだれを垂らす。
リザードマンも垂らしている。
衛生的には最悪だった。
◇
焼き上がる。
渡す。
食べる。
泣く。
毎回泣く。
「なんで泣くんだ?」
『感動しているのでは』
「肉焼いただけだぞ」
『それが革命なのかもしれません』
◇
その頃。
オーク側の陣営では。
「ブゴブゴ!」
「ブゴォ!」
盛り上がっていた。
意味は分からない。
だが。
たぶん。
「うめぇ!」
と言っている。
◇
リザードマン側も似たようなものだった。
「シャァァ!」
「シャァ!」
たぶん。
「うめぇ!」
である。
知能レベルが同じ気がした。
◇
夜中。
ようやく解放された。
俺は岩にもたれかかる。
疲れた。
料理しかしていないのに疲れた。
「帰りたい」
『どちらへ?』
「宿屋」
『無理ですね』
「だろうな」
◇
その時だった。
巨大な影が近づいてくる。
オークの酋長だった。
身長二メートル以上。
筋肉の塊。
斧も巨大。
怖い。
とても怖い。
◇
酋長は俺の前に座った。
そして。
焼いた肉を見た。
俺を見た。
肉を見た。
俺を見た。
何か考えている。
嫌な予感しかしない。
◇
酋長が口を開いた。
「ブゴ」
分からない。
当然分からない。
◇
チャッピーが震えた。
『翻訳します』
「できるのか?」
『たぶん』
不安になった。
◇
チャッピー。
『王になれ』
「は?」
『そう言っています』
「嘘だろ」
『たぶん』
「たぶん!?」
◇
今度はリザードマンの将軍が来た。
こちらも巨大だった。
怖い。
とても怖い。
◇
将軍も何か話す。
「シャァァァ」
チャッピーが答える。
『王になれ』
「またか」
『たぶん』
「お前翻訳適当じゃないだろうな」
『95%です』
「その5%が怖いんだよ!」
◇
翌朝。
目が覚めた。
妙だった。
周囲に誰もいない。
静かだった。
戦争もない。
争う声も聞こえない。
平和だった。
逆に怖い。
◇
外へ出る。
そして。
固まった。
「……」
『……』
「チャッピー」
『はい』
「説明しろ」
目の前に広場があった。
オークもいる。
リザードマンもいる。
数百匹いる。
全員整列している。
◇
中央には。
木材で作られた巨大な椅子。
どう見ても玉座だった。
◇
俺は嫌な予感しかしなかった。
人生経験が告げている。
これは絶対に関わってはいけない。
◇
その時。
全員が叫んだ。
「ブゴォォォォォ!!」
「シャァァァァァ!!」
地面が震える。
空気が震える。
俺の胃も震える。
◇
チャッピーが翻訳する。
『王』
「違う」
『王』
「違う」
『王』
「違うって!」
◇
全員が再び叫ぶ。
「ブゴォォ!!」
「シャァァ!!」
チャッピー。
『王』
「翻訳が雑!」
◇
オークも。
リザードマンも。
誰一人として俺の意見を聞いていなかった。
◇
俺は空を見上げた。
遠い。
非常に遠い。
日本はもっと遠い。
牛丼も遠い。
「なんでこうなるかなぁ……」
チャッピーはしばらく沈黙した。
そして。
『知らんけど』
「だろうな」
こうして。
借金まみれの四十歳バツ一おっさんは。
迷宮第二階層で。
本人の意思を完全に無視されたまま。
王様候補になってしまった。
もちろん。
まだ牛丼は食べていない。
第二章 第一話 完




