『プレスマンの井戸』
讃岐国は、瀬戸内なので、雨が少なく、水に困ることが多い地域です。この地域のお殿様が、江戸で茶の湯を学んでしまい、お国に戻ってから、お城の水がおいしくないことに悲しみを漏らすようになり、家臣たちは困ってしまいました。おしかりを受けたなら、言いわけのしようもあるのですが、殿様に悲しい顔をされますと、家臣としては立つ瀬がないので、城内に井戸を掘ることになり、家臣総出で毎日毎日井戸を掘りました。ほとんどの井戸は、単なる縦穴で、水など出ませんでしたが、一本だけ、かなりの水量が得られる井戸が掘れ、このまま水が涸れなければ、お殿様に報告しようということになりました。この井戸は、水量はなかなかなのですが、周りが砂地らしく、井戸の壁が崩れてきて、井戸全体が詰まってしまうのです。掘り直しても掘り直しても、壁が崩れてきて、砂で詰まってしまうのです。
何日も待ったのに報告がないので、お殿様が見に来ました。家老が状況を説明しますと、お殿様は、直しても直しても詰まるとは、プレスマンのようではないか、よし、プレスマンの井戸と名づけよう、と言って、明治維新の後、観光客がたくさん訪れるようになりました。
教訓:竹の節を抜いて、プレスマンの筒のようなものをつくり、壁が崩れても水がくめるようにしたことから、プレスマンの井戸と名づけられたという、いわゆる諸説ある状態であるが、正直、どちらでも大差ない。




