その7 シュガービー
★ 空憧青春スカイラブ!
第一話『プリンス×スレイヴは走り逢う』
その7 シュガービー
teller:朝比奈 淳
◆
ロボットに向かって、走る。
空の上を走っている有り得ない状況なのに、不思議と心が落ち着いている。
そうだ、これ、好きなんだ。
走っている時のペース、一定の呼吸と鼓動。
おれの生きる証を、生きるスピードを崩さないように意識すれば、安心できる。
鈴瀬さんのことがおれは好きだけど。
鈴瀬さんと出会った日、おれは自分の原点を、走ることの楽しさを思い出せたけど。
鈴瀬さんに神格化されてしまったからこそ、おれはまだ自分の在り方に自信を持てない。
このままじゃ駄目だとずっと思ってた。
現状を壊さなきゃって、ずっと思ってた。
それはおれの生き方や価値観や好き嫌いを変えるとか、そんな大層な話じゃなくて。
自信を持ちたい。
おれはおれを、かっこいいと思えるようになりたい。
自分の好きな生き方を、走り方を、自分なりの在り方を、胸を張って愛したい。
それでいつか、おれの好きなおれになって、鈴瀬さんに好きだと伝えたい。
普通の恋人になりたい。
明らかに世界がおかしくなってる状況で、おれがこんな空を走り出した理由は、きっと。
変わってしまった世界を全身で感じたいからだ。
おれの意識を変える一歩を踏み出したかったからだ。
おれは王子様になんてなりたくない。
おれはおれの求める『おれ』を、ぶれない自分を作りたい。
おれはただ、鈴瀬さんに恋してもらえるおれになりたい。
その望みのヒントが、あのロボットにある予感がして。
難なく駆け抜けてしまった空の果て、おれは蹲っていた黄色いロボットの傍に、辿り着いていた。
がしゃん、と、蹲っていたロボットが顔を上げる。
顔の部分のランプがびかびかと光り、機体がびっくりしたように大きく揺れた。
『に、人間様でありますか!?』
――喋った。声は、男声に近い。
驚きはしたけど、そう言えばおれはこいつの泣き声に導かれてここまで来たんだ。
諦めたくない、って声。
――うん。おれも、諦めたくないよ。
ロボットが、慌てたように身を乗り出す。
おれと見つめ合うように、頭部を近付けてくる。
『ジ、ジブンは戦闘個体【シュガービー】であります! 人間様! 説明は必ず後ほど行うでありますから、どうかジブンに乗って……ジブンを、あの【空】に、連れて行って欲しいであります!』
「……空? どうして?」
シュガービー、と名乗ったロボットが指したのは、割れた空からぽっかりと覗く、大穴。
訊ねたおれの声に、シュガービーの声が返ってくる。
それは――迷いのない声で。
『ジブンは!! あの空を!! あの空に辿り着くことを!! 諦めたくないのであります!!』
――わからないことなら沢山あった。
なんならわからないことしかなかった。
だけど今のおれには、その言葉だけで充分すぎた。
再びおれは、至近距離のシュガービーまで駆け出す。
走り出したおれにシュガービーが狼狽えた気配があったけど。
走った勢いでおれはシュガービーの機体の表面に手をついて、駆け上がって、そしたらコックピットのハッチが開いて。
おれは駆け出した勢いで、シュガービーに乗り込んでいた。
「……人間様、じゃないよ。おれは 淳。 朝比奈 淳」
『淳殿……で、ありますか?』
――わからないことなら沢山あった。
だけど、シュガービーに乗り込んだ瞬間から、おれの心は知らない言葉を感じ取って。
勢いのまま、おれは叫んだ。
「 Get set ,Let's set! よーい、ドン! シュガービー!! スプリント!!」
叫んだ瞬間、コックピットにばっと眩しい灯りが灯って。
おれの心と共鳴するかのように、シュガービーが空の向こうへ走り出す。
シュガービー本人からは、びっくりしたようなわたわたした声が聴こえてくるけど。
でも、立ち止まれなかった。
おれはシュガービーを、空に連れていく。
わからないことばっかりだけど、わからないことばっかりなのに。
――何かを諦めたくない気持ちだけは、よくわかるから。
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