その6 鈴瀬さん
★ 空憧青春スカイラブ!
第一話『プリンス×スレイヴは走り逢う』
その6 鈴瀬さん
teller:朝比奈 淳
◆
おれの人生は、妥協で出来ていた。
それはおれ自身の妥協でもあり、周りがおれを見ての妥協でもあった。
おれは、なんでもないやつだ。
何にもなれないやつだ。
――何にも、なろうとしないやつだ。
取り柄がないとまでは言わない。
凄くだめなやつとまでは、思わない。
家族と仲良いと思うし、友達だっているし、成績は普通だけど体育とかスポーツなら大好きだし、好物多いし、学校楽しいし。
おれの人生は、楽しい方のはず。
だけどおれの生き方は、あんまりかっこよくない、と思う。
昔のおれの誇りは、足が速いことだった。
走ることが、何よりも好きだった。
でも、一番になりたいとか、誰かと競い合いたいとか、そういうのはなかった。
スポーツだって何でも好きだけど、ギラギラした一番争いとかはあんまり興味なくて。
中学からずっと、ぶらりと色んな運動部の助っ人みたいな立ち位置で、のびのびと生きていた。
それはそれでいいと思ってた。
そんなおれの日々も嫌いじゃないはずだった。
でも、やっぱりかっこよくない。
――中学の頃。
生まれて初めて、好きな女の子が出来た。
明るくて気が合って、話が合って、たくさん笑い合えた可愛い女友達。
好き、だったけど。
告白は、できなかった。
その子には、好きなやつがいた。
その子とは部活が違うけど、性格だっておれたちとは違っておとなしい男子だったけど。
でも部活を、自分の夢を、一つの目標を真剣に頑張れる男だった。
そんなところがおれの好きな女の子と似ていて、共に夢に向かって励まし合って歩んでいける二人は惹かれ合って、付き合い始めて――きっと、今頃ハッピーエンド。
失恋のショックはあったはずなのに、そんなに悔しがってなかった自分が一番嫌だった。
大事なもんも好きなもんも、おれには沢山あるのに。
一番を目指したことがないから、一つの夢にがむしゃらになったことがないから。
悔しいとか、足掻くとか、必死になる感情の経験値がおれには少ない。足りない。
おれは自分をすり減らすのが下手だ。
走ることが好きなはずなのに。
転んだ傷もかさぶたも平気なのに。
おれはおれが立派に未来に進む為の、人生で必要な傷を、痛みを、障害の乗り越え方を、人より知らない気がしていた。
だから、ほんとになんでもないおれだったのに。
何も凄くなんかない、おれなのに。
高校の入学式、あの子と―― 鈴瀬さんと、出会えた。
あの日、鈴瀬さんは道端に蹲っていた。
入学式に緊張して、体調を崩してしまったらしい。
小さな身体で怯える弱々しいあの子が可哀想で、ほっとけなくて。
柄にもなく手を差し伸べて、小柄な彼女を背負って、おれはあの日、久々に走った。
鈴瀬さんを背負っていた時、昔のおれが走ることを好きだった理由、少し思い出せたんだ。
かけっこ一等賞とか、そういうんじゃなくてさ。
人よりちょっと足が速いから、流れる景色や感じる風、木々や花の匂い、変わる天気、見守ってくれる空。
そんなものが、おれには良くわかるんだ。
一定のスピードで大地を蹴って、一定のスピードで心臓がビートを刻んで、息継ぎの仕方に慣れてきて。
走っていると、凄く自由になれる気がする。
自分のペースで世界を見て、自分のペースで、生きていることを実感できて。
広い広い綺麗な世界に、此処に、おれが居るってわかるんだ。
何かを突き詰めて一番になりたいとかはないくせに、好きに走っている時、その時だけ。
自分がまるで全部の主人公になれるような感覚は、昔から大好きだったんだ。
特別じゃないはずのおれだけど――走ってる時だけ、おれは特別を知れた気がした。
鈴瀬さんを背負っていた時は、その特別を今までで一番感じた。
可愛い女の子を守ってるみたい、助けてるみたい、なんて。
なんか、こんなおれでもちょっとはかっこよくなれた気がして。
そんな打算はかっこ悪いはずなのに、鈴瀬さんと共に見る春の通学路、いつもより高鳴る胸の鼓動。
それらは全部、不思議となんだか心地良かった。
高校に到着して、鈴瀬さんを下ろして、まずは保健室に連れて行こうとした。
鈴瀬さんの背中を支えて歩いている途中。
優しい先生、優しい先輩、優しい見知らぬ女の子。
おれより優しい人たちが、顔色の悪い鈴瀬さんを心配して、おれより確実な方法で鈴瀬さんを助けようと手を差し伸べてくれたのに。
でも、鈴瀬さんは。
きゅって、おれの学ランの裾を縋るように掴んで、不安そうにおれを見上げて。
その時おれを、一番に見てくれたんだ。
こんなおれを、一番に頼ってくれたんだ。
消去法じゃなくて。
おれでいい、じゃなくて。
この子はこの瞬間、おれがいいんだ。
そう思ったら、すげー嬉しくて。
自分のことをずっと、なんでもない、特別じゃないって思ってたから。
その時の鈴瀬さんが一番におれを求めて望んでくれたのが嬉しくて、鈴瀬さんの特別になれたみたいで嬉しくて――だから、鈴瀬さんのことが気になるようになったんだ。
――いやまあ、実際は特別どころの話じゃなくなったわけだけど。
気付いたら鈴瀬さんの王子様、まで立ち位置がすっ飛んでたけど。
でも、困るし悩むけど、鈴瀬さんがおれを王子様だって言ってくれたから、おれの方もはっきり恋心を自覚できた気がするのは本当。
好きになってもらえたからおれも好きになりました、なんて単純だし受け身だし、ほんとに経験値のなさがわかりやすくて笑っちゃうけど。
でも、おれは鈴瀬さんが好きだ。
特別を持たなかったおれの、今の、一番の特別。
おれの奴隷なんかじゃない、おれの好きな女の子。
おれの特別で、大切な、たった一人の女の子。
それが、鈴瀬 椿さんだ。
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