その3 あてなき自転車、まだ井の中
第一話のその3、その4はそれぞれ、今作における残り二人の主人公視点のプロローグです。
その5からは、第一話は最後までメイン主人公の朝比奈 淳の視点です。
★ 空憧青春スカイラブ!
第一話『プリンス×スレイヴは走り逢う』
その3 あてなき自転車、まだ井の中
teller:石守 真広
◆
俺の青春は、どこまでも広がる青に、些か不純さを含んだ紫色が一滴垂らされている。
青が、紫に侵されている。
彼女の瞳と同じ、澱んだ紫色。
俺なんかに好き、だなんて言葉を使う物好きなやつ。
「せーんぱい、自転車の後ろ、乗っけてください」
石守 真広。
高校3年生。
特別やることも、やりたいこともなく。
ずっと、ただ何となくの何となくで生きていた。
そんな長所も短所も有り触れている俺に、多分人より特別な点があるとしたら。
きっと、こいつに好かれているであろうという事実。
望月 少葉という二学年も下の後輩女子は、今日もこっちが承諾を出す前に、勝手に俺の自転車の後ろに座ってくる。
法律違反なんじゃねーの、これ。
そう思いつつ二人乗りなんかしちまう俺は、きっと人より少し道徳をどっかに置いてきている。
放課後の風が、俺と望月に染み込むように吹き抜けていく。
望月は俺の背中にわざと胸を押しつけながら、窮屈な体勢を気にする素振りもなく会話を続けてきた。
やたら性的なアピールを食らっていることは察しているし意識もする。
が、色っぽいアプローチを仕掛けてくる割には背中に感じる膨らみは小ぶりで。
そのアンバランスな雰囲気に惑わされそうになる自分から目を逸らし、ぼんやり空を仰ぐ振りをする。
今日も、この空は無駄に青い。
「何ですか先輩、珍しいですね。あたしが後ろに乗ってきても文句も言わないなんて」
「たまにはそういう気分だ、悪いか」
「いいえー? 優しい先輩も好きですよ」
そう言いつつ望月は俺が動揺なんて見せないのが気に入らなかったようで、いつも以上に距離を詰めてくる。
後ろから俺を抱き締め、わざとらしく俺の耳元で囁いてきて。
甘い声だ。蜜のような、毒のような。
「……せんぱい? 駅前に新しいクレープ屋さんが出来たんですよ」
「へえ、行かねえぞ」
「えー」
妖艶に迫ってきたかと思えば、子どもみたいにむくれたり。
俺の日常に不法侵入してきたこいつは、俺の日常をまるごと作り替える勢いで、いつも俺の傍に居る。
初めて好きだと言われたのは数ヶ月前。
望月が高校入学して、間もなくのことだ。
俺が誰かに選ばれる、俺が誰かに恋される。
可愛い後輩女子にいきなり理由もわからず惚れられる、そんな都合の良すぎる展開が信じられずに丁重に断った、はずだが。
気付いたらこんな距離感になっていた。
ちなみに可愛い、とは望月本人には直接伝えてはいない。
なんか調子に乗りそうな気がして。
放課後、俺と望月はいつもこうして自転車で二人乗りになって、行く当てもなくふらふらとあちこちを彷徨うのが日課だ。
望月はいつも通り、甘えるように俺の背中に擦り寄ってくる。
俺はそれを気にした風もなく、ただ自転車を漕ぎ続けた。
「先輩、もうすぐ駅ですよ」
「だからクレープ屋なんざ行かねえって」
「えー」
「行きたきゃ一人で行ってこい」
「真広先輩と行きたいんですー」
望月はあからさまに俺に抱きつき、その中くらいの胸の膨らみで背中を圧迫してくる。
制服越しに感じる柔らかさはなかなか癖になるもので、顔には出さないが特に止めなかった。
望月はずるいやつだが、俺も相当にずるい。
この現状を享受している。
いや、むしろひどい男か。
望月は望月なりにまっすぐ俺を想っているのに、俺はずっと適当にあしらって、停滞した現状を維持している。
モラトリアム期間と同じ。
俺は未だに、何も決断できない。
自分から走り出せない。
夢も恋も、曖昧なまま。
「お前、俺以外にこんなウザ絡みしたら絶対嫌われるからな。学べ」
「真広先輩だけ特別ですー。他の男子にはこんな態度取らないし」
「……あっそ」
「安心してくださいよ。あたし、先輩のことだーいすきですから」
「はいはいそーですか」
望月は俺が適当に相槌を打つのが気に食わないのか、少しむっとしたように俺に寄りかかる。
「……真広先輩はまだ、あたしのこと好きじゃないんですか?」
「好きか嫌いで言ったら好きだけどよ……お前みたいな小生意気な後輩、恋愛対象として見るにはなんつーか……」
「えー? 恋愛対象としてのラブが欲しいです。もう一声っ」
「閉店。営業終了」
「えー」
風が吹く。
夏の気配がする匂い。
望月の黒髪が、視界の端で靡いている。
後ろの方で結ってなお余る長い黒髪。
髪型の名前はハーフアップだったか。
たまにポニーテールにしてる日もあるが。
可愛い、のにどこか大人びた雰囲気。
紫色の、妙に色っぽい瞳。
そんな、俺にとって都合の良すぎる年下の美少女。
それが、望月少葉という女。
「別に今はあたしのこと好きじゃなくてもいいですけど……あたし、諦めませんからね」
「へいへい。頑張れよ。……ったく、随分と懐かれちまったな……」
「懐くどころか恋してますよーだ。さ、漕いでくださいっ。先輩がんばれー。どこまでもお供しますよっ」
「へーいっと……ほら、行くぞ」
俺が自転車を走らせるのと同時に後ろの望月がきゃあとはしゃぐ。
それに伴って、俺に回している望月の腕にも力が入り、物理的な距離がまたゼロになる。
俺なんかの、どこがいいんだ。
そう聞いてやりたいのに、今日も俺は日常に逃げて。
こんな美少女にアタックされても、俺はただ世界に吹く風に、世界そのものに流される。
特別やることも、やりたいこともなく。
今日も何となくの何となくで生きる。
それが、俺の。
「……? 望月、今、空光らなかったか? 三つくらい、星みたいなのが落ちた気がしたんだけどよ」
「えー、どこですか? あたし、先輩しか眼中に無いからわかんなかったでーす」
「……あっそ」
俺が見た三つの光。
青い空に光る星。
それは俺の日常に着々と迫っていて。
時間は流れる。時計の針は進む。
――モラトリアムの終わりが、迫る。
◆




