その2 間違いだらけのラブコメディ
★ 空憧青春スカイラブ!
第一話『プリンス×スレイヴは走り逢う』
その2 間違いだらけのラブコメディ
teller:朝比奈 淳
◆
中庭のベンチに座り、鈴瀬さんから先ほど貢がれた惣菜パンを一人で齧って頬張る。
……このパンのお金、鈴瀬さん毎回どうしてるんだろ。
鈴瀬さん、毎回頑なにお金受け取ってくれないけど……この量のパンを毎日、って結構な額だよな。
おれは全部食べ切れる………けど、この量を考えると、食べ盛りの男子高校生の為の昼食費を鈴瀬さんは一人で負担していることになる。
それにうちの購買のパン争奪戦は結構厳しいって有名な筈だけど……。
パンを食べる手を、一旦止める。
……が、頑張ってるんだろうなあ……。
風の噂でバイトしてるみたいな話を聞いた気がするな、鈴瀬さん……接客業ではなかったはずだけど。
購買でも、あんなちっちゃくてほそっこい身体で毎日頑張ってるんだろうなあ……それはもう懸命に。
おれは食べかけのパンを一つ食べ切る。
一旦まず食べ切る。
食べ切ってから、手が空いてから――。
――おれは、盛大に頭を抱えた。
そ、そうじゃないんだよなあ……。
違うんだ。そうじゃないんだ。
別にそんなの望んでないんだ。
そんな頑張らなくていいんだ。違うんだ。
おれだって、好きな女の子のおれの為の努力を否定したくはない。
けどこれ明らかに色々違うんだ。
鈴瀬さんはおれの奴隷を自称してるけどさ。
おれたちの日常を考えると、おれって実質鈴瀬さんのヒモになってない?
嫌だよそれは?
……毎日毎日、飽きる間もなく思ってることだけれど。
おれは普通に鈴瀬さんと付き合いたい。
仲良く一緒に昼ごはんだって食べたいし、尽くしてくれるとかだったら、なんというか、一度でいいから手作りお弁当イベントとか、その、憧れるし。
おれは鈴瀬さんと定番の青春をしたい。
でも凄い勢いで鈴瀬さんが方向性を間違えていく。
どうして。
男女としての定番や普通が、おれたちには一個もない。
辺りに人気がないのをいいことに頭を抱えて一人うーうーと唸っていると、人気がないからこそ熱い視線を感じた。
もしかして、と顔を上げる。
視線をやれば、すぐに見つけた。
物陰からおれをじーっと見詰める鈴瀬さん。
……たまにこういう風におれのこと見てるんだよなあ、この子。
多分貢ぎ物へのおれの反応……というか、貢ぎ物でおれの機嫌を損ねてないか気になっているってところだろう。
同じ空間に居るなら、近くに居たいのに。
君とすぐ隣で笑い合いたいのに。
――今日はいつもより、あの子へと踏み出したい気分だった。
ちょいちょい、と試しに鈴瀬さんを手招きしてみたら、鈴瀬さんは過剰にびくついて顔を引っ込めてしまった。
……なんか、びくびくしてる仕草が小動物みたいで可愛い。
これ言うと男友達全員には微塵も理解されないけど。
鈴瀬さんが好きだと思う。
好きだから、とても可愛いと思う。
そんな当たり前の話。
でもかわいいあの子は何故かおれを神格化してる。
これは決して当たり前じゃない。
「……あの、鈴瀬さん……ちょっとこっち、来れる?」
もう直接頼んでみようと、物陰におどおど全身を隠してしまった鈴瀬さんに呼びかける。
おれの声に反応して一瞬顔を出した鈴瀬さんだけど、おれの頼みを耳にするとまたびくっと過剰反応してしまう。
また逃げられちゃうかな、と思ったけど、鈴瀬さんはおどおどしながらもおれに近付いてきてくれた。
こっちがゆっくりお願いしたら従順なのかな。
でもおれには、好きな子を従順に従わせたい趣味も欲求もない。
色々時間はかかったけど、やっと鈴瀬さんが近くに来てくれた。
かと思えば鈴瀬さんはおれが座るベンチの隣に座るのではなく傍に控えるだけ。SPかな?
「あの……隣に座ってほしいんだけどな」
おれが頼み事を重ねると、鈴瀬さんはびくっと肩を跳ねさせる。
怯えたようにそわそわしながら、鈴瀬さんは何やら言葉を必死に探している。
長い前髪に覆われて見えないけど、きっと視線も泳ぎまくっていることだろう。
しばらくして、鈴瀬さんは蚊の鳴くような声で言った。
「あ、あの……わ、私なんかが朝比奈くんのお隣になんて恐れ多いです……っ」
そんな返答に、おれは自分の眉が下がったのがわかった。
本当に困ってしまったからだ。
何より、好きな女の子がこんなに自虐的な物言いをするのが悲しい。
鈴瀬さんに慕ってもらえるのも想ってもらえるのも、とても嬉しい。
でもそのぶん鈴瀬さんが鈴瀬さん自身を嫌いになるのは、絶対に嫌だ。
「……あのさ、別におれはそんな大層な奴じゃないよ。だからもっと普通にしてよ。おれ、鈴瀬さんとちゃんと仲良くなりたいんだけど……」
正直に告げる。
ゆっくり仲良くなって、ゆっくり距離を縮めて、たくさんの優しい思い出に囲まれて、いつかこの子と想い合って恋人になれたら、おれはこれ以上ないほど幸せなのに。
でも今日も鈴瀬さんは、おれの予想の、おれの理想の、ちょうど斜め下を行く。
「……で、でも……わ……私……朝比奈くんの奴隷になるって決めましたから……ぜ、全身全霊で、お仕えしたいんです……」
――鈴瀬さんは多分、おれのことが好きだ。
間違っていたらめちゃくちゃ恥ずかしいけど、多分、きっと、彼女はおれに恋をしている。
だけどこんな愛情表現をおれは聞いたことがなくて。
鈴瀬さんの一途すぎる想いには、甘酸っぱさが欠片もない。
おれを王子様と呼ぶくせに、その好意には夢やロマンみたいなふわふわしたものが感じられない。
命懸けの恋情を、おれはずっと鈴瀬さんに向けられている。
でもおれは奴隷なんて求めていなくて。
なによりおれは王子様じゃない。
それは一番、自信を持って否定できる。
「……おれ、別にそういう王子様と奴隷みたいなのは求めてないから。なんていうか、まずは普通に鈴瀬さんと友達として仲良くなりたいだけなんだけど」
「……そんな……朝比奈くんは、素敵な御方なのに……」
どこをそんなに素敵に思うのか気になる気持ちはあったけど、それを聞いたら話が進まなくなる予感がしたのでぐっと堪える。
「……おれと仲良くすると、鈴瀬さんは何か不都合なの?」
「い、いえ、そんな……不都合だなんてことは……え、えと、あ、あの、ちなみに……仲良くとは、具体的にどういう状態を……?」
「え? そうだな、とりあえず今日みたいなお昼休みは、お昼ごはん一緒に食べたいし」
「っ、無理です……私が朝比奈くんのお隣に座ったらベンチが不潔になります……空気だって穢されてしまいます……」
「いやならないよ。大丈夫だよ。……あとさ、学校以外でも会いたいなあって。映画とか、遊びに出かけるとかもしたいよ」
「み、身の程知らずです……」
「いやそんなオーバーな話じゃないんだけど……とにかくさ、おれは鈴瀬さんと仲良くなりたいんだよ。対等になりたいんだ」
「だ、だめですそんな……身分が……」
「いや身分て」
「……あ、朝比奈くんは私の王子様ですから……私が朝比奈くんの汚点になるわけにはいきません。朝比奈くんが悪く言われてしまいます……で、でも、その時は、私、朝比奈くんの分の悪口も全て被ります。朝比奈くんの名誉に傷はつけません……え、えっと……朝比奈くんの名声を守る為なら私……」
いや名声て。
色々言いたいことはあったけど、つい口が滑った。
「……どんだけおれのこと好きなの」
「……死んでもいい、くらいには好き、です……」
驚くほどの、即答だった。
おれは、自分がとんでもなく自意識過剰な失言をしたことも忘れるほどに――言葉を、失ってしまった。
今おれ、呼吸、できていただろうか。
奴隷になりたい、尽くしたいとは何度も言われてきた。
だけど今、おれ。
鈴瀬さんに初めて『好き』って言われたんだ。
でも、どうしてだろう。
どきどきするのに、この心臓の高鳴りは本物なのに。
それを喜ぶな受け入れるな、とおれの理性が言っている。
まだハッピーエンドじゃない。
まだハッピーエンドには程遠い。
色恋にそんなに詳しくないおれでもわかる。
鈴瀬さんが望む関係を肯定したら、おれたちは一生幸せにはなれないって。
「……鈴瀬さん」
立ち上がり、鈴瀬さんの両手を握る。
そういえばさっきから鈴瀬さんを立たせたまんまだった。
対等になりたいのに、なかなか鈴瀬さんの暴走全てをやんわり抑えるスキルが、未だにおれにはない。
でも対等になる一歩を踏み出す為に。
王子様から脱却する為に、まやかしの王冠を捨てる為に。
手を握って、おれも言おうとしたんだ。
きみが好きだよって。
まずは友達になりたいとか、仲良くなりたいとかだけじゃ、きっとこの子にはずっと伝わらないから。
素直にはっきり、言ってしまおうと思ったのに。
「……ま……まって、これはだめなやつです……」
「へ?」
「こ、この距離はあの、閲覧制限が、その、ほんとにダメですこれはだめです不敬罪です」
閲覧制限ってなに?
突拍子もない発言におれがぽかんとして手の力を緩めた隙に、鈴瀬さんは脱兎の如く逃げ出してしまう。
「す、鈴瀬さん!?」
「あ、朝比奈くんに不敬を働いてしまったので、償いに社会貢献してきます……!」
「まって!? 何する気!?」
おれは足は速い方で。
本気を出せばすぐに鈴瀬さんの背中に追いつけるはずで。
そうして抱き締めて好きだよと迫れば、恋愛ドラマや洋画のラブシーンとかで見る強引な男みたいな振る舞いができれば、あの子に伝わったのかもしれないけど。
強引とか、どっちが優位とか、そういうのを鈴瀬さん相手に考えるのが、おれはとても嫌だった。
動かない自分の脚を、情けなく思う。
好きな子から『好き』って言ってもらえたのに、おれ、欲張りだ。
今日も彼女に追いつけなかった。
どうしておれは彼女の中でだけ王子様なんだろう。
そんな称号、要らないのに。
無力感と共に空を仰ぐ。
鈴瀬さんに出会ってから、おれは妙にこの空の青と縁がある気がする。
ーーほんの一瞬。
何かが空を流れ落ちた気がした。
何かの残像が横切った気がする。まるで流れ星のように。
でも空は青く、太陽はまだ燦々と世界を照らしている。
今の、なんだろう。
天体現象には詳しくない。
そういう成績は悪い方だ。
だけど、もしあれが流れ星だったなら。
おれはまた願うだろう。
王子様じゃないおれになりたいと。
鈴瀬さんに、繋いだ手を握り返してもらえるおれに。
鈴瀬さんに追いつけるおれに。
真っ当に鈴瀬さんを振り向かせられるおれになりたいと、おれは何度も何度も願い続けている。
この色褪せない想いに呼応するように。
空が一瞬、光った気がした。
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