その1 その日、世界がひとつ救われた
★ 空憧青春スカイラブ!
第二話『スレイヴの殉愛』
その1 その日、世界がひとつ救われた
teller:鈴瀬 椿
◆
名前は、鈴瀬 椿。
高校1年生。
両親の記憶は、無い。
だから今の家族構成は、引き取ってくれた叔父と叔母。
それが、私。
ただの、私。
補足、すると。
私の両親だった人は、あまり良い人ではなかった、らしい。
夜にたまに聴こえてくる、耳を塞いでも響く叔父夫婦の口論が、断片的にそう語っていた。
彼らは、私を引き取る時に相当揉めたらしい。
叔父夫婦の私へのぎこちない態度を見ると、なんだか萎縮してしまって。
頼り方も甘え方も、私はずっとわからなくて。
いい子の振りすら、できなかった。
引き取って良かった、と思ってもらえるようないい子を演じることも、私は出来なかった。
ただおどおどと、怯えて俯いていただけ。
学校という狭い世界でも、交友関係をうまく築けなかった。
コミュニケーションの方法が、とにかくわからなくて、この世の色々なものが恐ろしくて仕方がなかった。
叔父と叔母が暮らす、私の家、という空間。
そこが私にとって帰る場所になれるのは期限付きだということは、早いうちから知っていた。
叔父夫婦は私に早く家を出ていくことを望んでいる。それはひしひしと伝わっていた。
でも私はどうしようもなく子どもで、社会に出ることが怖くて、生きて学ぶお金と、生活空間、そういうものにだけはみっともなく甘えてしまって。
趣味も持たず殺風景な部屋で、縮こまって、ただのうのうと生きていたくせに。
私はずっと、生きている意味がわからなかった。
次第に私は、消えたい、居なくなりたいと願うようになった。
自分自身が、見えなかった。
自分の未来も、見えなかった。
黙っていることがきっと一番、誰も不快にさせずに済む。
前髪も不自然なくらい、長く伸ばした。
こんな私の眼に誰かを映す権利なんて、ないと思ったから。
なにも、わからなかった。
ただ全てから逃げていて、早く一人になりたくて。
そんな意味の無い日々の途中。
高校の、入学式。
登校しようと慣れない道を歩いていたら、怖がりな私は緊張でだんだん頭がぐるぐるして、貧血や嫌な動悸がいっぺんに来て、急に歩けなくなって。
ふらふらと、蹲ってしまって、やっぱりわからなくなった。
ぐあい、わるい。
どうしよう。
どうしようって、そんなの、自分でなんとかする、しか。
こんな道端で倒れたら、誰かに迷惑かけちゃうかな。
ああ、でも、今ならここ、誰も居ないな。
もし。
もし私が今、ここで死んでしまっても、しばらく誰にも気付かれないのかな。
ひっそりと、誰にも知られないまま、いなくなれるのかな。
こんな、なんの意味もない人生が、ひとりっきりで終われるんだ。
――それならそれで、いい、なあ。
もう、それでいい、かなあ。
私なんか、私なんか、私なんか。
はやく、しんで――。
「……ねえ、きみ、大丈夫……?」
なのに。
「凄く顔色悪いよ……? 間違ってたらごめんね。その制服、同じ学校だよね……? 新入生、で合ってる? エンブレムの色、おれとおんなじだから……わ、えっと、喋るのきつかったら無理しないで。合ってたら、一回こくって頷ける……? ……うん、ありがとう」
――なのに、あなたが現れた。
「…………あの、さ。嫌じゃなかったら、背負ってってもいい? 学校までもうちょっとだし、おれ足速いから、とりあえず、保健室行こう?」
現れてくれた、あなた。
出会ってくれた、あなた。
私を見つけてくれた、あなたは。
なんでもないように、当たり前のように、こんな私に、手を差し伸べてくれた。
恐る恐る顔を上げた、そのとき。
初めてあなたを、眼に映してしまった、そのとき。
カッと、強く強く、私の世界の全てが光に包まれてしまった。
一生忘れられないくらいの一生ぶんの光を、私はその一瞬で、知ってしまった。
なんて、まぶしい人なんだろう。
――王子様だと、思った。
そういう童話に詳しいわけじゃない。
夢見て憧れるほど、心に余裕もなかった。
でも、あれは確か小学校低学年の時。
道徳の授業だっただろうか、音楽の授業だったかもしれない。
何か、授業の一環でアニメ映画を見た記憶がある。
すごく綺麗なお姫様が、すごく優しい王子様と恋に落ちる、夢と希望に満ちたファンタジーだったと思う。
エンディングは二人の結婚式で、幸せと祝福に満ちた登場人物を見守る空が、透き通るほど青かったのも覚えている。
それを思い出して、やっぱり。
私が入学式の朝に出会った優しいその人を表す言葉は、まさしく、『王子様』だと思った。
王子様。
朝比奈 淳くん。
朝比奈くん。
なんて、素敵な人。
朝比奈くん。
すてき。
すてき、すてき。
優しい。かっこいい。まぶしい。
ぜんぶ、ぜんぶ、すてき。
世界で一番、あなたは素敵。
王子様なんて、初めて会った。
だから私は、また色々わからなくなってしまった。
でも、朝比奈くんは。
朝比奈くんの光は、私の世界を一気に変えてくれた。
おこがましいのはわかっている。
畏れ多いのも、わかっている。
なのに。
朝比奈くんの世界に、存在していたいと思ってしまった。願ってしまった。
消えたいとばかり考えていた、こんな私が。
何も無い、私なんかが。
王子様と同じ世界で、生きていきたいと。
ひどく分不相応な望みを、抱いてしまった。
ずっと、私の眼に誰かを映す権利なんてないって、そんな資格は私にはないって思っていたのに。
世界一素敵な朝比奈くん。
私は朝比奈くんのことを、この眼で見ていたい。
あなたで私の世界、いっぱいにしたい。
あなたを見ていると、あなたのこと考えていると、ずっと私、幸せなんです。
こんな私なんかでも、幸せを知れるんです。
はじめての、幸せなんです。
朝比奈くんは、すごい。
生きて存在してくれる。
それだけで、私はすぐに幸せになれる。
世界を一つ、救ってくれた。
こんな私のちっぽけな世界を、あなたは容易く、救ってくれた。
すごい。すてき。
王子様。すてき。
――すき。
だいすき。
あなたが、だいすき。
朝比奈くん。
私、あなたに何ができますか。
なんでもしたいんです。
私の全ては、朝比奈くんなんです。
この御恩に報いたい。
少しでも、あなたのお役に立ちたい。
なんて綺麗事を並べても、私なんて結局、あなたと同じ世界に居たいという私欲がきっと一番強いけど。
なんでもします。
私の命も人生も、私の全ての所有者は、朝比奈くんなんです。
人生ぜんぶ懸けて擲っても、あなたに、お仕えしたい。
だから、あの日。
「お……お願いします……私を、朝比奈くんの奴隷にしてください……」
初めて出会った、王子様。
私の世界で唯一の、王子様。
私の世界でいちばんの、王子様。
王子様との接し方なんて知らないばかな私は、醜いまでに切実に。
あなたへの隷属を望んでしまった。
あなたのそばを、望んでしまった。
今も、ずっと。
ずっと、ずっと。
私は、あなたの奴隷でありたいです、王子様。
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