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空憧青春スカイラブ!  作者: ハリエンジュ
第二話『スレイヴの殉愛』
12/12

その1  その日、世界がひとつ救われた

空憧(くうしょう)青春(あおはる)スカイラブ! 

第二話『スレイヴの殉愛(じゅんあい)

その1  その日、世界がひとつ救われた


teller(語り手)鈴瀬(すずせ) 椿(つばき)




 名前は、鈴瀬(すずせ) 椿(つばき)

 高校1年生。

 両親の記憶は、無い。

 だから今の家族構成は、引き取ってくれた叔父と叔母。


 それが、私。

 ただの、私。


 補足、すると。

 私の両親だった人は、あまり良い人ではなかった、らしい。

 夜にたまに聴こえてくる、耳を塞いでも響く叔父夫婦の口論が、断片的にそう語っていた。

 彼らは、私を引き取る時に相当揉めたらしい。

 叔父夫婦の私へのぎこちない態度を見ると、なんだか萎縮してしまって。

 頼り方も甘え方も、私はずっとわからなくて。

 いい子の振りすら、できなかった。

 引き取って良かった、と思ってもらえるようないい子を演じることも、私は出来なかった。

 ただおどおどと、怯えて俯いていただけ。


 学校という狭い世界でも、交友関係をうまく築けなかった。

 コミュニケーションの方法が、とにかくわからなくて、この世の色々なものが恐ろしくて仕方がなかった。


 叔父と叔母が暮らす、私の家、という空間。

 そこが私にとって帰る場所になれるのは期限付きだということは、早いうちから知っていた。

 叔父夫婦は私に早く家を出ていくことを望んでいる。それはひしひしと伝わっていた。

 でも私はどうしようもなく子どもで、社会に出ることが怖くて、生きて学ぶお金と、生活空間、そういうものにだけはみっともなく甘えてしまって。

 趣味も持たず殺風景な部屋で、縮こまって、ただのうのうと生きていたくせに。


 私はずっと、生きている意味がわからなかった。

 次第に私は、消えたい、居なくなりたいと願うようになった。

 自分自身が、見えなかった。

 自分の未来も、見えなかった。


 黙っていることがきっと一番、誰も不快にさせずに済む。

 前髪も不自然なくらい、長く伸ばした。

 こんな私の眼に誰かを映す権利なんて、ないと思ったから。


 なにも、わからなかった。

 ただ全てから逃げていて、早く一人になりたくて。

 そんな意味の無い日々の途中。


 高校の、入学式。

 登校しようと慣れない道を歩いていたら、怖がりな私は緊張でだんだん頭がぐるぐるして、貧血や嫌な動悸がいっぺんに来て、急に歩けなくなって。

 ふらふらと、蹲ってしまって、やっぱりわからなくなった。


 ぐあい、わるい。

 どうしよう。

 どうしようって、そんなの、自分でなんとかする、しか。


 こんな道端で倒れたら、誰かに迷惑かけちゃうかな。

 ああ、でも、今ならここ、誰も居ないな。


 もし。

 もし私が今、ここで死んでしまっても、しばらく誰にも気付かれないのかな。

 ひっそりと、誰にも知られないまま、いなくなれるのかな。

 こんな、なんの意味もない人生が、ひとりっきりで終われるんだ。


 ――それならそれで、いい、なあ。

 もう、それでいい、かなあ。


 私なんか、私なんか、私なんか。

 はやく、しんで――。



「……ねえ、きみ、大丈夫……?」



 なのに。



「凄く顔色悪いよ……? 間違ってたらごめんね。その制服、同じ学校だよね……? 新入生、で合ってる? エンブレムの色、おれとおんなじだから……わ、えっと、喋るのきつかったら無理しないで。合ってたら、一回こくって頷ける……? ……うん、ありがとう」



 ――なのに、あなたが現れた。



「…………あの、さ。嫌じゃなかったら、背負ってってもいい? 学校までもうちょっとだし、おれ足速いから、とりあえず、保健室行こう?」



 現れてくれた、あなた。

 出会ってくれた、あなた。

 私を見つけてくれた、あなたは。


 なんでもないように、当たり前のように、こんな私に、手を差し伸べてくれた。


 恐る恐る顔を上げた、そのとき。

 初めてあなたを、眼に映してしまった、そのとき。


 カッと、強く強く、私の世界の全てが光に包まれてしまった。

 一生忘れられないくらいの一生ぶんの光を、私はその一瞬で、知ってしまった。


 なんて、まぶしい人なんだろう。



 ――王子様だと、思った。


 そういう童話に詳しいわけじゃない。

 夢見て憧れるほど、心に余裕もなかった。


 でも、あれは確か小学校低学年の時。

 道徳の授業だっただろうか、音楽の授業だったかもしれない。

 何か、授業の一環でアニメ映画を見た記憶がある。

 すごく綺麗なお姫様が、すごく優しい王子様と恋に落ちる、夢と希望に満ちたファンタジーだったと思う。

 エンディングは二人の結婚式で、幸せと祝福に満ちた登場人物を見守る空が、透き通るほど青かったのも覚えている。


 それを思い出して、やっぱり。

 私が入学式の朝に出会った優しいその人を表す言葉は、まさしく、『王子様』だと思った。


 王子様。

 朝比奈(あさひな) (すなお)くん。

 朝比奈くん。

 なんて、素敵な人。

 朝比奈くん。

 すてき。

 すてき、すてき。

 優しい。かっこいい。まぶしい。

 ぜんぶ、ぜんぶ、すてき。

 世界で一番、あなたは素敵。


 王子様なんて、初めて会った。

 だから私は、また色々わからなくなってしまった。


 でも、朝比奈くんは。

 朝比奈くんの光は、私の世界を一気に変えてくれた。


 おこがましいのはわかっている。

 畏れ多いのも、わかっている。

 なのに。

 朝比奈くんの世界に、存在していたいと思ってしまった。願ってしまった。


 消えたいとばかり考えていた、こんな私が。

 何も無い、私なんかが。

 王子様と同じ世界で、生きていきたいと。

 ひどく分不相応な望みを、抱いてしまった。


 ずっと、私の眼に誰かを映す権利なんてないって、そんな資格は私にはないって思っていたのに。


 世界一素敵な朝比奈くん。

 私は朝比奈くんのことを、この眼で見ていたい。

 あなたで私の世界、いっぱいにしたい。

 あなたを見ていると、あなたのこと考えていると、ずっと私、幸せなんです。

 こんな私なんかでも、幸せを知れるんです。

 はじめての、幸せなんです。


 朝比奈くんは、すごい。

 生きて存在してくれる。

 それだけで、私はすぐに幸せになれる。

 世界を一つ、救ってくれた。


 こんな私のちっぽけな世界を、あなたは容易く、救ってくれた。


 すごい。すてき。

 王子様。すてき。


 ――すき。

 だいすき。

 あなたが、だいすき。


 朝比奈くん。

 私、あなたに何ができますか。

 なんでもしたいんです。

 私の全ては、朝比奈くんなんです。

 この御恩に報いたい。

 少しでも、あなたのお役に立ちたい。


 なんて綺麗事を並べても、私なんて結局、あなたと同じ世界に居たいという私欲がきっと一番強いけど。


 なんでもします。

 私の命も人生も、私の全ての所有者は、朝比奈くんなんです。

 人生ぜんぶ懸けて(なげう)っても、あなたに、お仕えしたい。


 だから、あの日。



「お……お願いします……私を、朝比奈くんの奴隷にしてください……」



 初めて出会った、王子様。

 私の世界で唯一の、王子様。

 私の世界でいちばんの、王子様。


 王子様との接し方なんて知らないばかな私は、醜いまでに切実に。

 あなたへの隷属を望んでしまった。

 あなたのそばを、望んでしまった。


 今も、ずっと。

 ずっと、ずっと。


 私は、あなたの奴隷でありたいです、王子様。




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