その1 おれは王子様ではない
★ 空憧青春スカイラブ!
第一話『プリンス×スレイヴは走り逢う』
その1 おれは王子様ではない
◆
好きな女の子に、土下座をされた。
他人に言っても到底信じてもらえない状況なのは自覚している。
だけど言葉のまんまだ。
好きな女の子に放課後の校舎裏に呼び出されて、もしかしたら告白かも、なんて浮ついた気持ちで向かったらまさかの土下座をされた。
どうして。
「お……お願いします……私を、朝比奈くんの奴隷にしてください……」
どうして??
完全に頭が疑問符でいっぱいになったおれと、おれに土下座をかまして隷属宣言を繰り出した想い人。
本当にどうして。
おれ―― 朝比奈 淳、高校1年生の青春は、こんなぶっ飛んだスタートダッシュを切ってしまった。
正直な話、こんなものを青春とは呼びたくない。
◆
「あ、あの……朝比奈くん。購買で惣菜パン、沢山買ってきました……お飲み物も……どうぞ……」
「……え、あ、ありがと……? あの、お金おれちゃんと払うよ。ねえ鈴瀬さん。良かったら今からおれと二人で昼飯――」
「っ、わ……私はこれにて失礼致します……どうか、安らかな昼休みをお過ごしください……」
そう言って、脱兎の如く逃げ去って行ってしまう鈴瀬さん。
……今日も、こんな感じだ。高校で出会ってからずっと。こんな調子。
多分、おれには好きな子がいる。
でもその子との関係がかなり特殊な形に拗れていて、困っている。
同じクラスの鈴瀬 椿さん。
それがさっきの女の子の名前。
背中をたっぷり覆い隠すくらい長い黒髪に、目元をも隠す長すぎる前髪、そしてとても小柄な体躯の、どもりがちな女の子。
ちょっと変わってるけど、それでもおれにとっては好きな女の子。
だけどちょっと変わってるから、おれの奴隷を自称している女の子。
どうして。
ちなみにおれにアブノーマルな趣味はない。断じてない。
鈴瀬さんとは、高校の入学式で出会って少し話した仲だ。
なんてことのない出会いだったはずだけど、ちょっと弱々しいとことか恥ずかしがりなところが何だか新鮮で、可愛い女の子だなあって、おれは勝手にドキドキしていた。
漠然と、好きかも、とか、仲良くなりたい、とか、結構早い段階で考えるくらいにはおれは鈴瀬さんのことが気になってて。
そして入学して間もなく、そんな鈴瀬さんに呼び出されて隷属宣言を食らった。
土下座込みで。どうして。
なんでも、鈴瀬さんにとっておれは『王子様』らしい。
だから、鈴瀬さんはおれの奴隷として従順に献身的に尽くしたいらしい。
いや、だめだ。いくら考えても『だから』から奴隷に繋がる流れが全く理解できない。
この文脈おかしい。
そんな願望初めて聞いた。
鈴瀬さんの宣言に困惑していたら、関係をどうにかする暇もなく、入学してもうすぐ二ヶ月が経つ。
どうしよう、もうすぐ夏。
高校最初のイベントがわんさか来る。
だけどおれは好きな女の子と特殊な関係のまま進展する気配が全くない。まずい。
……どうしたもんか。
おれは鈴瀬さんが好きだから、普通に付き合いたいし仲良くしたい。
でも鈴瀬さんはおれを神格化しすぎてるから、あくまでおれの奴隷でいたいらしく。
奴隷ってのは如何なものかと思うし、正直参っている。
おれは普通に鈴瀬さんが好きなのに、鈴瀬さんのおれへの好きは、何か凄い勢いで間違った方向に素っ飛んでしまってるんだ。
自惚れかもしれないけど、多分鈴瀬さんもおれのことが好きで、でも何故か鈴瀬さんのおれへの好意は複雑骨折してて、今おれたちはこうなってて。
いやほんとどうして。
おれの場合は、好きなら付き合いたいってちゃんと言いたい。
だけどさっきみたいに、鈴瀬さんはおれに何かしら尽くしたら、すぐにおれから逃げてしまう。
おれが何か言おうとしても、それを遮って逃げて行く。畏れ多いから、らしい。
だからおれは、ずっと鈴瀬さんに告白するタイミングを掴めない。
そもそもおれのことを『王子様』として異常に神格化してる女の子に告白しても、上手くいくのかどうかわかんないし。
「はー……」
ため息をつき、鈴瀬さんに所謂貢がれた大量のパンを抱えながら中庭のベンチへと足を運ぶ。
……一緒にお昼、食べたかったなあ。鈴瀬さんと。
なんでおれ、鈴瀬さんの中で王子様なんかになっちゃったんだろう。
王子様なんて、絶対におれにだけは似合わない言葉なのに。
おれは別に見た目がかっこよくもないし、頭が良い方でもないし、どっちかって言うと騒がしいし、取り柄なんて人よりちょっと運動できるとか足が速いとか、そんなもんなのに。
王子様になんてなりたくない。
おれがなりたいのは、鈴瀬さんに――。
「……普通に、好きになってもらいたいんだけどなあ……」
おれの方は好きなんだけどなあ。
こんなわけのわからない関係になってわけのわからない感情を向けられても、おれはあくまで普通に鈴瀬さんが好き。
というより、こんな普通じゃない状況になったせいで、より好意を自覚した感じ。
おれは王子様ではない。
王子様ではないけど、そんなにかっこいいと思われているなら嬉しいし、慕ってもらえるのも……ほんとは、結構嬉しい。
だけど奴隷とかはやりすぎだと思うし、鈴瀬さんに一方的に尽くされるのは好きじゃない。
王子様と奴隷、という特殊な関係。
好きな女の子に何をしても許されるかもしれない現状。
これらを開き直って楽しめるほど、おれは図太くなれなかった。
おれは王子様じゃないよ、鈴瀬さん。
奴隷を求める王子様なんかじゃないよ。
おれは、君に恋してもらえるような男になりたいだけなんだよ。
ベンチに座って自然と目に入る空は、青く、青く、そして遠く。
なのにおれが真っ只中に居るはずの春は、まだ完全に夏になっていない季節は、決して青くなんかない。
全てが遠くて手を伸ばしたい。求めて追いかけて走り出したい。
――そうすればおれは、いつも逃げてしまう彼女に追いつけるだろうか。
◆




