造られた聖女
はじめまして。開いていただきありがとうございます。
この物語は、架空の国カリヴァンを舞台に、魔法と聖女の存在する世界を描いたファンタジーです。
物語には、拷問や暴力、軟禁といった残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
ファンタジーものは初挑戦なので、色々不安もありますが、楽しく書いていけたらと思っています。
1000年ほど前には大魔法帝国として栄えたカリヴァン。
しかし今は見る影もない。
この国では長らく聖女が産まれていないのだ。それどころか、魔力を持って産まれる者すら年々減少傾向にあり、王は周辺諸国と差のついていく国力に焦りを募らせていた。
そんな国の片田舎で産まれたシルヴィアは、産まれながらにほんの僅かだけ聖魔力を宿していた。その力に目をつけた両親が、国にシルヴィアを売ったことから、この物語は始まるのである。
X X年、冬。
一段と寒さの厳しい日だった。大人の膝辺りまで雪が積もり、国中の畑が凍り付いた。野菜は他国からの輸入に頼るほかなく、国民は年々高くなる税と物価に苦しみ喘いでいた。
馬車に乗せられ王宮へと連れられたシルヴィアは、兵士に腕を引かれ、王宮内の一室へと通された。
華美な宮殿には似つかわしくない、簡素な石造りの壁と床。木のテーブルが一つ。
おぞましく冷ややかな部屋の中で、魔法省の一人がシルヴィアの幼く細い腕を掴んだ。
彼女が困惑と不安に小さな悲鳴をあげた瞬間、彼女の白い腕は、職員が振り翳したナイフによって赤く染まった。
痛みで泣き叫ぶ彼女には目もくれず、その場にいる大人達は皆興奮した様子で測定器を凝視していた。
結果は陽性。
彼女に聖魔力が宿っていることを示していた。
その日、たった5歳の幼い少女は碌な治療も受けさせてもらえないまま、王宮内の一室に幽閉された。
そして毎日、毎晩同じ時間に、他国から仕入れた非合法の魔力増強薬を飲まされ続けた。
身体に合わぬ薬のせいで激痛に苦しみ悶える日々。何度も逃げようと思った。けれどその度に見つかり、さらに酷い体罰を受けた。
逃げることも、飲まないという選択も許されない。
幼く小さな少女は、毎夜泣きながら薬の時間を待った。
そうして恐怖に怯えながら、王宮の離れに建てられた隔離棟の最上階で数年を過ごしたシルヴィア。時折窓から見える鳥達だけが、彼女の心の、唯一の拠り所だった。
10歳を超えた頃から副作用はさらに強くなり、まともに口をきくことができなくなった。声を出すと喉を焼くような激痛が走るのだ。
彼女は部屋の隅に山積みにされた本を読み、痛みを紛らわせながら、窓の外を眺めて過ごした。
天気がいい日は、時折窓から小鳥達が挨拶にやってきた。その瞬間だけが、彼女にとって安らげる時間だった。
だからなるべく昼間は天気が良くなります様にと、祈って過ごした。
十年後、
ついに彼女は15歳になり、この国の成人を迎えた。幼い頃から蓄えられ続けた魔力は測定器具の針を大きく振れさせた。紛れもなく、“聖女”と同等の力であることの証明だった。
長年の成果が実ったことに皆喜び、この国に800年ぶりの聖女が誕生したことを知らせる号外が空を舞った。
国民も王宮も歓喜に沸いた。
ただ一人、
感情の抜け落ちた顔で、足に鎖を繋がれ、機械の前に立たされている少女。
彼女だけは、歓喜の渦に飲まれることはなかった。
その日から彼女の一日は、本を読むことから祈りを捧げ続けることに変わった。
本来持って産まれた魔力だけではなく、薬で無理矢理足し補われた魔力は扱い辛く、体力の消耗も激しい。手が震え、意識が朦朧としても、やめることはできなかった。
祈り続けなければ、食事も与えられない。
生きるため、必死に祈った。
そうして夜、ひとりで祈りを終えた後、時々不思議な夢を見ることがあった。
暖かく、穏やかな夢。
朝起きるとその大半の記憶は消えているけれど。
死んではいけない。
生きなければと、思わされる夢だった。
聖女となった彼女の力は絶大だった。
国境付近の森に棲む魔物達は城壁に近付かなくなり、荒れていた天候も安定した。
彼女が祈りを捧げ始めて一年が経つ頃には、不作が続いていた王都中の畑に、たわわに実る様子が見て取れるようになった。
人々はそれらを“聖女の奇跡”と呼び、感謝の意を込めて塔に向け手を合わせた。
しかし一年が経ち二年が経ち、
国民達は徐々にそうした“造られた平和”に慣れ、三年が経つ頃にはすっかり彼女を有り難がる者はいなくなってしまった。
カリヴァンの軍隊は、造り上げた聖女一人の張る結界を過信し、怠けるようになり、
国民達が彼女に向け、手を合わせることもなくなった。
それどころか、少しでも不作になると、囁くように“無能聖女”と呼び、笑いあう光景まで見られる様になった。
そうして時は流れ、
シルヴィアが19歳になった、ある春の朝。
いつものように日の出と共に起きたシルヴィアは、窓の外から聞こえた“こん、こん、”という小さな音に気付きそちらへと向かった。足につけられた重たい足枷が、繋がる鎖が、じゃらりと嫌な音を立てる。
けれど彼女は気にする素振りも見せない。
もう三年、足にはこれがついたままだ。
窓を開けると、春の暖かい陽光と爽やかな風が頬を撫でる。
“今日もいい天気”
魔力操作に慣れてきた彼女のお陰で、ここ二年ほど、昼間のカリヴァンには雨が降っていない。彼女が雨を降らせるのは必ず深夜から朝方にかけてだ。
一瞬陽の眩しさに目を細め、顔の前に手を翳す。
と、ふと影が被った。
顔を上げると、梟が二匹、重たそうに籠を持ち飛んでいた。
“どうしたの?”
声は相変わらず出せなかったが、小首を傾げたシルヴィアを見て梟は「ほー、」と一声鳴いて静かに滑空し、室内へと入ってきた。
床に置かれたカゴへ近寄り中を覗くと、中に血塗れの白キツネが一匹横たわっていた。
随分苦しそうに呼吸をしている。
“大変…、怪我してるのね”
そろりそろりと手を伸ばすと、キツネは何かを感じ取ったのか、ビクリと震えて瞼をゆっくり持ち上げこちらを見上げた。
「だい、じょ、ぶ…」
灼けるように痛む喉。思わず首に手を添えて小さく咳き込みながら、枯れた声で一言そう口にして。柔らかな白銀の毛並みに、そっと手を触れさせた。
“じっとしててね”
声に出せないもどかしさが胸を締め付ける。心の中で祈るようにそう告げて、掌に意識を集中させた。
途端に暖かな光が掌から溢れ、キツネの体を包み込んでいく。金色の光の糸がキツネの開いた傷口を優しく縫っていった。
キツネはじっとしたまま。カゴの中で動かない。
数秒してゆっくりと光がおさまっていくのと同時に、キツネは安心したように目を閉じた。そして再び、カゴの中にくったりと横たわった。
掌を毛並みに触れさせると、呼吸が安定しているのがわかる。きっと痛みが取れたことで安堵し眠りについたのだろう。
シルヴィアはキツネを起こさないようそっと籠を持ち上げると、部屋の隅へと移動させ、窓際に置かれた簡素な祭壇前の床へと膝をついた。
そっと掌を合わせ瞼を伏せる。
彼女の一日はこうして手を合わせることから始まり、碌な食事も与えられぬまま、一日の殆どを祈りに捧げて終わる。
侍女は殆ど部屋を訪れない。
一日に二度、食事を部屋の入り口に置きに来る。
一週間に一度、新しいシーツと服を置きに来る。
けれどそれだけ。
貴族の主人にするような世話はしない。
部屋の掃除やシーツの交換などもしない。身の回りのことは全て自分でするようにと言われてきた。
年に2回だけ、国民に聖女が健在であることを知らせる為、専属の記者が彼女の写真を撮りに来る。その為、部屋は貴族の屋敷の一室のように豪華だ。
“私は恵まれてるわ。平民の中には、外で眠る人も、その日食べるものがない人も、飲むものがなくて川の水を飲む人もいると聞いたもの”
時折訪れる動物達は心配そうに彼女を見つめる。
けれど彼女は決して泣かない。そう言って、優しく微笑むだけ。
シルヴィアは外を知らない。
幼い頃に王宮へ売られ、薬漬けの日々を送った。そのせいでここへ来る以前の記憶が曖昧だ。
知識は、山のように置かれていた書物で学んだ。文字は初めから読めた。それだけは救いだった。
“あのね、不思議なんだけど…、私ね、時々変な夢を見るの”
床に膝を突き手を重ねたまま、窓枠にとまっている小鳥に視線を投げる。鳥は分かっているのかいないのか、こてりと小首を傾げて見せた。
“誰かをね、探してるの。誰か、…大事な人を”
視線を投げた先の空は高く、薄い雲がゆっくりと流れている。穏やかな風。陽の光。
瞼を閉じると、それらがとても懐かしく感じる時がある。
いつかどこかで、こんな穏やかな陽光の中で日向ぼっこをしたことがあるような…
がさ、
室内に響いた小さな物音に、浮ついていた意識が一瞬にして引き戻された。物音に驚いたのか、窓枠にとまっていた小鳥が慌てて飛び立っていく。
視線を音がした方に投げると、そこには美しい白銀のキツネが一匹、行儀良く座っていた。
“よかった、目が覚めたのね”
このまま目が覚めなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂に終わったことに安堵の息を吐く。
キツネは大人しく座ってこちらを見ていた。警戒している様子は無い。
“食べられるものあったかな…”
時計に目をやると、時刻は10時を過ぎたところ。そろそろ朝食が運ばれてくる頃だ。
シルヴィアの元には一日二度しか食事が運ばれてこない。朝は皆の朝食が終わり、片付けまで終わった後に運ばれてくる。故にいつも10時を過ぎるのだ。
こん、こん、
部屋の扉が二度、ノック音を立てた。視線をそちらに向けると、扉の向こうから
「朝食です」
と一言掛けられる。
シルヴィアはそれを聞き、板張りの床を二度、コン、コン、と軽くノックした。
声を出せない彼女は、そうして返事をしている。
それを聞き、ゆっくりと扉が開いた。
が。扉は半分ほど開いたところで止まり、半開きになったその隙間から、食事が乗ったトレイが床を滑らせるように差し込まれる。
侍女は姿を見せることもなく、「では」と言い残し扉を閉めた。
トレイは床に置かれたまま。埃除けもなく、素のままの皿に簡素な料理が乗っていた。
それを見たキツネは目を見開き、毛を逆立てて硬直している。しかしシルヴィアは気にすることもなくゆっくりと立ち上がると、扉前に置かれたそれを手に取り戻ってきた。
“よかった、今日はパンも牛乳もある。キツネさん食べられるかしら”
彼女はこころなしか浮き立った様子でそれを持ちキツネに近寄ると、2メートルほど距離をとった位置の床に腰を下ろした。
キツネはまた目を丸くし、彼女をじっと見つめている。
「た、べ、る…?」
その声は、酷く嗄れていた。
美しい藍の瞳や整った顔立ちからは想像もできない、壊れた楽器のような声。
たった一言、それを口にするだけで激痛が走ることが窺えるその表情は、見ているこちらも心が痛むほどだった。
けれど彼女はまたその顔に優しい笑みを浮かべ、2つしかないロールパンのうちのひとつを、キツネへと差し出す。
キツネはまた目を瞬かせ、毛を逆立てて硬直した。
“怖いのかしら…”
思えばあれだけの酷い怪我だ。野生生物や魔物に襲われた可能性もあるが、人間に負わされた可能性だってある。
“少し近付き過ぎたかしら…”
シルヴィアは慌ててパンを床に置き、膝を擦って二歩ほど後退した。あまり目を合わせない方が落ち着けるかと考え、その場に座ったままくるりと背を向ける。すっかり覚め切った野菜スープに口を付けようと、スプーンを持ち上げた時だった。
「お前は、」
ーー声がした。
「お前は何故、こんな場所にいるんだ…、」
絶望の滲む仄暗い声が、静かな部屋に響いた。
窓から入る暖かな風が、シルヴィアの色素の薄い茶色の髪を柔らかく撫でる。
彼女は緩慢に背後を振り返った。
「シルヴィ」
甘く切なく、哀しみに染まったその声がーー
彼女ではない彼女の名を呼んだ。
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拙い文を最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
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