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聖女への祈り

 夜が明けて、アルセ谷の関所門が開く。

 リオンとシルフィードは旅人の列にさりげなく紛れ込み、武装した門番の前で通行証を見せてあっさりと関所を通り抜けた。

 後方で揉めているような声がしたが、きっと旅によくあるハプニングってやつだろう。


 門を通り抜けた先はエターナ国、アルセの街だ。

 魔族の国と人間の国とを結ぶ重要な拠点である。

 リオンは幼い頃に母ソフィアに連れられて何度かここを訪れたことがあった。


 アルセの街はブラッケン山脈の麓に面していて、高く積まれた石垣の壁にぐるりと周りを囲まれている。壁のところどころに見張り台があり、兵士が配置されていた。

 これは山にいる凶暴な魔物から街を護るためだ。

 起伏の多い土地には鋭い三角屋根の家が立ち並ぶ。

 屋根はより多く太陽光を集めるために黒く塗られ、石畳の道の端には雪を落とすための水路が掘られている。

 冬になると雪深いこの地域ならではの景色だ。


 季節は雪解けを迎えた春。

 石畳の端の水路には冷たい雪解け水が流れ、野には春の草花が芽吹きはじめていた。


「久しぶりだなー」


 リオンは街の中心部へ続く大通りを歩きながら、懐かしそうにアルセの街を眺める。

 馬のメアを引いたシルフィードも物珍しそうに周囲を見回していた。

 リオンが数年前に母と共に訪れたこの街は、のどかだが活気のある街だった。

 関所門に続く大通りには賑やかな露店が並び、フレスイードへの門を潜るために旅人が大勢訪れていた。

 だが、現在は露店の数も減り、人々はまばらで、とくに関所門へ向かう旅人は皆無だ。

 間違いなくフレスイードとキグナシア帝国がはじめた戦争の影響だった。

  

「戦争なんてするから、こうなるんだよ……」

 

 リオンは小さく呟いた。その瞳に影が差す。

 リオンは争いが嫌いだった。

 魔王である父が、キグナシア帝国から攻撃を受けたあとに宣戦布告しようとした時、リオンは真っ先に反対した。

 だが、父は聞き入れてはくれなかった。

 リオンには、十八年前に人間との戦争をやめるように魔王を説得した母ソフィアのような力はなかった。 

 

 大通りを進むと、木々に囲まれた広場があった。

 その中心、色とりどりの花が植えられた花壇の中に、跪いて祈りを捧げる女性の石像があった。

 世界に平和をもたらした聖女ソフィアの像――この街を訪れた旅人は、この像に旅の無事を祈る。


 ——『みんな、大げさなのよね』


 生前の母は自分の石像を見て、笑ってそう言った。

 母が生きていてくれたら、父は、たとえ人間側から攻撃されたとしても、戦争を始めるようなことはしなかっただろう。

 母が生きていてくれたら――

 何度そう思ったか。

 唇を噛みしめながら石像の前で立ち止まってしまったリオンに、シルフィードが後ろから声をかける。


「リオン様、私たちも祈りましょうか」

 

 振り向いたリオンの前で、シルフィードが石像に頭を下げた。 


「ソフィア様、どうか私たちが無事に旅を続けられますよう、お守りください」


 その姿に、リオンの目が潤む。

 リオンもシルフィードの横で、石像に向かって祈った。


(母上、どうかもう一度、世界を平和にしてください)





 大通りに面した石像の広場は、住人や旅人たちの憩いの場になっていた。

 木陰で休憩しながら談笑する人々や、石畳を駆け回りながら遊ぶ子供達の姿が見える。

 木漏れ日の下、穏やかな風がそよぐ草むらで黒馬のメア横になって眠っている。

 リオンとシルフィードはその横に座り、今後について話し合っていた。  


「人間として旅をするにあたって、決めるべきことがいくつかあります。まずは私たちの旅の目的でしょうか」


 シルフィードの言葉にリオンは考える。


「旅の目的かー……」


 家出したいとは思ったけれど、家出して何をしたいかは深く考えていなかった。

 そもそも本当に家を出られるとは思っていなかったし……

 いざ、家出して、旅に出て、それからどうする?


「自分探しの旅とか?」


 リオンの答えに、シルフィードはフッと鼻で笑って肩をすくめる。


「いかにも金持ちのお坊ちゃんが道楽で旅してそうな感じですね」


 なんだか馬鹿にされた気がする。

 むっとした顔で見上げたリオンに、シルフィードは淡々と説明する。 


「目的というのは、人間の旅人を演じる上での設定ですね。正体を隠すためにも説得力のある旅の理由があった方がいいでしょう。リオン様個人の目的なら、自分探しでもなんでも好きにしてください」


 シルフィードの言葉を聞いて、ふいにリオンの頭に疑問が湧く。


「じゃあ、シルフィードの目的は?」

「リオン様のお役に立つことです」


 即答したシルフィードに、リオンは食い下がる。


「オレのこと以外でさ、せっかくフレスイードの国外に出たんだし、何かやってみたいこととかないのか?」


「そうですね……まあ、あるにはありますが……」


 シルフィードは珍しく言葉を濁した。


「えー、なになに、教えてよー」


 興味津々に聞いてくるリオンに、シルフィードは誤魔化すように咳払いした。


「とりあえず設定を決めましょうか。まあ、旅商人というのが定番でしょうね。すぐに金貨を二枚ほど両替して、荷馬車と適当な商売用の荷物を買いましょう。旅用の荷も積めるし、旅の途中で宿屋がない場合も荷馬車の中に泊まれるでしょう。金に困ったときは荷を売ればいい」


「なるほど」


 リオンは頷く。

 シルフィード、マジで有能なヤツだ。

 さすがは智将と名高い四天王カーディナルの息子だ。


「次は私たちの関係ですが、背格好からして兄弟が無難ですかね。外見はあまり似ていませんが、まあ家庭の事情はいろいろありますし、大丈夫でしょう」

「兄弟かー、おまえの方が年上だから兄貴だな。じゃあオレのことは『リオン』って呼び捨てで呼ぶんだよな?」


 シルフィードに呼び捨てにされるなんて、なんか新鮮だな。

 リオンはわくわくしながらシルフィードの次の言葉を待つ。

 シルフィードは少し表情を強張らせて、小さな声で言った。


「わかりました、リオン……」

「兄弟なら敬語もダメだろ。わかった、だろ?」

 

 リオンの指摘にシルフィードは顔を強張らせる。


「……わかった、リオン……」


 押し殺したような声だった。

 俯いたシルフィードは唇を噛みしめて震えている。その口の端から滲んだ血が垂れた。


「リオン様……私には無理です……あなた様を呼び捨てにし、あまつさえ乱雑な言葉で軽々しく話しかけるなど……」

「わ、わかった。設定を考え直そう。な?」

 

 肩を震わせるシルフィードの背をリオンは優しくなだめた。


 話し合いの結果、リオン達の設定は、没落した大貿易商の子息 (リオン)が唯一の従者 (シルフィード)を連れて御家再興を目指して旅商人をしている、というなんだか複雑な事情を抱えた感じになった。


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