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シルフィードの奮闘

 フレスイードの国境にあるブラッケン山脈は、天空に届くかというほど高く、頂上には常に白い雪が厚く積もっていた。

 山肌は険しく、ごつごつした岩が連なっている。

 月のない闇夜、黒い八本足馬(スレイプニル)の背に乗って、山脈を越える二人の魔族。

 頂上からの冷たい風が雪を巻き上げながら吹き付ける。

 普通の人間ならすぐさま行動不能となり、凍り付いてしまうだろう。

 しかし、二人が着ている黒いフード付きのマントは、高位魔族御用達の高級品で、温度変化を軽減する魔法が付与されている。

 加えてシルフィードが馬のメアを含めた全体に寒冷耐性のバフをかけまくっているので、たいしたダメージはない。

 だからといって、寒くないわけではない。

 雪交じりの風で乱れた髪をかきあげると、リオンは背中を丸めてフードの襟を寄せた。

 はぁ、と吐き出した息は白い。


「ブラッケン山脈の国境目前ってことは……オレは、どれぐらい気を失ってた?」

「かれこれ十時間弱、といったところでしょうか」


 シルフィードの答えに、リオンは怪訝そうに眉を上げた。


「おかしくないか? 魔王城からブラッケン山脈のふもとまで、八本足馬(スレイプニル)でも丸一日はかかるはずだろ?」

「メアには一時的に走行能力が三倍になる薬を飲んでもらっています。あとは、私が

魔法で支援していますからね」


 リオンはドン引きする。

 シルフィードはそんなヤバイ薬を一体どこから調達してきたのか。しかも、数時間にわたってずっとバフをかけ続けているという。

 普通はそんなことはしないし、やりたくてもできない。

 魔力量の多い上位魔族だからこそできた暴挙である。

「メア、大変だったな……」

 リオンは馬に同情しながら、そのたてがみをそっと撫でた。

 いくら丈夫なメアとはいえ、身体に相当負担がかかっているはずだ。

 今は薬とバフの効果ですこぶる元気だが、それが切れたときの疲労感は半端じゃないだろう。


「すべてはリオン様の家出の成功のためです。魔王様に気づかれる前に、なるべく距離を稼ぎたかったのです」


 いけしゃあしゃあと言ったシルフィードは、この様子では他にもいろいろやらかしてるに違いない。


「一体、オレが寝てるあいだ何があった? おまえ、一体どうやってオレを魔王城から連れ出したんだ?」


 リオンは咎めるように言ったが、後ろで手綱を持ったシルフィードは余裕の笑みを浮かべていた。


「私はリオン様のお望み通り、家出にお連れしようと奮闘しただけですよ」

「奮闘って?」

 

 シルフィードは順を追って話し始めた。

 

「まずは、戦略会議が終わったあと、疲れて眠ってしまったリオン様を、召使いに命じて寝室に運ばせました」

「いや、おまえが魔法で眠らせたんだよな?」


 リオンの鮮やかな突っ込みは、華麗にスルーされた。


「そして『リオン様が自ら起床されるまで決して起こすな』ときつく言いおいて、私は一旦自室に戻り、家出に必要な荷物をまとめました。日が暮れたあとに寝室に窓から潜入してリオン様を運び出し、門前で待機させていた八本足馬(スレイプニル)に乗って、魔王城を脱出したというわけです」


 平然と言ったシルフィードに、リオンは呆れる。


「脱出って、簡単に言うなぁ……魔王城のセキュリティ大丈夫か?」


「魔王城は、そもそも外部からの攻撃に備えているので、侵入者に対する防衛設備は強固ですが、中から外へ出るのは案外簡単なんですよ」


 いや、決して簡単ではないだろう。

 しかし、こいつにとっては簡単の範疇なのかもしれない。

 魔王城側としても、上位魔族の裏切りまでは想定していないだろう。

 リオンの側近であるシルフィードが魔王城をうろついていても、誰も不審に思わない。

 それでも、門を出るときぐらいは咎められそうなものだが。


「門番たちに止められなかったのか?」

「事情を話したら快く協力してくれましたよ」

「いや、おまえが魔法で操ったんだよな?」


リオンの突っ込みは、またしてもスルーされた。


「念のために擬態スライムをリオン様の影武者に仕立て、寝室で寝かせておりますので、しばらくは時間が稼げるかと」


 さすがは智将として名高い風の四天王カーディナルの息子だ。この周到さ、短時間でここまでやってのける行動力――無駄に有能と言わざるを得ない。

 

 リオンは感心しつつも、シルフィードに対して怒りを感じていた。


「だいたい、なんで眠らせたんだよ!」


 ふいうちでかけられた眠りの魔法により、リオンの意思とは関係なく決行されてしまった家出――

 リオンが、それを望まなかったといえば嘘になるが、どうせなら自分の意志で家を出たかったというのは、わがままだろうか。

 憤慨するリオンに対して、シルフィードは極めて冷静に告げる。


「今回のミッションは魔王城から王子を連れ出すという、極めて難易度の高いものでした。リオン様が起きていらっしゃると邪魔になると判断しました」


「邪魔って……」


 リオンは絶句する。

 忠誠を誓う主に対してなんという言いぐさだ。


「……っていうか、やってること犯罪だぞ」


 どう見ても王子誘拐だ。

 一緒にいなくなっている状況からも、疑われるのはシルフィードだろう。


「大丈夫です。リオン様の筆跡を真似て、書置きを残してきました」


 自信満々のシルフィードに、リオンは嫌な予感がした。


「なんて書いたんだ?」

「それはもちろん定番の……」


  旅に出ます。

  探さないでください。

       リオン

  P.S.シルフィードも連れて行きます。


 なにが『P.S.』だ。

 ベタな上に、文書偽造である。 

 リオンは無言で頭痛を堪えるかのように、こめかみを押さえた。

 シルフィードの行動は奮闘というより、もはや暴走だ。

 以前から思い込みが激しいところがあったが、リオンが何気なく言ったシルフィードの忠誠心を否定するような言葉が、余計に彼を煽ってしまったのだろう。 

 こうなった一因は自分にもあるとリオンは認めていた。


(さて、これからどうしようか……)


 険しい岩山をものともせず、疾風のように駆けぬける八本足馬(スレイプニル)の背中で、リオンは雪交じりの夜空を見上げる。

 シルフィードの暴挙ともいえる行動にリオンは驚いた。

 勝手に連れ出されたことには怒りを感じたし、犯罪的なやり口には呆れ果てた。

 けれども同時に、この状況にワクワクしている自分がいることにリオンは気がついていた。


 家出――それは、すなわち魔王の息子という理不尽な立場からの解放だ。


 戦争からも、勇者撃退という任務からも逃れられる。

 何より、リオンは幼い頃から、勇者パーティで旅をした母ソフィアの冒険譚を聞いて育った。

 いつしか旅に憧れ、母のように冒険してみたいと思っていたのだ。


「父上、怒るかなぁ……」


 国境である山頂を越え、人間の国に向かって下りながら、リオンは小さく呟いた。


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