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告白と取引

「オレの本名はリオン・グラディウス。シルフィードはオレの従者だ」


「グラディウス……?」


 エルディは目を見開いてその名を呟く。


「魔王グラディウスは、オレの父親だ」


 エルディの目をまっすぐに見つめて、リオンは真実を告げた。

 エルディが息を飲む。


「……リオンの戦闘中に赤くなった瞳を見たとき、もしやとは思いましたが……」


 リオンの父、魔王グラディウスは血のように赤い目と漆黒の髪、三つの角を持つ魔族の王として知られている。


「そして、オレの母親は十八年前にフレスイードにやってきた勇者パーティの一員、聖女ソフィアだ。よく似てるって言われるけど、親子だから当たり前だよな」

 

 肩をすくめたリオンに、エルディは驚愕の表情を浮かべる。


「ソフィア様が母親? 彼女は平和と引き換えに魔王に生贄に捧げられたと聞いていましたが……」


 それを聞いたシルフィードは、苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「それは人間の国がフレスイードと魔族を貶めるためにばらまいた卑劣な作り話だ。実際は魔王様とソフィア様は大変仲睦まじいご夫婦だった」

「なるほど、そういうことですか……」


 エルディは考え込むように顎に手を当て、俯いている。


「ソフィア様は一年前の里帰り中に盗賊に襲われて亡くなった。そのせいで魔王様は哀しみに暮れ、世界には再び戦火が訪れることになった。リオン様はそのことを憂うあまり、国を出られたのだ」


 正確にはシルフィードが家出を強行したのだが。

 それを言い出すと話が複雑になりそうなのでリオンは黙っていた。

 まあ、結果的に大筋合ってるし。

 

「……それで、君たちは国を出て、何をしているんですか?」


 エルディの疑問ももっともだ。

 成り行きとはいえ、冒険者になって、勇者を助けて、火竜を討伐して……

 我ながら、どうしてこうなったのか不思議だ。

 そう考えてリオンは苦笑したが、今となっては、すべてはある一つの情報を得るために、導かれた結果だったように思う。

 そうなったのは偶然だったが、まるで必然のようにリオンには思えた。

 リオンは核心に触れる。  


「エルディは、キグナシア帝国にいる聖女ラスティアという女性を知っているか?」


 唐突にそう振られて、エルディは目を丸くした。


「……面識はありませんが、キグナシアの大聖堂に強力な白魔法を使う聖女がいるということは知っています。半年ほど前に集めた情報です」


「エリオネルによると、その方は、オレによく似ているらしいんだ。オレに似てるってことは、母上にも似てるってことだ」


 リオンの言葉に、エルディは怪訝そうに眉を寄せた。

 苦し気に顔を歪めてリオンは続ける。


「見つかった母上の死体は焼け爛れていて、顔の判別はつかなかった」

「それは……」

「オレは、もしかしたら母上は死んでないんじゃないかと考えている」


 驚愕の表情を浮かべたエルディを、リオンは真っすぐに見つめる。


「オレたちの旅の目的は、その聖女ラスティアに会い、母上かどうかを確かめることだ。そのために情報が欲しい。エルディ、聖女ラスティアの情報を集めてくれないか」

「…………」


 リオンの言葉を聞いて、エルディは自分を抱きしめるようにして下を向いた。

 よく見ると小刻みに震えている。


「エルディ……?」


 リオンは怪訝そうにエルディの顔を覗き込んだ。

 次の瞬間、顔を上げたエルディは真っ赤な顔で瞳を潤ませていた。


「……すみません、ここまで面白そうな依頼は久しぶりで……」


 まるで恋する少女のような表情で、エルディは身を乗り出し、両手でリオンの手を取って、しっかりと握りしめた。 


「わかりました。聖女ラスティアの情報、僕が全力でお調べします。ただし――」


 少し引き気味のリオンに向かって、エルディはにっこり笑った。


「仕事として受けるからには、対価はいただきますよ」


 エルディの言葉にリオンは頷く。


「ああ、わかってる。いくらだ?」

「そうですね……難易度から考えて、相場だと金貨五枚はくだらないですが……」

「金貨五枚!?」

 

 それはちょっとどころではなく、かなり厳しい。

 というか、今のリオンたちの手持ちは銀貨四十二枚だ。逆立ちしたって足りない。


「ごめん、エルディ……払えない……」


 がっくりと肩を落としたリオンの横で、シルフィードが提案する。


「フレスイードの通貨でなら払えるが……」


 エルディは首を振った。


「情報収集に行く場所がフレスイードならそれでもいいんですが、なにせ必要経費も込みなので……」


 エルディは腕を組んで少し考えたあと、リオンの前に指を三本立てた。


「わかりました。まずは手付金として銀貨三十枚、成功報酬として金貨三枚、後払いでどうでしょう」

 

 金貨五枚に比べたら破格の提案だった。

 それならばなんとかなる。リオンは顔を上げる。

 

「ただし条件があります」

「条件?」 

 

 リオンの前で、エルディは目を輝かせる。  

 

「大聖堂に行くときは、僕も一緒に連れて行ってください。君たちの行く末をリアルタイムで見たいんです」


 エルディの条件は、まさに『好奇心を満たすためなら死んでもいい』と言い切った彼の言葉を体現していた。


「……わかった」


 リオンはその条件を受けることにした。

 革袋の中から、エルディに銀貨三十枚を渡す。

 これでリオンたちの手持ちは銀貨十二枚になった。

 そして後払いの金貨三枚は、事実上エルディに対する借金のようなものである。

 銀貨を受け取ったエルディは、リオンに向かって微笑んだ。

  

「僕はこれから勇者の観測者の任務報告のためにキグナシアの首都に行きます。ついでに聖女ラスティアの件を調査してくるので、ご報告に伺うまでに残りの金貨三枚、稼いでおいてくださいね」

 

 釘を刺すように言ったエルディに、リオンは苦笑いしながら頷いた。

 なにかにつけて、世の中金である。

 実に世知辛い現実だった。

 稼いでおいてと言われても、現状Fランク冒険者のリオンたちに、どれだけ稼げるだろうか。

 そんなリオンの心情を察してか、エルディが言う。


「今後のことですが、金策と実益を兼ねた策として、僕からアドバイスしましょう。現状、聖女ラスティアに会う方法として一番の近道は――リオン、あなたが勇者になることです」

「はぁ!?」


 思いもよらないことを言われて、リオンは目を見開いた。シルフィードも驚きの表情を浮かべている。

 エルディは柔和に微笑みながら続ける。


「勇者になれば、必然的にラスティア様の加護を受けることができるでしょう?」

「いや、でも、それ……普通に嫌なんだけど……」


 エルディの提案は、勇者は敵だと思っているリオンからすれば、受け入れがたいものだった。


「でも、それが最善の道です。大聖堂を強行突破するのは難易度が高すぎる。あそこを守っている聖騎士団はキグナシア帝国最強クラスの精鋭です。いくら魔王の息子といえど不可能だと思います」

「こっそり侵入するのも無理かな?」

「無理でしょうね」


 エルディはきっぱりとそう言った。

 リオンは渋い顔で唸りながら、勇者になるという選択肢について考える。 

 背に腹は変えられないとはいえ、あんまりではないか。


「リオン様、とりあえず形だけでもいいんじゃないですか? 聖女の加護を受けるまでの我慢です」

 

 シルフィードまでそんなことを言ってきた。

 案外こいつは面白がっているのかもしれない。

 シルフィードはそういう奴だ。


「うう……でも、勇者になるって言っても、どうすれば……」


 悩ましげな様子のリオンに、エルディは笑顔で言う。


「簡単です。まずはAランク冒険者になって……」

「簡単じゃねぇ!!」


 リオンは思わず盛大に突っ込んでしまった。

 さすがは好奇心のためだけにSランクをとったエルディだ。

 感覚がおかしい。


「大丈夫です。リオンの力なら、今でもAランクぐらいいけると僕は思います。Aランクになれば高額依頼で金も稼げますし、キグナシア帝国が定期的行っている勇者の選抜試験が受けられます。勇者候補者ならば、キグナシア帝国への通行許可も簡単に出ますよ」


 エルディの提案は、難易度こそは高いが、聖女ラスティアに会うまでのスムーズな最短ルートを示していることを認めざるを得なかった。

 エルディとリオンとシルフィードは、今後の情報交換のためにギルアドを交換した。

 ギルドのシステムを利用して、遠く離れた場所からも連絡をとれるようにするためだ。

 こうして、情報屋エルディはリオンの協力者となった。 

  




 エルディがテーブルの上の羊皮紙に手で触れると、描かれた魔方陣から火が出て、一瞬で燃え尽きた。

 それが結界魔法の終了の合図だった。

 ざわざわした周囲の声がいきなり聞こえてきて、リオンは弾かれたように周囲を見回した。

 気づけば昼食の客で食堂の席はかなり埋まっていた。

 リオン達の席を見た店員が慌てながら、すでに完成していた料理を運んでくる。

 結界魔法のせいで、リオン達の席は店員の意識から消えていたようだ。

 エルディの頼んだ料理は、Sランク情報屋のおススメメニューだけあって、どれもかなり美味しかった。

 料理の味を噛みしめながらも、リオンは実に不本意な今後の方針について考える。

 魔王の息子が、勇者になる――

 

(……まったく、どうしてこうなったんだ……)


 内心頭を抱えながらも、目的のためには、この道を進むしかないのだ。 

 


 こうしてリオンはまずはAランク冒険者を、ゆくゆくは勇者を目指すことになったのだった。 



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