エルディの秘密
冒険者ギルドの建物内には、冒険者たちが立ち寄る食堂がある。
温かみのある木の壁で囲まれた店内は広々としていて、大きな梁のかかる天井には橙色のランタンがぶら下がっている。
その下には六人掛けの木製のテーブルと椅子がずらりと並んでいた。
昼食にはまだ少し早い時間ということもあり、客の入りはまばらだったが、厨房スペースでは食事の下ごしらえやスープの調理をする料理人があわただしく行き来している。
エルディに連れられたリオンとシルフィードは、食堂の一番奥にある席に座った。
この店の食事のメニューはそこそこ豊富で、山でとれた魔獣や木の実、キノコなどの料理をメインに提供している。
リーズナブルな割には美味しいと評判で、冒険者以外に街の人々や旅商人の客も多い。
「僕のおススメは、破牙猪とキノコのシチューと、長毛獣のステーキかな? あと雪牛チーズ入りのパンも美味しいですよ。何か食べたいものあります?」
テーブルの向かい側に座ったエルディがにこやかに尋ねたが、リオンには食事のメニューを気にする余裕はなかった。
先ほどまでのやり取りで、警戒するなという方が無理だろう。
リオンは顔を強張らせたまま、無言で首を振った。
シルフィードはリオンの隣で険しい表情でエルディを睨んでいた。
エルディは慣れた様子で店員を呼んで数種類の料理を注文すると、手のひらサイズの羊皮紙を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。
羊皮紙には複雑な図形と文字のようなものが、ごちゃごちゃと書かれている。
「これ、秘密部屋っていう結界魔法なんだけど、この紙に描かれた魔方陣を起動すると、結界の有効範囲内の出来事が周囲から感知されなくなるという便利な魔法です」
エルディの言葉に、シルフィードがピクリと反応する。
シルフィードは、こういった珍しい魔法や魔道具の類に目がないのだ。
「感知されなくなる、というのはどういうことだ? 音や視界を遮断する魔法か?」
「というよりも、気配を消すというのが近いかな? その辺に落ちてる石ころみたいに人の注意をひかなくなる。こういう場所で内緒話をするには、うってつけの結界ですよ」
そう言いながら、エルディは羊皮紙に触れると、中に描かれた図形のようなものが微かに光った。
周囲に薄いヴェールのような魔力が広がり、三人の周囲を包み込んで、一瞬で消えた。
「それでは、内緒話をしましょう」
エルディが頬杖をついて微笑む。
一見親しみやすいエルディの笑顔に底知れぬ気味の悪さを感じて、リオンはゴクリと唾を飲み込んだ。
空気がピンと張りつめている。
だが、リオンとシルフィードの険しい視線を気にする様子もなく、エルディはいつもの調子で話し始めた。
「では、まずは信用してもらうためにも、僕の方から話しましょうか。まず、なぜ僕がこの金のカードを持っているか、ですが……」
エルディの手元でSランク冒険者の証である金色のカードがキラリと光った。
「僕はもともとAランク冒険者の資格は持っていました。Sランクに昇格したのは、キグナシア帝国からの依頼で、フレスイードに行った勇者エリオネル一行の観測者の仕事を請け負ったからです」
「観測者……?」
怪訝な顔をするリオンとシルフィードに、エルディは笑顔で説明する。
「少し離れたところで彼らの動向を見守る仕事です。戦闘の間は客観的な視点の情報が取れますし、最悪、勇者たちが全滅しても、僕が戻れば彼らの死は無駄にはならない。その他にフレスイードの地形や魔物の生態系の調査もしていました」
なるほど、キグナシア側は勇者と観測者の二段構えで調査をしていたのか。
念入りな情報収集に、キグナシア帝国がフレスイードの制圧を本気で目指していることが伺える。
改めてフレスイードに迫るキグナシアの脅威を感じて、リオンは背筋が冷たくなるのを感じた。
シルフィードは冷静にエルディに問う。
「フレスイードに向かった勇者は複数いると聞いているが、全員に観測者がついているのか?」
「別のパーティのことは知りませんが、可能性はありますね」
「エリオネルたちは、このことを知っているのか?」
「勇者たちは、観測者がついていることは知っていますが、それが誰かということまでは知りません。僕も観測者としてエリオネル様の前に姿を見せたことはない。エリオネル様にとって、僕は勇者の冒険譚を語りつぐ吟遊詩人の一人にすぎない」
穏やかな笑みを浮かべて、エルディは亜麻色の長い髪を指で弄んだ。
エルディの話を信じるならば、彼は勇者と同様、キグナシア帝国に属する魔族の敵ということになる。
リオンはテーブルの下でぎゅっと拳を握りしめた。
やはり油断ならない。彼は警戒すべき対象だ。
「勇者の観測者――それが、おまえの正体ということか」
シルフィードの言葉に、エルディは「いいえ」と答えて首を振る。
「僕の本業は情報屋です」
「情報屋?」
「そう。趣味と実益を兼ねて、いろんなところから情報を集めて売るのが僕の仕事。冒険者のAランクライセンスを取ったのも、その仕事に有利だからです。まあ、その優秀さのせいでキグナシアから目をつけられ、観測者という役目をやらされたわけですが……」
エルディはやれやれといった風に肩をすくめる。
やらされた、という言い方は、キグナシアに任じられた観測者という役目は嫌々ながら請け負ったようにも聞こえる。
完全にキグナシア側というわけでもないのか?
だが、その態度すらブラフなのかもしれない。
リオン達を信用させて、何らかの情報を引き出すつもりかもしれない。
エルディの真意が掴めず、リオンは内心歯噛みする。
そんなリオンの胸中を知ってか知らずか、エルディは相変わらず穏やかな声で話を続ける。
「ちなみに吟遊詩人というのは、いわば表の顔ですね。この職業は情報集めに便利なんですよ。酒場はいろんな情報が集まるし、お酒が入ると人の口も軽くなりますからね」
にこやかに笑うエルディに、シルフィードは氷のように冷たい視線を向けた。
「それで、私たちの情報を集めてどこに売るつもりだ?」
そう問いかけたシルフィードの声は威圧的な響きを含んでいた。
通常の神経なら少しは怯みそうなものだが、エルディはまるで意に介さない。
その様子は彼が情報屋として潜ってきた修羅場の数を物語っているようだ。
「それは誤解です」
シルフィードの言葉に、エルディは首を振った。
「信じてもらえないかもしれませんが、君たちに近づいたのは、単純に好奇心からの行動です。僕は面白いことが大好きなんです」
エルディの整った顔から微笑みが消え、急に真面目な顔になった。
長い睫毛に縁どられた茶色い瞳が真摯な輝きを帯びてリオンとシルフィードをまっすぐに見つめる。
「僕は、自分の好奇心を満たすためなら、死んでもいいと思っています」
エルディはきっぱりとそう言った。
(いや、それ、真面目な顔できっぱり宣言することじゃないよね?)
すかさずリオンが心の中で突っ込む。
エルディってもしかしてちょっと、変な人……?
リオンの訝しむような視線を受けて、エルディは大まじめに言葉を続けた。
「そうじゃないと、君たちが魔族だと知っていて、こんな話、しないでしょ?」
「!」
いきなり核心を突かれて、リオンは目を見開く。
一方、シルフィードは表情を変えず、エルディの言葉を肯定も否定もしなかった。
ただ静かにに問いかける。
「……なぜ、そう思うんだ?」
「見てました」
エルディは両目の周りを手で囲んだ。
そのしぐさに、リオンはハッとする。
確かエルディは火竜討伐戦のとき、双眼鏡を使っていた。
「僕、状態異常系の魔法耐性は高いから、結構早く起きられたんですよ」
ふふっと笑ったエルディに、リオンはおそるおそる問いかけた。
「……どこから見てたの?」
「リオンが黒い火竜の翼をぶった切ったところですかね」
それは、つまりほとんど全部見てたってことになる。
あちゃーと額を押さえたリオンの前で、エルディは茶色い瞳を輝かせる。
「いやー、あの戦いはすごかったですね! とくに特に火竜たちをじわじわ痛めつけた上、一回ぶっ殺して蘇生させたところなんて最高でした! あの戦いで僕はすっかりリオンのファンになってしまったんです!」
テンション高めの早口でそう言ったエルディは、目をキラキラさせてリオンを見ていた。
そういえば、あの戦いの直後に誰かが似たようなことを言っていたな。
リオンがジト目で横を見ると、シルフィードがうんうんと頷いている。
なに納得しているんだこいつ……
ちょっと引き気味のリオンの前で、エルディは話し続ける。
「それと、戦いが終わったあとに君たちが僕のいたところに来て、しれっと寝たふりを決め込んだとき! あれは傑作でした! もう笑いをこらえるのが大変で……」
エルディは言いながら思い出して吹き出してしまい、慌てて手で口を抑えた。
普段の落ち着いたエルディからは想像もつかないその様子は、とても演技とは思えなかった。
シルフィードが訝しげな表情でエルディに問いかける。
「そこまで見ていて何故、ギルドに報告しなかったんだ?」
「だって、そんなことしたら君たちが困りますよね? 正体を隠しているんでしょう?」
きょとんとしてそう言ったエルディに、リオンもシルフィードもなんとも言えない顔になった。
もしかしてエルディは、本当の本気で、好奇心だけで声をかけてきたのだろうか?
「さあ、次は僕が尋ねる番でいいですか?」
リオンとシルフィードに向かって、エルディはにっこり微笑んだ。
「君たちの目的は? なぜ魔族の君たちが、人間の国で冒険者なんかになったんですか?」
「…………」
少しの沈黙の後、意を決して発言したのはリオンだった。
「……エルディ、話をする前に、聞いておきたい。情報屋として、オレの依頼を受ける気はあるか?」
エルディは一瞬、虚を突かれたような表情をした後、いつものように微笑んだ。
「そうですね、ことと次第によっては、お役に立てると思います」
リオンはその答えを聞いて、ゆっくりと頷いた。
「わかった。話そう」
「リオン様、それは……」
咎めるようなシルフィードの声を制して、リオンは言った。
「シルフィード、気持ちはわかるが、今は少しでも情報が欲しい」
得体の知れない情報屋の力を借りてでも、聖女ラスティアに関する情報が欲しい。
それが、リオンの出した答えだった。




