旅の目的
「……は?」
エリオネルによる突然の勇者パーティへの勧誘に、リオンは一瞬、頭が真っ白になった。
驚きに目を丸くしたリオンに、エリオネルはキラキラの勇者スマイルを向ける。
「今後の魔族との戦いを想定して、ちょうど回復役が欲しかったところなんだ。リオンほどの使い手なら申し分ない。もちろんシルフィードも一緒でいい。そうすれば兄たちからも、魔族からも守ってあげられる。悪い話じゃないだろう」
いやいやいやいや、悪い話もなにも、ダメだろ。
勇者が魔王の息子をパーティに勧誘したらダメだろ。
エリオネルのキラキラ笑顔に向かって、リオンは心の中で突っ込んだ。
シルフィードはエリオネルに笑顔を向ける。
「またまた、ご冗談を。Fランクなんて入れたら勇者パーティの名折れですよ」
やんわりと断っているのだ。
シルフィードも内心、めちゃくちゃ嫌がっているのがリオンにはわかった。
「それは大丈夫だ。リオンは白魔法だけならAランク並みの実力があると思う。なんなら、僕がギルドにランクアップの推薦状を出そう!」
エリオネルはやる気満々だ。
こちらが嫌がっているとは露ほどにも思っていないだろう。
さすがの勇者メンタルである。
リオンの空気を読む能力が告げている。
こういう相手は、はっきり言わないとわからないのだ。
「お断りします!」
エリオネルに向かって、リオンはきっぱりはっきりそう言った。
勇者って生理的に無理なんです! という言葉は飲み込む。
まさか自分の勧誘を断られるとは思っていなかったエリオネルは、ショックを受けて固まってしまった。
「そうか……残念だ……」
青ざめて震える声で、エリオネルはやっとそう言った。
がっくりと肩を落として下を向いたその様子は、さっきまでの自信に溢れた勇者の姿とは別人のようだ。
あからさまに傷ついた様子のエリオネルがかわいそうになって、リオンは言い訳する。
「あの……エリオネル様のパーティが嫌とかじゃなくて……オレ、せっかく冒険者になったし、もっと自由に冒険して世界を見て回りたくて……」
リオンの言葉を聞くとエリオネルは顔を上げ、フッと表情を和ませた。
「ああ……わかるよその気持ち。僕も冒険者になりたての頃は同じことを思っていた。そうだな、君のような少年には、まだ魔族との戦いという使命を背負わせるのは酷だよな」
よかった。なんか納得してくれたらしい。
ホッと息をついたリオンに、エリオネルは余裕に満ちた微笑みを浮かべて言った。
「でも気が変わったらいつでも声をかけてくれ。心から歓迎しよう」
「ハハハ……」
とりあえず愛想笑いを浮かべたリオンの前で、エリオネルは自分のギルドカードを取り出す。
金色に光るSランクのカードは、冒険者最高位の証だ。
エリオネルは二人に向かってカードを差し出し、キラキラの勇者スマイルを向けた。
「じゃあ二人とも、友情の証としてギルアド交換しよう!」
薄っぺらい愛想笑いを浮かべたリオンは、今度はエリオネルの提案を断らなかった。
勇者の仲間になるより、ギルアド交換の方がマシだと思った。
正直言うと、もう何もかもがめんどくさかったのだ。
リオンとシルフィードは緑色のカードを出して、エリオネルのカードに重ね合わせた。
「交換」
魔王の息子と勇者のギルアドが交換された歴史的瞬間だった。
「何かあったらいつでも連絡してくれ。可能な限り力になるよ」
「ありがとうございます」
愛想笑いを顔に貼り付けて礼を言ったリオンに、エリオネルが思い出したように言った。
「そういえば、リオンは回復魔法の血筋ということだが、血縁に高名な聖女様はいないかい? 君に面差しがよく似ている方を知っているのだが……」
「ああ、よく言われますが、聖女ソフィア様なら赤の他人です」
今までの展開から先回りしてそう言ったリオンの言葉を、エリオネルは否定した。
「いや、生憎、僕はソフィア様とは面識がない。絵姿や石像を拝見したことはあるが……言われてみれば、ソフィア様にも似てる気がするな」
「……え?」
エリオネルの意外な反応に言葉を失ったリオンの代わりに、シルフィードが発言する。
「ソフィア様でないとしたら、どなたのことをおっしゃっているのですか?」
「聖女ラスティア様だ。キグナシアの大聖堂で最高位の司祭を務めていらっしゃる方だ。僕は勇者としてフレスイードに向かうことが決まったとき、ラスティア様に聖なる加護を賜った。そのおかげで様々な魔法に耐性があるんだ」
エリオネルのセリフの後半は、ほとんどリオンの頭に入らなかった。
「ラスティア……?」
自分に似ているという聖女の名を、リオンは呆然と呟いた。
リオンとシルフィードがギルドの建物を出た時、もう外は夕闇に包まれていた。
なんだかひどく疲れていた。まだフレスイードを出て二日ぐらいなのに、いろんなことがありすぎたせいだろうか。
石畳の道に街灯はなかったが、周囲の建物の窓から漏れる明かりと、空に浮かんだ満月の光で辺りはほんのりと明るい。
シルフィードと二人で宿屋までの道のりを歩きながら、リオンはエリオネルの言ったラスティアという聖女のことを考えていた。
エリオネルに問いただしてみたが、彼も聖女ラスティアについて詳しいことは知らなかった。
わかったのは、キグナシア帝国の大聖堂にいること。
勇者に加護を与えて強化する儀式を行っていること。
そして、顔立ちがリオンに似ているということ――
「リオン様、聖女ラスティアのことを考えているのですか?」
シルフィードに声をかけられ、リオンはハッと我に返った。
「……ラスティアについて、おまえはどう思う?」
「他人の空似かもしれませんが、そうではないかもしれませんね」
その意味ありげな言い方に、リオンも頷く。
リオンに似た聖女で、強力な加護を授ける能力。
「……母上の血縁の方だろうか?」
「あるいは、ソフィア様本人か――」
シルフィードの言葉に、リオンは息を飲んだ。
それは、リオンが心の中で否定して否定して、けれども万が一の可能性を捨てきれなかった答えだった。
「母上は、エターナの首都からアルセに移動中の馬車で、盗賊に殺された」
リオンの声は震えていた。
強盗の上、焼き討ちにあった馬車の中から見つかった母ソフィアの遺体は、見るも無残に焼け爛れていた。
顔の判別がつかない程に。
運よく盗賊から逃げて生き残った者の証言と、背格好、残った頭髪、身に着けていた遺品などから、遺体はソフィアのものとされた。
しかし、根拠はそれだけだ。
遺体が本当にソフィアのものだという証拠は、どこにもないのだ。
「もし、何者かが、よく似た背格好の女の死体を焼いて、母上の遺体をでっち上げたとしたら?」
リオンの考える万が一の可能性に、シルフィードは頷いた。
「調べてみる価値はあると思います」
ふいに、シルフィードが立ち止まった。
リオンもつられて止まると、そこは石畳の広場だった。
冷たい夜風が木々を揺らし、二人の頬を撫でていく。
昼間は人々で賑わっていたこの場所も、この時間になると人影はない。
夜の闇に包まれたこの場所にいるのは、リオンとシルフィードの二人だけだった。
シルフィードは無言でその広場の中心、聖女ソフィアの像の前に進む。リオンも、それに続いた。
満月に照らされた聖女の石像は、相変わらず跪いて天に向かって一心に祈っていた。
シルフィードはその光景を目を細めて見上げる。
「この街に着いたとき、この広場で、リオン様は私に『やってみたいことはないか?』と尋ねましたよね」
シルフィードの横顔を見ながら、そんなこともあったなと、リオンは思い出した。
あの時は、なんだかんだで誤魔化されてしまったけれど。
石像を見上げたまま、シルフィードは淡々と続ける。
「ソフィア様を襲った盗賊たちを探して皆殺しにする。それが、人間の国で私がやりたいことでした」
シルフィードの答えに、リオンは驚いて目を見開く。
石像からリオンに向き直って、シルフィードは言う。
「今日、他にもやりたいことが見つかりました」
淡い月明かりに照らされた聖女ソフィアの像の前で、シルフィードはリオンを見つめる。
その深海のような青い瞳は、強い決意を秘めていた。
「聖女ラスティアが、ソフィア様本人かどうか確かめたい。それが、私のやりたいことです」
その瞬間、リオンの胸に込み上げてきた熱い想い。
みるみる滲んできた視界に、リオンはぎゅっと目を閉じた。
溢れた涙が頬を伝う。
母上が生きている――リオンはその可能性に思い至ると同時に、決して期待してはいけないと思った。
もし別人だったら?
可能性は高い。期待を裏切られて痛い思いをするのは嫌だ。
じゃあ、本人だったら?
なぜ、魔族と敵対するキグナシアにいて、勇者の味方をしている?
それが母の望みなら、絶望しかない。
それでも――
「オレ、母上に逢いたい……」
嗚咽まじりで吐き出した言葉が、リオンの本心だった。
母上がキグナシアの聖女でも、魔族の敵でも、なんでもいい。
母上に逢いたい。
シルフィードの言葉をきっかけに、堰を切って溢れ出た想いは止まらなかった。
リオンの緑色の瞳から大粒の涙が次々とこぼれる。
シルフィードの前で、しかも母の像の前で泣くなんて情けないと思ったけど、我慢できなかった。
濡れた頬を手で拭いながら、リオンはシルフィードに向かって笑って見せる。
「オレたちの旅の目的が見つかったな」
シルフィードも微笑んで頷いた。
満月の下で聖女の像が、二人の行く末を祈っている。
リオンとシルフィードの旅は、まだ始まったばかりだ。




