竜の角笛
円形状にひび割れて陥没した地面に、二匹の火竜が寄り添うように横たわっている。
その前で、がっくりと肩を落として佇むリオン。
うっかり口から出てしまった重力魔法は思いのほか強力だった。
こんなことをするつもりはなかった。
火竜たちに戦意を失わせて、この場所を去るように諭したいと思っていた。
平和的に話し合いで解決したいと思っていたのだ。
その結果がこの惨状である。
(ほんと、ゴメン……わざとじゃないんだ……)
リオンは心の中で火竜たちに詫びながら、とりあえず蘇生をかけてみた。
火竜たちは白い光に包まれて、あっさりと息を吹き返す。
生き返った火竜たちは、何が起こったかわからないようで呆然としていた。
火竜たちの身体には、まだ生々しい傷が多数残っていたので、続けざまに大回復をかけてみる。
みるみるうちに二匹の傷が治り、リオンが切り落とした翼も尻尾も再生した。
「よし、これで元通りだな」
そう言って、ふうっと息をついたリオンを、火竜たちは恐ろしいものを見るような目で見ていた。
赤火竜にいたっては怯えて小刻みに震えている。
彼らは完全に戦意を喪失していた。
よし、これはチャンスだ。
ここぞとばかりにリオンは言い放った。
「おまえら、この場所から去れ。そうすれば見逃してやる」
言いながら、リオンは折れた剣を鞘に納める。
このまま逃げてくれればいい。
頼むからそうしてくれ――
火竜たちは、金色の瞳を大きく見開いたまま、息を呑むようにリオンを凝視していた。
そこには、怒りも憎しみもなかった。
そこにあったのは、絶対的な強者への深い畏怖だった。
リオンの前で、二匹の巨体が恭しく首を垂れる。
誇り高い竜種が頭を下げ、無防備に首を差し出す姿勢。
それが示すのは、絶対的な王者に対する服従だ。
「え……?」
火竜たちの突然の豹変に、リオンは戸惑う。
「リオン様、お疲れ様でした」
いつのまにかシルフィードが後ろに現れていた。
平伏する二匹の火竜を見ると、彼はフッと笑った。
「リオン様の臣下になりたいようですね」
「ええっ!?」
リオンは困った顔になる。
「……どうしよう。火竜なんか飼えないよ、お金もないし……」
まるで捨て犬を拾った子供のように言ったリオンに、シルフィードは笑う。
「臣下にした上で命令すればいいんですよ。ここを去って、別のところで暮らせって。そしたら火竜の撃退依頼は完了です」
「なるほど!」
シルフィードの提案に、リオンはポンと手を打った。
さすが智将と名高い四天王カーディナルの息子シルフィードだ。頭いいな。
こうして、火竜たちはリオンに諭され、洞窟から去った。
一応、巣を作るならフレスイード側の山にしろと言っておいた。
魔族たちは竜が山に巣を作ったところで気にはしないだろう。
青空に飛び去る二匹の後ろ姿を見送りながら、リオンは大きく深呼吸した。
「やっと終わった……」
しみじみとそう言ったリオンに、シルフィードが敬意を込めて一礼する。
「お見事でした。さすがはリオン様です。特に火竜たちをさんざん痛めつけた上で、一回ぶっ殺して蘇生したところなんて最高でした。平和主義って言いながら、リオン様が一番えげつないですよね」
「……それ、皮肉か?」
じっとりとした目で見上げてきたリオンに、シルフィードは笑顔で答える。
「心の底から称賛していますよ。リオン様は最高です」
一応褒められたようだが、リオンは複雑な気持ちになった。
「そういえば、黒火竜がくれたんだけど、これ、何だと思う?」
リオンがシルフィードに手のひらの中に収まるぐらいの小さな角の欠片を見せた。
色合いや材質からいって、黒火竜の角のようだが。
「これは……『竜の角笛』ですね。以前本で読んだことがあります。竜を呼び寄せるための道具です」
「呼び寄せる!? こんな笛で? 笛の音なんて遠くにいたら聞こえないだろ?」
リオンの疑問に、博識なシルフィードは答えを持っていた。
「吹いても音は鳴りませんよ。吹くことによって角笛に契約者の魔力が吹きこまれ、竜はその位置を辿って来る仕組みです。契約有効状態の竜の角笛は、とても貴重なものですよ」
「ふーん……」
リオンは手のひらの上の笛を眺めながら、首を傾げる。
「というか、契約なんてした覚えないんだけど……」
「竜がそれを望んだからリオン様に笛を渡したんでしょう。その時点で契約成立です」
「そんな一方的な契約ありかよ!?」
あまりの理不尽さに頭を抱えたリオンに、シルフィードが微笑んで言った。
「火竜の奴隷ができましたね」
「せめて仲間って言ってくれ……」
こうして、リオンに新しい仲間が加わった。
時刻はすでに午後を過ぎていた。
山肌に開いた洞窟の前、荒々しい戦いの爪痕が残る大地に、あたたかな春の陽気が降り注いでいる。
青空の下、戦いで消耗したボロボロの装備をまとって、すやすやと眠りこけている冒険者たちは、そのうち目を覚ますだろう。
彼らにこの状況をどう説明すべきか……
この先の苦労を思い、リオンはげんなりしながら、深いため息をついた。




