リオンVS火竜×2
山肌にぽっかり開いた洞窟の前、戦場の風景は一変していた。
春の陽気が降り注ぐ青空の下、荒々しい戦いの爪痕が残る大地。
そこには、魔法で拘束された二匹の竜が、逃れようと吼えながら暴れまわっていた。
周辺には、火竜の集団討伐に参加した二十一名の冒険者たちが倒れている。
先ほどまで繰り広げられていた激しい戦闘を物語るように、全員が衣服も鎧もボロボロで、血と汗と土埃にまみれていた。
その光景は一見、死体の山に見えた。
だが、実際は全員生きていて、傷一つない。
彼らはただ、安らかに眠っているだけだ。
そんな中、ただ二人だけがその場に立っていた。
黒いフードつきのマントに身を包んだ二人――リオンとシルフィードは、顔色一つ変えずに、目前で暴れまわる火竜たちを眺めていた。
「そろそろ拘束が切れるな。さて、こいつらをどうするか……」
腕を組んで思案するリオンに、シルフィードが微笑む。
「本気出して大丈夫ですよ。人間はすべて眠らせましたから」
リオンは少し顔をしかめてシルフィードを見上げた。
「おまえは何もしないのか?」
「では、支援魔法でもかけましょうか?」
「そうじゃなくて、一匹引き受けるとかさ」
「私はリオン様ほど優しくないので、残酷に弄んでしまうかもしれませんが……」
シルフィードの性格を考えると本当にやりかねない。
火竜たちを苦しめたいわけじゃない。なるべく穏便に去ってほしいだけだ。
「……オレがやるよ」
「では、私はお邪魔にならないように観戦させていただきます」
しぶしぶ宣言したリオンに、シルフィードは恭しく一礼して、その場から消えた。姿を消す魔法だ。
主人をこき使うとは、なんて従者だ。
「オレ、戦いは嫌いなんだけど……」
げんなりしながらリオンが呟いた瞬間、バチンと音を立てて拘束が切れ、二匹の竜が解き放たれる。
翼を切られて地に落とされた上、拘束された黒火竜に、飛び跳ねた瞬間に拘束されて無様に転ばされた赤火竜。
二匹の竜が、怒りに燃える目でリオンを睨んでいた。
(あーあ、めっちゃ怒ってるよー……)
火竜たちを見上げながら、リオンは大きなため息をついた。
実は、リオンは火竜たちに同情していた。
自宅でくつろいでいたところに、突然異臭のする煙で追い立てられて、攻撃された赤火竜。
帰ってきたら自宅が荒らされたあげく、嫁が大勢に襲われていた黒火竜。
怒り狂って襲撃者たちに牙を剥くのは当然のことだ。
そもそも、この場所から追い払いたいのは、人間の一方的な事情である。
もちろん、街や街道の近くに巣を作ってほしくないという人間の都合も、わかりはするのだが。
(できれば穏便に、話し合いで解決……できないんだよなぁ)
襲い来る黒火竜のブレスを避けながら、リオンは再びため息をついた。
避けた先に叩きつけられた赤火竜の尾を飛び上がってかわす。
そのまま赤火竜の背に着地すると剣を振りぬき、翼を大きく切り裂いた。
飛ばれたら面倒だ。
土煙と共に翼から鮮血が飛び散り、赤火竜が悲痛な叫びを上げた。
すかさず黒火竜の憤怒のブレスが飛んでくる。
ますます話し合いなどできない雰囲気になってきた。
竜種はとても賢い。
長く生きた竜の中には、言葉を話す個体もいるぐらいだ。
竜以外でも知能を持つ魔物の中には、人語を理解するものもいる。
彼らは言葉自体の意味ではなく、その言葉に込められた気配みたいなものを敏感に感じ取っているのだ。
おそらく、この火竜達も話せば理解できるだろう。
ただし、話せる状態ならばだ。
この状況では、とてもじゃないが話を聞いてもらえそうにない。
ならば――力ずくでわからせるしかない。
リオンの瞳が緑色から血のような赤い色に変わる。
それは、父親である魔王グラディウスと同じ色だ。
暴れる竜の翼の風圧に煽られ、黒いフードが脱げると、金色の髪の間からは二本の角が覗いていた。
リオンは、戦いが嫌いだ。
だが、戦えないわけではない。
回復魔法は聖女である母に習った。
剣技と攻撃魔法は魔王である父に。
それぞれの頂点の実力を持つ二人の血を引き、彼らに直々に手ほどきを受けたリオンは、魔王の息子として相応しい実力を持っていた。
しかも、光属性の回復魔法に、闇属性の攻撃魔法という相反する属性を使いこなすリオンは、魔族の中でも稀有な存在だった。
怒りに任せて咆哮を上げながら突進してきた赤火竜の脚を、リオンの剣が切り裂いた。
中古のミドルソードも、魔力で強化すれば、それなりに切れる。
よろけた赤火竜をかばうように、黒火竜が火炎のブレスを吐きながら乱入してきた。
とっさに後ろに飛んで直撃は避けるが、襲い来る熱風に炙られてリオンは顔をしかめる。
黒火竜が残った片方の翼で大きく羽ばたくと、強風が巻き起こった。
体重の軽いリオンは風圧に耐えられず、バランスを崩して後ろに吹き飛ばされた。
砂煙に視界が遮られる。とっさに目を庇って腕で顔を覆ったリオンに、黒火竜の鉤爪と、赤火竜の尾が容赦なく襲いかかる。
だが――
鈍い音と共に赤火竜の尻尾が切断される。
次の瞬間、黒火竜の腕にリオンの剣が深々と突き刺さった。
リオンの強烈な反撃に、二匹の竜が怒りと苦痛の悲鳴を上げる。
ざわり、リオンの中に流れる魔族の血が疼いた。
体内に巡る魔力の昂ぶりを感じると共に、全身が心地よい高揚感に支配される。
(やばい……)
この感覚はまずいと、リオンの理性が警告する。
バキンと嫌な音がして、黒火竜の腕に刺さった剣が鋭い牙でへし折られた。
黒火竜の身体が旋回し、叩きつけられた尻尾を、リオンはギリギリで避ける。
着地と同時に折れた剣を振り抜き、尾を切断する。
血飛沫とともに、切り離された尻尾の先端部分が飛んだ。
黒火竜の苦痛の悲鳴が上がる。
ニヤリとリオンの口端が上がる。
それは、魔族の本能から込み上げてくる愉悦によるものだった。
心のどこかに、戦いを愉しんでいる自分がいる。
まるで、自分が自分じゃないみたいな――
(……これ以上はだめだ!)
リオンは理性を総動員して、自分の中の魔性を抑え込もうとする。
だが――
後ろに大きく跳躍して敵から距離を取ると、リオンは掌を前にかざした。
「重力圧縮」
リオンの口が低く呪文を発した。
空気が震える。
直後、二匹の火竜は地面に叩きつけられる。
空が落ちてくるような圧倒的な重圧で、火竜たちの周囲の地面がメキメキと音を立ててひび割れながら陥没した。
押しつぶされた火竜たちは血を吐きながらヒクヒクと痙攣し、動かなくなった。
「うわっ!」
リオンは我に返り、思わず叫んだ。
慌てて火竜たちに駆け寄るが、ぐったりと大地に伏した二匹は、もう息をしていなかった。
リオンの顔が青ざめる。
「……やっちゃった……」
リオンの瞳は、先ほどまでの血のような赤色から、いつもの緑色に戻っていた。
襲い来る自己嫌悪に歪んだ顔で、リオンは額を押さえてつぶやいた。
「だから、戦うの嫌なんだよ……」




