第九章『陪審員全員一致で有罪……かと思いきや』
鐘の音が響いた。
それは、審理の終わりを告げる合図。
「……これより、陪審員による評決に入ります」
裁判長が重々しく告げると、陪審員席に座る七人が静かに頷く。
商人、学者、修道女、衛兵、貴族夫人、パン屋、そして――
「あら?」
七人目、どう見てもわたくしの叔母様ですわね?
「マリアンヌ叔母様!? なぜここに!?」
「ええ、ちょうど暇してたからよ。評議員ってお茶付きなのね。優雅だわぁ」
「優雅って、裁判中ですわよ……」
だがしかし、希望が出てきた。
叔母様はわたくしに甘い。とんでもなく甘い。
先週も、わたくしがパーティー会場でケーキを丸ごと投げた件を「風流」と言って許してくれたくらいには甘い。
――いまこの場において、それが逆転の鍵となるかもしれませんわね。
他の陪審員たちが席で議論を始めた。
聞こえてくるのは、概ね――
「明らかに刺してるよね……」
「でも魚も悪いらしいし……」
「密漁品は危険って教訓になったし、まぁ……」
「いやいや、死んでるし?」
――妥当ですわね。
わたくしとしても、「死んでない」などと主張するのは無理があります。
「それでは、陪審員の方々。判定の札をお上げください――」
裁判長の声に合わせて、六枚の札が、すっと掲げられた。
全員、「有罪」。
……あと一人。
最後の札を上げるのは、マリアンヌ叔母様。
その手に持たれた札が――“無罪”
「…………」
場内が、沈黙に包まれた。
「評決、割れましたわね」
静かに立ち上がる、マリアンヌ叔母様。
そして、言い放った。
「だってクラリスは昔から、“フォークを握るとスイッチが入る子”だったもの。刺したって、愛情の裏返しに決まってるじゃない!」
「「んなわけあるかあああああああ!!!」」
裁判長とセオドア検事の魂のツッコミが重なった。
「叔母様!? 動機、そこですの!? 性格!?!?」
「愛よ、愛。だって見てごらんなさいな、クラリスのその瞳。罪悪感、まったくないじゃない」
「それ逆に有罪寄りですわよね!?」
「とにかく私は無罪。クラリスはたしかに刺したけど、死因は魚だったってことで合意してるんでしょう? ならいいじゃない、魚に有罪を!」
「魚は裁けません!!!」
――だが、事実として、これで有罪評決は成立しなかった。
「陪審評決、分裂につき――裁判は継続審理。最終判決は、改めて王国大審院にて行うものとする!!」
裁判長の宣言に、法廷がざわついた。
クラリス・エヴァンス、一時的に保釈決定。
「ふふ、これが公爵令嬢の政治力ですわね……!」
「いや、お前の人脈が狂ってるだけだ!!!」
こうして、事件は終わらなかった。
王子は死に、刺したのはクラリス。
でも死因は魚で、遺言はクラリスの自筆、陪審は割れ、叔母は全力で無罪支持。
カオスの極み。
だがそれでも、クラリスは晴れやかにこう言い放つ。
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「……ふむっ、これはどこからどう見ても――わたくし、勝ちですわね。」