第七章『料理長、証言台に立つ――“あのサーモンは違法漁業の代物だった”』
魚で王子が死んだ――という説が浮上して以来、法廷の空気は劇的に変わった。
フォークより、毒より、魚。
わたくしクラリス・エヴァンスは堂々と主張する。
「わたくしの罪は“刺したこと”だけ。死因はサーモン」
この名言は、のちに王都でベストセラーになりましたわ。
(※刑法の教科書にも、【フォーク事件判例】として掲載)
「では、証人を呼びます」
裁判長の重々しい声が響き渡り、扉がゆっくりと開かれる。
姿を現したのは――
「……やあ、クラリスお嬢様。こんな形で再会するとは思いませんでしたよ」
「料理長……あなたが、あの晩の料理を?」
「ええ。ヴァルトサーモンの香草グリル。あれを作ったのは、この私――エグバート・シェフでございます」
かつて、わたくしが料理に目覚めたきっかけとなった料理人。
クラリス・エヴァンスの胃袋の育ての親といっても過言ではないその男が、今、証言台に立っていた。
「証人に問う。事件当夜の魚料理――それに“毒”や“危険な処理”の形跡は?」
「……正直に申し上げましょう。あのサーモンは、“正規の流通品”ではありませんでした」
「……なんだと?」
場内がざわついた。
「入荷に間に合わなかったのです。王子殿下の晩餐に穴をあけるわけにはいかず、"知人から“裏ルートで入手したヴァルトサーモン”を……」
「それって……違法漁業ルートですわよね?」
「……はい。密漁品です」
「密漁サーモンが死因だったということですか!!!?」
セオドア検事が叫ぶ。
「そうです! 密漁魚は処理がずさんなことも多い。骨が鋭く、内臓処理も不十分。毒素が残っている場合もあるのです!!」
「つまり王子は……その骨で窒息、あるいは毒素によるショック死……!」
「さらに……」
料理長は、重い口調で続けた。
「実は……その日、厨房に届いたヴァルトサーモンの一部が、腐敗しかけていたのです」
「…………」
「本来であれば廃棄するべきでした。しかし、他に代用食材がなく……」
ああ、エグバート。
あなたの判断が、一国の王子の命を奪ったのですわね……
そしてそれを、わたくしのフォークで隠蔽してしまったのです。
「クラリス様、申し訳ありませんでした」
「いいえ、料理長。わたくしも刺しましたし、五分五分ですわ」
「五分五分!?」
もはや法廷では、誰もが何が正しくて何が正義か分からなくなっていた。
刺した令嬢と、魚を盛った料理人が、法廷でお互いに罪を譲り合っている状況――これが喜劇でなければ何でしょう。
「……裁判長。もはや、この事件の本質は、“殺意”ではなく、“衛生管理”の問題では?」
「まったくその通りだと思う……」
裁判長は額を押さえた。
「検察側、どうしますか」
セオドア検事は、やけになったように天井を仰いで叫ぶ。
「この裁判、もう訳がわからん!!!! 王子はフォークで刺され、魚で窒息し、密漁品で死にかけている!!!」
「うふふ、そんなに取り乱してはダメですわ、セオドア。貴族は冷静さを忘れてはなりませんわよ」
「お前が言うなあああああ!!」
――こうして、事件はまさかの方向へ。
法廷は、“クラリス・エヴァンスによる故意の殺人”ではなく、
“料理長による危険食材提供による過失致死”の可能性を主軸に、審理を再構築することとなったのです。