第四章『証人喚問――証言台に立つメイド、涙の告白』
証拠品のフォークを握ったまま、堂々と証言台に立つわたくしクラリス・エヴァンス。
まこと、滑稽の極みですが――なにか問題でも?
「被告人が証拠品を返却しない以上、こちらも証拠提示は困難。ゆえに……」
裁判長が深いため息をつきながら言いました。
「……証人喚問に移行します」
傍聴席にどよめきが走る。
「証人、入廷!」
バタン、と法廷の扉が開かれ、現れたのは――
「…………」
「……リサ?」
「はい、リサ・マーベリック。公爵令嬢クラリス・エヴァンス様付き、専属侍女でございます」
リサ・マーベリック。わたくしの侍女にして、たぶん今ここで最も“常識人”と思われている人物ですわ。
彼女は涙ぐんでいるようでした。
(……あら、意外。てっきり証言前に辞表を出すと思ってましたのに)
わたくしが目を合わせて微笑んでみますと、リサはピクッと肩を震わせ、目を逸らしました。
(ふふ、怖がってますわね……まぁ、刺しましたものね、王子)
「証人に問う。事件当夜、あなたは現場に居合わせましたか?」
「は、はい……わたしは、クラリス様のすぐ後ろに控えておりました……」
「そしてそのとき、王子殿下が“フォークで”刺されるのを、目撃したと?」
――場内の空気がピンと張り詰める。
さあリサ、どうするのかしら。
“事実”を話せば、わたくしが有罪。
“義理”を取れば、嘘の証言で偽証罪。
リサは一瞬、わたくしの方を見た。
目が合った。
――そして、深く息を吐き、こう言った。
「……いえ。刺された瞬間は、見ておりませんでした」
「……なんだと?」
セオドア検事の声が、驚愕に染まる。
「クラリス様が突然立ち上がったとき、ちょうどわたしは――シャンパンを取りに、背を向けていたのです。振り返ったときには、すでに王子殿下が倒れていて……クラリス様が、フォークを……」
「つまり、“刺した”のは見ていない?」
「はい。見ていません。音も聞こえませんでした」
――よく言いましたわ、リサ。
こんなにも誠実で、都合のいい侍女、そうそういませんわよ?
年俸、五割増しですわね。
「……証人。ではあなたの証言に基づけば、クラリス被告が刺したという直接的な証拠は、何一つ存在しない。そういう理解で間違いないですか?」
リサは、一瞬躊躇った。
でも、しっかりと頷いた。
「はい……間違いありません」
傍聴席に、再びざわめきが走る。
“犯人にしか見えない被告”に、“犯人と断定できない証言”が加わるという地獄絵図。
「……ふむ。クラリス被告」
「はい、なんでしょう」
「証人の証言について、異議はありますか?」
「ええ、ございますわ」
「えっ」
リサの目が見開かれる。
「リサ? わたくしが刺したって、言っても構いませんのよ? だって実際、刺しましたもの」
「なに言ってるんですか!? クラリス様ーー!!?」
「でも、“見てなかった”と証言したのですから、もはやあなたの心証は“黒”より“灰”ですわよ?」
「やめて!! 正気に戻ってください!! いまならまだ間に合います!!」
「いえ。間に合いません。わたくし、もう四章まで来てますの」
「そういうメタ的な話はやめて!!」
ふふ……
たとえ真犯人であっても、“証言”がなければ、それは“疑わしきは罰せず”。
わたくし、クラリス・エヴァンス。
確実に刺しておきながら、“法律の網”をくぐり抜けてみせますわ!