第三章『フォークの行方、それは手の中に』
裁判が始まって、はや三時間。
わたくしは、ずっと――右手に血のついたフォークを握ったままでございました。
「……その、被告人?」
「はい、なんでしょう裁判長」
「そ、その手に持っているのは……まさか、その……事件の凶器では?」
「はい。そうですわ。王子殿下の胸に突き立てられた、あの銀製のフォークですわ」
「なんで持っているんですか!? というか、どこから持ち込んだの!?」
「今朝起きたときにはすでに握っておりましたの」
「常に!? 風呂は!? 着替えは!?」
「もちろん、握ったまま。公爵令嬢の嗜みとして、凶器一つをきちんと管理するのは当然のたしなみですもの」
「その嗜み、国が滅びる!!」
法廷内が、ざわざわと騒がしくなった。
セオドア検事が、額に手を当ててこちらを睨んでくる。
「……お前は、本当に反省しているのか?」
「もちろんですわ。わたくし、反省の証として、フォークの血を拭いておりませんの」
「え、ずっと素手で……?」
「ええ。“証拠品に触る”ことと“持ち続ける”ことは、厳密には違うと考えましたので」
「なんなんだこの法律のスキマみたいな言い訳は……!」
でも、セオドア検事も困っておいででしょう?
証拠品の提出を求めるにも、わたくしが“手放さない”のですもの。
「証拠品の提出を……」
「嫌ですわ」
「せめて、ちょっとだけ……」
「駄目ですわ」
「拭かせて……せめて血だけ……!」
「芸術作品に手を加えるような真似はおやめなさいな」
このやりとり、すでに十回目です。
けれど大切なのです。このフォークはただの凶器ではありません。
わたくしの運命を背負う“最後の舞台装置”。安易に手放すなど、愚の骨頂ですわ。
「……証拠品が未提出のままでは、審理の進行に重大な支障が――」
「でしたら、どうぞこの場でお使いくださいな。わたくしごと証拠台に立たせていただきますわ!」
そう言って、フォークを掲げて立ち上がると、傍聴席から悲鳴が上がった。
「ぎゃああああああ! 凶器が!! 凶器が動いたわ!!」
「むしろ凶器が喋ってる!!」
「なにあれ、フォークって意思を持つの!?」
いいえ、喋っているのはフォークではなくて、クラリス・エヴァンス公爵令嬢ですわ。
「では証言を始めます。わたくしはただ――“お肉が硬かった”と申し上げたいだけでしたの。殿下が冗談めかして“これでも硬い”とおっしゃるものですから、わたくし、突き返して差し上げただけで――その結果が、まあ……こちら」
再び、フォークをひょいと掲げて見せる。
「凶器を振るうな!!!」
「振るってませんわ。掲げているだけですわ」
裁判長がガクガクと震えている。セオドア検事は頭を抱え、検察側書記官は気絶した。
でも、わたくしはここで負けるつもりはございません。
なぜなら、これはただの裁判ではなく――舞台だからですわ。
真犯人? わたくしですとも。
でも、物語はここからが本番ですわよ?