第二章『証言台に立つ犯人』
法廷は静寂に包まれていた。
荘厳な天井画、厳めしい裁判長、緊張に顔を引きつらせた傍聴席。
そして中央には、被告席に座るわたくし――血まみれのフォークを持ったままの公爵令嬢。
「……被告人、クラリス・エヴァンス。あなたが、王子殿下をフォークで刺したというのは事実ですか?」
「はい、刺しましたわ」
そろそろ裁判長の額がピクピクしてきましたわね。可愛らしいお顔立ちが、なかなかの怒りの造形に変わってきています。
「……ではなぜ、無罪を主張するのですか?」
「だって、“フォークで刺したからといって殺したとは限らない”じゃありませんこと?」
法廷がざわつきました。
「お黙りなさいませ皆様、まだ“わたくしが”殺したとは確定しておりませんの。たとえば、わたくしが刺した時点ではまだ生きていて、そのあと、滑って転んで机の角に後頭部をぶつけて亡くなったのかもしれませんでしょう?」
……というか、その線でいくしかありませんわ。
だってほんとうに刺したんですもの。
「むろん、わたくしは医師ではありませんから、死因が即死だったかどうかの判断はできかねますの。ですから本件は、誤認殺人未遂の疑いが妥当なのではなくって?」
「お前はなにを言ってるんだ」
検察側代表、セオドア・グランツ男爵。
痩せた顔に眼鏡、きっちりした燕尾服という、いかにも有能そうな青年ですが――
「……事実を誤魔化すために、屁理屈で逃げようとしているだけだ。第一、王子殿下の心臓を一突き、死因は“即死”と法医学検査官が明言している」
「あら、でもその検査官、わたくしと目が合った瞬間に目を逸らしましたのよ。なにか隠しているのでは?」
「それは単にお前が怖かっただけだ」
「ふふ。では恐怖による証言の歪曲の可能性も加味すべきではなくて?」
わたくしの無実(?)を証明する戦いは、こうして火蓋を切ったのです。
殺したのは事実。でもわたくしには――
“殺意がなかった”という主張が残されていますわ!
「被告人クラリス、証言台へ。殺害当夜の状況を証言してください」
――ということで、今、わたくしは証言台に立っております。
背筋を伸ばして、指を揃えて前に差し出し、優雅に礼を一つ。
「はい。それでは、事件当夜の詳細について証言させていただきますわ」
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【クラリスの証言】
「わたくしはただ、舞踏会で少々お酒をいただいておりまして……殿下から“料理が焼きすぎ”と冗談を言われましたの。その瞬間、なぜかこう、フォークを強く握ってしまって――気づけば、あらまあ、刺さっていた、というだけの話ですの。そう、うっかりですわ。よくあることですわよね?」
⸻
……法廷は沈黙した。
裁判長が、目を閉じて天を仰いでいる。
セオドア検事が、顔を手で覆っている。
「……被告人、あの、“よくあること”っていうのは、どういう?」
「お肉が硬かったときとか、カボチャが割れなかったときとか、ありませんこと?」
「カボチャと王子の胸板を同列に扱うな!」
そんな、些細な揚げ足取りでわたくしの無実を揺るがすことなどできませんわ。
わたくしは――真実を歪めてでも、勝ちますの!
そう、公爵家の名誉にかけて!