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第四章:神殿の暗闇、過去世の覚醒

アクシオム帝国に戻ったユリアナを待っていたのは、かつてない緊張感だった。宮殿全体が厳戒態勢に置かれ、警備の兵士たちが行き交っていた。


彼女がベッドから起き上がると、すぐにルシエンが部屋に駆け込んできた。「ユリアナ様、無事だったのですね!」彼の声には明らかな安堵があった。


「何が起きているの?」


「帝国と現実世界の境界が薄れています」ルシエンは息を切らせて報告する。「各所で現実世界の景色が見え、帝国の住人が現実世界の幻影を目撃しています」


彼はさらに続ける。「エリスティア陛下が緊急に『光の神殿』で儀式を行うと宣言されました。そして…あなたの存在を求めています」


「光の神殿?」ユリアナは初めて聞く場所に首をかしげる。


「帝国の中心に位置する最古の聖域です」ルシエンの声が小さくなる。「聖娼の最終的な調律が行われる場所でもあります」


彼は躊躇いながら続ける。「しかし…警告しておきたいことがあります。光の神殿での儀式は危険です。前回の聖娼、シルヴィア様も…そこで消えました」


「消えた?」ユリアナの心臓が早鐘を打つ。


「文字通り、消失したのです」ルシエンは顔を伏せる。「儀式の最中に光に包まれ、二度と姿を現さなかった」


「でも監視者は…」ユリアナは言いかけて止まる。彼女は現実世界での監視者との会話を思い出す。シルヴィアは「言葉の門」を通って現実世界に逃れたという。そして彼女としてこの世に生を受けたというのだ。


「ルシエン、正直に答えて」彼女は真剣な表情で尋ねる。「シルヴィアと私は関係がある?」


ルシエンは明らかに動揺し、言葉を選びながら答える。「伝説によれば…聖娼は前世の記憶を持つと言われています。そしてあなたは…」


その時、五姉妹が部屋に入ってくる。「ユリアナ、皇帝陛下があなたを『光の神殿』へと呼んでいる。準備をしなさい」


彼女の厳しい目がルシエンに向けられ、彼は沈黙する。


五姉妹の案内で、ユリアナは宮殿の奥深くへと進む。これまで見たことのない通路を通り、彼らは神殿へと向かった。道中、彼女は五姉妹に問いかける。


「光の神殿での儀式とは何ですか?」


「過去世との融合」五姉妹は淡々と答える。「聖娼の最終的な力を解放するための儀式だ」


「シルヴィアも同じ儀式を受けたの?」


五姉妹は一瞬足を止める。「そうだ。しかし彼女は…予期せぬ方向へ進んだ」


それ以上の質問に五姉妹は答えず、彼らは静かに歩を進める。やがて彼らは「光の神殿」に到着した。


それは眩い白銀の建物で、その頂点は文字通り星々に届くほど高くそびえていた。神殿の扉は七つの月の紋章で飾られ、壁面には古代文字が刻まれている。


内部に入ると、壁には七つの月と星々の動きを示す複雑な装置が取り付けられていた。天井は透明で、夜空と七つの月が直接見えるようになっている。中央には巨大な水晶の祭壇があった。


祭壇の前でエリスティアが待っていた。彼の側には老賢者の姿をした高位司祭オラクルがいる。オラクルの目は白く濁り、物理的な視界はないようだったが、その代わりに全てを見通す精神的な視力を持っているようだった。


「ようこそ、ユリアナ」エリスティアが彼女を迎える。「そなたの最終試練の時が来た」


「どんな試練ですか?」彼女は緊張しながら尋ねる。


「真の聖娼となるために、お前は過去世との融合を果たさねばならない」エリスティアは静かに説明する。「全ての聖娼は、前世の記憶と知恵を持つ。通常はそれらは封印されているが、この儀式によって解放される」


オラクルが前に進み出る。「あなたは水晶の祭壇に横たわり、瞑想状態に入る」老人の声は驚くほど若々しく、力強かった。「私の導きのもと、あなたの魂は過去世と繋がる。特に直前の前世、シルヴィアとの融合が重要だ」


「七つの月がある特定の配列を形成する瞬間、あなたの魂は現在と過去の間の壁を越える」オラクルは続ける。「その時、あなたは真の力を得るだろう」


儀式の説明を聞きながら、ユリアナの心の中でアストラルが警告する。「慎重に。これはシルヴィアが『消えた』儀式よ」


ユリアナは不安を感じながらも、祭壇に近づく。「この儀式は危険ですか?」


「全ての力には代償がある」エリスティアは曖昧に答える。「だが、聖娼として完全な力を得るためには必要な過程だ」


迷いながらも、ユリアナは水晶の祭壇に横たわる。祭壇は冷たく、しかし不思議な温もりも感じられた。オラクルが彼女の周りに位置し、古代語で詠唱を始める。その言葉は彼女の理解を超えていたが、魂に直接響くようだった。


エリスティアと五姉妹も詠唱に加わり、神殿全体が振動し始める。天井から見える七つの月が動き、特定のパターンを形成していく。


ユリアナの意識が徐々に現在から離れていく。彼女の精神は時空を超え、渦巻く記憶の海を漂い始める。


最初に彼女が見たのは、シルヴィアの記憶だった。銀青色の髪と星を宿した瞳を持つ美しい女性。241代目の聖娼として、彼女はアクシオム帝国で絶大な力を持っていた。エリスティアの最も信頼された相談役であり、帝国の実質的な指導者の一人だった。


シルヴィアの記憶が彼女の中に流れ込む。彼女の訓練、成長、そして最終的な発見。アクシオム帝国と冥王星系の真実—それらは元々一つの文明であり、エリスティアとネクロンが双子の兄弟だったという事実。


二人は「言葉の力」を巡って対立し、帝国は二つに分裂した。エリスティアは「言葉による創造」を信奉し、ネクロンは「言葉による破壊」を主張した。しかし真実はそれほど単純ではなかった。


さらに深い記憶が浮かび上がる。アクシオム帝国と現実世界の関係についての真実。二つの世界は常に影響し合い、互いを形作っていた。聖娼の本来の役割は、二つの世界の均衡を保つ「仲介者」だった。


しかしエリスティアはこの役割を歪め、帝国の支配のために聖娼を利用していた。そして「言葉の門」—二つの世界を完全に繋ぐ古代の通路—を封印しようとした。


シルヴィアはこの真実を知り、両世界に警告を発しようとした。彼女は「言葉の門」を開き、現実世界に逃れる計画を立てる。しかしエリスティアにその計画を見破られた。


ユリアナはシルヴィアの最後の記憶を見る。光の神殿での儀式。エリスティアが彼女の魂を封印しようとする瞬間、シルヴィアは「言葉の門」を開き、自らの魂を現実世界に送り込んだ。それが、ユリアナとしての新たな人生の始まりだった。


さらに彼女は時を遡る。シルヴィア以前の前世たち。240代目、239代目…そしてさらに遠い過去へ。彼女の魂は何度も生まれ変わり、その度に「言葉の力」を追求し、二つの世界の架け橋となろうとしていた。それが彼女の魂の使命だったのだ。


最も驚くべき発見は、彼女の魂の起源だった。最初の聖娼エヴァーナ。彼女はエリスティアとネクロンが分裂する前の「原初の存在」と深く結びついていた。彼女の魂はその時から、創造と破壊のバランスを保つために存在していたのだ。


突然、ネクロンの声が彼女の意識の中に響く。「ユリアナ、真実が見えたか?エリスティアは古来より言葉の力を独占しようとしてきた。彼はお前を道具として使い、最後には消すつもりだ」


「ネクロン…」彼女の意識がその声に向かう。「あなたもまた真実の一部だけを語っている。あなたも『言葉の門』を自分のために使おうとしているのでしょう?」


「鋭いな」ネクロンの声には驚きと称賛が混じる。「だが門が開かれれば、二つの世界は本来あるべき姿に戻る。創造と破壊のバランスが回復するのだ」


ネクロンとの対話の最中、もう一つの強力な意識がユリアナの精神世界に入り込む。アストラルだ。「ユリアナ、警戒して。エリスティアがあなたの魂を操作しようとしている」


「アストラル?どうしてここに?」


「魂の融合の結果よ」彼女の声には緊急性があった。「すぐに儀式を中断して。エリスティアは『言葉の門』を永遠に封じるためにあなたを使おうとしている!」


その瞬間、ユリアナの精神は現在に引き戻される。目を開けると、エリスティアが彼女を見下ろしていた。彼の瞳には冷たい計算が宿っていた。


「どうだった?過去世と繋がることはできたか?」エリスティアの声は穏やかだったが、その下に潜む緊張を感じる。


「はい…多くのことを見ました」ユリアナは慎重に答える。


「何を見た?」エリスティアの目が鋭くなる。


「シルヴィアのことを…彼女は優れた聖娼でした」ユリアナは真実を隠す。エリスティアに全てを告げることの危険性を感じたのだ。


エリスティアは彼女をじっと見つめ、何かを見抜こうとする。「シルヴィアは確かに優れていたが、彼女は過ちを犯した。過去の過ちを繰り返さないよう願う」


儀式の後、ユリアナは自室に戻る。彼女の心は混乱と理解が入り混じり、渦を巻いていた。宮殿の長い廊下を歩いていると、彼女の前にルシエンが姿を現す。


彼は周囲を確認し、小声で話しかける。「ユリアナ様、一人だけで話す必要があります。安全な場所へ」


彼は彼女を「忘却の庭」と呼ばれる宮殿の隠された一角に案内する。そこは監視の目が届かない数少ない場所の一つだった。


「ユリアナ様、危険です」ルシエンは切迫した様子で言う。「私も真実を知っています。エリスティア陛下はあなたを見張っています」


彼は小声で続ける。「シルヴィアは消されたのではありません。彼女は『言葉の門』を通じて現実世界に逃れたのです。そして今、あなたとして生まれ変わった」


「言葉の門…」ユリアナは先ほどの記憶と照らし合わせる。「それは二つの世界を繋ぐ通路?」


「その通りです」ルシエンは頷く。「言葉の力を完全に解放した者だけが開くことができる門です。それは創造と破壊、光と闇、現実と幻想のバランスを取るために存在しました」


彼は警告する。「エリスティア陛下はあなたが『言葉の門』を開くことを恐れています。それが彼の支配を崩壊させるからです。彼は儀式であなたの魂を封印し、シルヴィアの記憶を消そうとしていました」


その警告に、ユリアナの心の中でアストラルも同意する。「彼の言うことは正しい。私も同じことを感じていた」


「ルシエン、あなたはなぜ私に協力するの?」ユリアナは疑問を投げかける。


彼の紫の瞳に悲しみが浮かぶ。「私はシルヴィア様に深い敬意を抱いていました。彼女の志を継ぐあなたを守ることが、私の使命だと信じています」


突然、庭の空気が振動し始める。現実世界とアクシオム帝国の境界が薄れ、東京の風景が一瞬見えた。


「境界が崩れかけています」ルシエンは驚きの声を上げる。「あなたの小説『血の市場の蛇女』が影響しているのかもしれません」


「どういう意味?」


「あなたの言葉には特別な力があります」彼は説明する。「それは単なる表現ではなく、二つの世界に直接的に働きかける力です。あなたが書いた小説は、『言葉の門』を開くための鍵になる可能性があります」


ユリアナはハッとする。現実世界での監視者の警告と完全に一致する。彼女の小説が、二つの世界のバランスに影響を与えているのだ。


「私はどうすればいいの?」彼女は途方に暮れる。


「あなたの内なる声に従ってください」ルシエンは彼女の手を取る。「あなたの魂は何千年もの間、この瞬間に向かって進んできました。シルヴィアとしてもユリアナとしても、あなたの使命は同じです—二つの世界の真の調和をもたらすことです」


その夜、ユリアナは宮殿の最高塔に一人で登り、七つの月を見上げる。彼女の心には、シルヴィアの記憶、アストラルとの絆、そして自分自身の決意が渦巻いていた。


彼女はついに自分の使命を悟る。彼女は二つの世界を繋ぎ、真の調和をもたらすために存在していた。それはエリスティアの支配からの解放であり、ネクロンの破壊からの保護でもあった。


「言葉の門…」彼女は星空に向かって呟く。「私はあなたを開くべきなのか、それとも閉じたままにしておくべきなのか」


その問いに答えるように、彼女の意識は再び現実世界へと引き戻されていった。

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