表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

【リアルワールド】覚醒する視線

目を覚ますと、ユリアナは自分のアパートのベッドに横たわっていた。東京の朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。


「夢…?」


彼女は身を起こし、混乱した頭で考える。アクシオム帝国での出来事は、あまりにも鮮明だった。単なる夢とは思えない。


鏡の前に立つと、いつもの自分が映っていた。黒髪、グリーンの瞳、青白い肌。しかし、よく見ると、その瞳の奥に何か新しいものが宿っているように感じられた。深い光、これまでにない輝き。


「瞳の奴隷…」彼女は思わず呟く。


準備を整え、彼女は出版社に向かう。電車内は朝の通勤ラッシュで混雑していた。サラリーマンや学生たちが、無表情で密集している。ふと、彼女は向かいに座る若い男性と目が合う。


その瞬間、彼女の中で何かが動く。アクシオム帝国で学んだ「瞳の奴隷」の感覚が甦るのを感じた。彼女が意識を向けると、驚くべきことに、男性の思考が彼女の心に流れ込んできた。


「今日のプレゼン、うまくいくだろうか…資料は完璧だけど、部長の機嫌が心配だ…」


ユリアナは驚いて視線を外す。これは単なる想像ではない。彼女は確かに男性の思考を「読んだ」のだ。震える手でつり革を握り、彼女は呼吸を整えようとする。


「冷静に…これは本当に起きていることなの?」


試しに、彼女は別の乗客、中年の女性に視線を向ける。集中すると、再び感覚が流れ込んでくる。


「息子の受験、どうなるかしら…もう一度塾の先生と相談すべきかも…」


ユリアナは再び視線を外す。これは偶然の一致ではない。アクシオム帝国で学んだ力が、現実世界でも使えるようになっているのだ。


出版社に到着すると、オフィスは朝の忙しさで騒がしかった。電話が鳴り、プリンターが動き、編集者たちが原稿を持って走り回っていた。


彼女の席は窓際の隅。向かいには経理課長の佐伯さん、隣には制作部長の高瀬が座っていた。高瀬は彼女に一瞥をくれただけで、自分の仕事に戻る。


ユリアナは深呼吸し、高瀬を見つめる。「瞳の奴隷」を試してみる。


最初は何も起きない。しかし彼女が集中を深めると、高瀬の思考が彼女の心に流れ込み始める。


「また予算超過か…社長に何と説明すればいい?…あのユリアナ、なぜあんな才能を無駄にしている?彼女の文章には何かがある、でもどこか欠けている…」


ユリアナは驚く。高瀬の思考には、彼女に対する嫌悪だけでなく、奇妙な評価も混じっていた。「才能を無駄にしている」という言葉が彼女の心に引っかかる。彼は表面上は彼女を否定しながらも、内心では彼女の可能性を認めていたのだ。


夢中で覗き見ていた彼女に、高瀬が突然声をかける。


「おい、ユリアナ君。何をぼんやり見ているんだ?」


彼の言葉に、ユリアナは我に返る。「す、すみません…」


高瀬は眉をひそめ、彼女を見つめる。「昨日返した原稿だが、いつまでに書き直せる?」


ユリアナは一瞬躊躇した後、思い切って言葉を発する。「高瀬さん、私の何が足りないのですか?具体的に教えてください」


その直球の質問に、高瀬は一瞬言葉に詰まる。いつもなら黙って指示に従うユリアナが、こんな風に反論してくることは予想外だった。


「何だ急に…」


「私は本当に理解したいんです」ユリアナは続ける。彼女の目が輝き、声に力が宿る。「あなたは私に才能があると思っているのに、それを認めようとしない。なぜですか?」


高瀬の顔が青ざめる。「どうして…そんなことを…」


その時、ユリアナは無意識のうちに「瞳の奴隷」を使っていた。彼女の瞳が高瀬の心の奥深くまで届き、そこに隠された真実を引き出していたのだ。


「私…実は読者に届く文章を書きたいんです。感情を揺さぶる言葉を。でも、どうすればいいのかわからなくて…」


彼女の正直な告白に、高瀬の表情が変わる。彼女の瞳を見つめ返し、ため息をつく。


「君の文章には特別な響きがある。だが、何かを恐れているように見える。自分の感情を全て曝け出すことを恐れている。だから読者の心に届かないんだ」


高瀬の言葉は、エリスティアの言葉と奇妙に重なる。「自分を縛っている」というフレーズが、彼女の心に響く。


「わかりました」ユリアナは静かに言う。「もう一度書き直します。今度は…全てを込めて」


高瀬は少し驚いた様子で頷く。彼の心の中で、ユリアナに対する見方が少しずつ変わっていくのを、彼女は感じ取ることができた。


その日の昼休み、ユリアナはいつもどおり一人で弁当を食べるため、会議室に向かう。しかし今回は、いつもと違う感覚を持っていた。他の社員たちの視線が彼女に注がれ、その中には好奇心や新たな評価が含まれていた。


「なぜ今日は皆が私を見るの?」


小さな会議室で弁当を開けながら、彼女は考える。そして気づいた。彼女の内側が変わりつつあるように、周囲の人々の彼女に対する認識も変わり始めているのだ。


弁当を食べ終え、彼女はノートに新しい物語のアイデアを書き始める。高瀬から返された原稿をどう書き直すか、彼女の中にアイデアが浮かんでいた。自分の心を全て曝け出す物語。恐怖も、渇望も、希望も、絶望も、全てを言葉にする。


「ずっと、心を閉ざしていたのね…」


ペンが紙の上を滑り、言葉が流れ出す。その書き味は、これまでとは明らかに違っていた。彼女の言葉が、まるで命を持ち始めたかのように。


仕事の後、彼女はアパートに戻り、一晩中書き続けた。朝日が昇るころ、新しい原稿は完成していた。タイトルは『瞳の証人』。孤独な女性が、他人の心を見通す能力を得る物語。彼女自身の経験を基にしながらも、フィクションとして昇華させたものだった。


原稿を持って出版社に向かう途中、彼女は電車内で「瞳の奴隷」の力を試した。他人の心を覗き見る感覚にはまだ戸惑いがあったが、次第に彼女はこの力をコントロールできるようになっていた。


オフィスに到着し、彼女は迷わず高瀬のデスクへ向かう。


「書き直しました」彼女は自信を持って原稿を差し出す。


高瀬は驚いたように彼女を見つめる。「もう?一晩で?」


彼は原稿を受け取り、読み始める。最初のページ、そして次のページ。彼の表情が徐々に変わっていく。ユリアナは「瞳の奴隷」を使い、高瀬の反応を詳細に追っていた。


「これは…」高瀬は言葉に詰まる。彼の心の中では、驚きと感嘆が渦巻いていた。「全然違う…これは、素晴らしい」


ユリアナの胸に温かいものが広がる。初めて、彼女は自分の言葉が他者に届いたという実感を得た。


「今日の編集会議で提案しよう」高瀬は興奮して言う。「こういう作品が、藤見書房には必要なんだ」


一日が終わり、ユリアナはアパートに戻る。夜空を見上げると、一瞬、七つの月の幻影が見えたような気がした。


彼女は静かに目を閉じ、自分の中に芽生えた新たな力を感じる。「瞳の奴隷」は彼女を変え始めていた。そして彼女の書く言葉も。


「今夜も、アクシオム帝国に行くのかな…」


彼女がベッドに横たわると、意識は徐々に遠のき、再び星々に満ちた世界へと引き込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ