攻防
一方ロランは小刻みに震えているシャルロットを気にするそぶりを見せず、にこやかな笑顔を浮かべながらリカルドに話しかける。
「リカルド、最近君はある人物から依頼を受け、筋書きを書いていると聞いたが?」
リカルドは束ねた髪に触れながらロランの質問に答える。
「ええ、よくご存知で。その依頼者が誰か……」
リカルドは言葉を止め、シャルロットを見て、また話し出す。
「……もちろん言えませんが、依頼の内容は罪なき人を悪者に仕立て上げるという悪魔のような内容」
ロランはリカルドの言葉に驚いたような表情を浮かべ、再び話し出す。
「ふむ、どこかで聞いたことのあるような話だな。シャルロット、君は社交界のトップだろ?知っているかそんな話を」
ロランは語尾を強めシャルロットを見た。
シャルロットはロランの言葉に唇を震わせる。先ほどまで愛し合っていたロランが別人のように見える。それに戦闘用のローブ。どんな意味があるかわからないだけにシャルロットの背筋が寒くなる。
「わ、わたくし、そんな話……存じあげません」
シャルロットは言葉に詰まった。扇子を開き口元を隠すが小刻みに震えるその手は動揺を隠しきれない。
その様子を見たロランの瞳が鋭く光る。
(シャルロットは明らかに動揺している)
ジリジリとシャルロットを追い詰めている手応えを感じ、ロランの口角が上がる。
(もう少し追い詰めようか)
ロランはさらにシャルロットを追い詰める一言を発した。
「意外だな。シャルロットが知らないとは。私でも知っているのに」
今度はゆっくりとした口調を使いシャルロットに笑いかけると、シャルロットの顔から血色が消え、手に持っていた扇子が床に落ちた。
カシャーン
リカルドはすかさずその扇子を拾い上げシャルロットに渡す。
「先日の扇子も美しいものでしたが、今日の扇子も素晴らしい品ですね」
リカルドはそう言って頭を下げた。
その言葉を聞いた周りの貴族はざわついた。会話があまりにも不自然なのだ。
暗にその依頼主はシャルロットだと言っているように聞こえる。
「リカルド様!!王女であるシャルロット様に話しかけるとは無礼でございます!!」
侍女マリエットがシャルロットを庇うように立ちはだかり声を張り上げ牽制する。
「お前ごとき侍女が私の友人に声を荒げるとは、今すぐに下がれ!」
即座にロランが怒気を滲ませ一喝する。
突然始まった攻防に貴族たちは唖然とし、皆シャルロットを見る。シャルロットは言葉を失ったように立ち尽くしている。
ロランの言葉にマリエットは生唾を呑み後ろに下がる。ロランは呆然と立ち尽くすシャルロットを覗き込み、優しく言葉をかけた。
「……シャルロット。都合の悪い会話だったか?」
シャルロットは目を見開き無意識に後ずさる。マリエットは体を硬直させ微動だにしない。
二人の様子を見たロランは笑いながら言った。
「フフフ……王室の薔薇と呼ばれるやさしいシャルロットがそんな下品で卑怯なマネするはずがない?」
シャルロットは血の気が失せた顔をし、ただコクコクとロランの言葉に相槌を打った。
*
――取り返しのつかない何かが起こっている。
シャルロットは異次元に迷い込んだような感覚に陥っていた。
(ジゼルが退席してからロランの様子が変わった。ジゼルが何か言ったのだろうか?それとも、リカルドが裏切った?)
シャルロットは引きつった笑顔を浮かべながらこの状況に至った経緯を考える。だが、何一つ思い浮かばない。ジゼルがロランに何かを言ってもロランが取り合うなどあり得ない。そしてリカルドには誓約をかけている。それに、証拠のノートは隠してある。
(杞憂よ。全て杞憂。単なる偶然が重なっただけだわ)
シャルロットは気持ちを落ち着かせようと息を吸い込む。不意に、ロランの胸につけられている白百合の香りがシャルロットの鼻腔に届く。清らかで柔らかい香りだ。だがシャルロットは華やかなバラの香りが好きだ。ロランの胸にもあんな花より薔薇が似合う。
(問題はないわ。なぜならロランが愛するのはジゼルではなく私)
だがその自信に根拠がないことを今更シャルロットが気がつく術はない。




