白百合の花のために
ロランは公爵家の自室に戻り、先に待機していた公爵家の影ランスロットと落ち合った。ランスロットはリカルドを連れここに来たのだ。
ランスロットの後ろに控えていたリカルドは緊張した面持ちでロランに頭を下げる。
ロランの唯ならぬ雰囲気に呑み込まれつつも、冷たい炎を纏うローブ姿のロランに創作意欲が湧き上がる。しかし今はそれどころではない。ロランからの直々の呼び出しに身が引き締まる。リカルドは固唾を呑みながらロランを見た。
ロランは目の前にいるリカルドを見て満足げに口角を上げた。
戦闘用ローブのロランに対し、正装姿のリカルド。ロランの長い髪は下ろされているが、リカルドの緩いウェーブの髪は一つにまとめられている。感情を読みとらせない氷の眼差しのロランに対し、リカルドの目元はどこか寂しげな印象がある。
タイプの違う二人の男性。だがそこにいるだけで絵になる二人。近寄りがたい雰囲気があるが、その見目麗しさは人の目を引く。どこか現実離れした二人の男の登場。注目を浴びる事、それがロランの狙いでもある。
「リカルド、早速だがお前は私の古くからの親友。私の話に合わせてくれ。作家の勘を期待している」
ロランはそう言ってリカルドの肩をポンポンと叩き、会場に向かって歩き出した。リカルドも深呼吸し、心を整え、ロランの後をついていった。
「さあ、幕が上がる」
ロランは会場のドアの前で立ち止まり氷の微笑みを浮かべリカルドに告げた。
リカルドはこれから起こるであろう何かに高揚感を覚える。ロランが自分に与えてくれたチャンスを無駄にしない。必ずロランの期待に応えてみせる、そんな決意を表すようロランに頭を下げ二人は会場に入った。
「ロラン様がリカルド様と共にお戻りです」
使用人が会場に響き渡るように告げる。貴族達は先ほどの騒動を思い出し一斉に注目した。
あのロランがジゼルを抱き抱えた上に、愛するシャルロットをこの場に残し退席したのだ。信じられないロランの行動に皆驚きを隠せなかった。だからこそ戻ってきたロランの挙動に皆興味がある。シャルロットにどんな言い訳をするのか、どんな態度を取るのか、その視線は下世話な色も混じる。
だが、予想とは違いロランは先ほどの自らの行動を特段気にする様子もなく柔らかな笑みを浮かべ、人気作家リカルドと共に会場に入ってきたのだ。
リカルドを連れてきた理由がわからない貴族達は二人を見て首を傾げたが、華ある姿に次第に皆釘付けになった。麗しい二人の登場に令嬢達は黄色い声を上げ始める。
しかし、戦闘用ローブを羽織っているロランの姿に貴族達は戸惑い始めた。この華やかなお茶会に見合わない全身黒ずくめのロランに近寄りがたさを感じその動向を遠巻きに見ている。
そんな貴族達の複雑な視線を気にすることはなくリカルドと談笑しながらロランは会場内を進んだ。
その様子を見ていたベルトランは全てを悟ったように笑い出し、ロランに近づいた。
ロランもにこやかな笑顔をベルトランに向ける。
「ロラン、すまなかったな。お前の心情を理解できず」
ベルトランはそう言ってロランを抱きしめる。その言葉にロランの胸は熱くなった。
「いいえ、お祖父様。全てが私の未熟さゆえ。ですが、未熟ゆえできる事もございます。ただ、ご迷惑をおかけするかも知れません」
ロランもベルトランを抱きしめながら視線を下げ言った。
「ハハハ、何を言う。ロランとワシは似ているじゃないか。やるべき時は完膚なきまでにやる。それがジュベールじゃないか?」
ベルトランのその言葉にロランはコクリと頷く。ベルトラン・ジュベール。憧れの祖父。本人から似ていると言われロランの心に喜びが広がる。
「あ、お祖父様、ジゼルからメッセージを預かってまいりました。ジゼルは額を五針も縫い……私は……」
ロランはそう言ってメッセージをベルトランに渡し、悔しさに口を噤む。
「ロラン、それでお前は夫として行動するのだろ?思う存分、やるがいい。ワシが認める」
ベルトランはそう言って目を細めロランを見た。ロランは間違いなくジゼルを愛し大切にできる男、ジゼルの幸せな笑顔が見られる日は遠くない。ベルトランは口角を上げた。
「お祖父様、ありがとうございます」
ロランはベルトランの言葉に表情を緩め、頭を下げた。
ベルトランは近くのテーブルに飾られていた一輪の百合を取りロランに渡した。その百合はジゼルが持ってきた白百合。
「ロランの守るべき一輪の花、似ているだろお前の愛する人に」
ベルトランの言葉にロランは頷く。
飾らない美しさのある白百合はジゼルに似ている。手入れされた薔薇よりも清らかで、棘のない美しい花。
(ジゼル、見ていてくれ)
ロランはその白百合を胸元に着けリカルドと共に歩き出した。
「ロラン!!」
ロランの姿を見かけたシャルロットがハンカチを目に当て、ロランに駆け寄ってくる。
周りの人間はまた『悲恋の恋人』の演劇を期待するような表情を向ける。
ロランは駆け寄るシャルロットに視線を送る。
シャルロットはリカルドを見て一瞬怯むが、そのままロランの目の前に来た。
手に持っていたハンカチをぽとりと床に落とし、両手を広げロランの胸に飛び込もうとシャルロットは走り出した。
一方ロランは胸に飛び込もうとするシャルロットを阻止するように、広げたその両手を目の前で荒々しく掴んだ。
両手を掴まれたシャルロットは驚き立ち止まる。
戸惑うシャルロットにロランは笑みを浮かべる。
掴んだその手首をグッと自分の方に引き寄せシャルロットを見下げロランは言った。
「シャルロット、そんな勢いでこの胸に飛び込んだらこの胸にいる美しい白百合が傷ついてしまう。私はこの白百合を傷つけたくない。何よりも大切だから……」
ロランはそう言って目を細め白百合を見つめた。
シャルロットはわけがわからず目を見開きロランを見た。
ロランもシャルロットを見る。
ただその視線は氷のように冷たい。
「シャルロット、それより私の友人を紹介しよう。作家のリカルドだ」
ロランはそう言うとシャルロットの手をパッと離しリカルドの方を振り返る。
リカルドもにこやかな笑顔を浮かべシャルロットに挨拶をする。
シャルロットは突然の展開に思考が追いつかない。
しかし貴族達の注目を浴びている今、動揺する姿を見せるわけにはいかない。
プライドを保つよう青ざめた笑顔を向ける。
周りの貴族は作家リカルドの登場に沸く。シャルロットを支持している若い令息や令嬢も有名人の登場に喜び集まり出す。
一方シャルロットはロランの態度にショックを隠せない。
ロランは明らかにシャルロットを拒んだのだ。
そして掴まれた両手首にはくっきりと跡がついている。
(一体、何が!?)
シャルロットの両手が小刻みに震え始める。
(何かが……おかしい)
シャルロットは目の前で微笑む二人の笑顔を見て気がついた。
二人の目は笑っていない。
不気味な笑顔にシャルロットの背筋が寒くなる。咄嗟に目を逸らし掴まれた両手を見つめる。
まるで怒りを込め握られたような手の跡にシャルロットの心が凍りついた。
【この結婚が終わる時】を読んでくださる読者様へ
いつも読んでくださりありがとうございます。
物語もそろそろ後半に入りつつあります。
ロランがジゼルに負担をかけないよう秘密裏に行動を始めたこの復讐、
皆様がご存知の通りジゼル編では一切出てきませんでした。ということは、
ロランの行動はジゼルは一切知らないであの結末へ向かいます。
最後のあのシーンの意味もこの先皆さんも想像できるように進めて行く予定です。
ところで、Xって便利ではありますが不便でもありますね。
思い立って投稿したくなったのですが、ああ、お知らせしなきゃとか考えると安易に投稿できないのでなんというか難しいなぁと思っています(本業との兼ね合いもありこのタイミングって思ってもすぐに投稿できない)
時々事後報告になる時もあっても大丈夫でしょうか?その場合も必ずお知らせいたします。
この話もそんな理由で変な時間設定になってしまいました。
申し訳ございません。
話は戻り、読者様からジゼルはこのロランの気持ちを感じているのでしょうか?と、
貴重なご質問をいただきました。ありがとうございます!嬉しいです。
上記に書いた通り、ジゼルには届いておりません。ジゼルは自己肯定感の低い女の子です。
昔は違ったのですが(ロラン編でちょっと出てきます)まさかロランが自分の為に行動しているなど
想像も出来なかったのです。それにミスリードもあります(ジゼル編でご存知の通り)
ジゼル編を読んでいただけるとこの先のロランの切なさが垣間みれるかと思います。
もちろんロラン編ではもっと明確に書いて行きます。
もし、皆様も質問などありましたらメッセージ、XですとDM?頂ければ真面目に返信いたします。
現在ジゼル編で言えば『三ヶ月と十日』の裏側の事件です。
最後に、いつも読んでくださって心から感謝申し上げます。
この『小説家になろう』のブックマークくださっている方、お訪ねくださっている方、
心から感謝申し上げます。
Xのいいねもとても嬉しいです。いいねを下さった方のXもこっそりお訪ねしています。
投稿のない方、アカウントわざわざ作ってくださった方、本当にありがとうございます。
泣きそうです。
そして最後に、いつも誤字脱字報告してくださる私の先生、ありがとうございます。
漢字、拙いですね。脱字すごく多い。そして改行最悪です。
ジゼル編書籍化に伴い大変助かっています。
支えられたご恩は忘れません。いつも心から感謝しております。
すごく長いあとがきになってしまいました。
あとがきの誤字脱字も教えてくださって嬉しいです。
(本当にどうしようもない私です)
最近気温が下がり寒くなってまいりました。
皆様が元気で素敵な秋を過ごせますようお祈り申し上げます。
心より感謝を込めて
ねここ




