手始めに
ロランが身支度を終えグローブを手にした時、ジゼルが悲しげな表情を浮かべ小さくため息をついた。
「? じゃあ、私は戻る。安静にしてろ」
着替え終わったロランはジゼルに声をかけローブを羽織ったが、ジゼルの表情が気になった。心配事でもあるのだろうか?と、ロランは考える。お茶会を途中で退席した事だろうか?
「……お祖父様に何か伝言はあるか?」
ロランは振り返り、頭を下げるジゼルに聞いた。
「ロ、ロラン様、ありがとうございます。お言葉に甘えて少しお願いがあります。あの、ベルトラン様に……」
ジゼルは嬉しそうな表情を浮かべロランに礼を言った。
(何でもない一言にこれほど喜ぶとは……)
ロランはジゼルの笑顔を見て内心ホッとし、そのまま椅子に腰掛けた。目の前でメッセージを書くジゼルを見つめていると、ジゼルは次第に瞳を潤ませ、涙を流し始めた。
その姿にロランの胸が詰まる。ジゼルはベルトランの名誉を回復出来なかったことを悔やんでいるのだ。悲しそうに涙を流すジゼルにロランは唇を固く結ぶ。助けてあげられなかった自責の念。そして耳にこびり付くジゼルを罵る言葉の数々。その一つ一つに煮えたぎるような怒りがロランの復讐心を燃え立たせる。
(ジゼルの想い、言葉、流す涙。その全てを心に刻み、今から私は一つ残らず伝えてみせる。二度とジゼルが悲しみの涙を流さないように)
ジゼルは涙を拭い書き終えたメッセージをロランに渡した。その時、ジゼルの瞳から一粒の涙がロランのグローブを濡らした。ジゼルは気がついていない。
ロランは涙に濡れたグローブを見つめ唇を結びメッセージを胸のポケットに仕舞った。
(ジゼルの想いを胸に私は魔力のない娘の代弁者として、大魔法使いとして、そしてジゼルを愛する者として圧倒的な力で捩じ伏せてみせる。もう二度と同じ過ちを繰り返さない、愛する人を失わない!)
*
ロランはジュベール公爵家に行く前に国境に移動した。この辺境を守っているのはニコラ伯爵。だが、実際はジュベール公爵家の防御壁があり、ニコラ伯爵は何一つしていない。それどころかブルレックと秘密裏に繋がっており、ジゼルを貶めるような新聞を発行している。
(この防御壁の向こうにはマチアスもいる。……ちょうど良い、ここから始めよう)
ロランはニコラ伯爵の邸宅前に立った。ここにはニコラ伯爵とその妻がいる。ジゼルを辱める新聞の発行を辞めないニコラ伯爵にベルトランは怒り圧力をかけ、二人を招待しなかった。ジュベールのお茶会に呼ばれないなど、社交界ではその家門は価値がないと見做され相手にされなくなる。それだけは避けたいと、ニコラ伯爵はロランの父リオネルに泣きつき息子と娘だけを参加させたのだ。
その結果、ジゼルが怪我を負った。
成り上がりの新興貴族。利益さえあれば敵でも尾を振る信念のない家門。
歴史の浅い家門が成り上がりと言われる理由、それは自分の利益だけを追求しているからだ。長い歴史の中、重い責任を背負ってきた人間の思いなど気付きもしないだろう。
ベルトランとジゼルを軽んじるような態度はこの国を支えてきたジュベールを軽んじている証拠なのだ。
「ニコラ一族よ、思い知るが良い」
ロランは贅を尽くした白亜の邸宅を見据えた。本来ならこのような行動は許されるはずもない。城に行き、国を裏切っている行為を告発し、手続きを経て裁判にかける。
「……フフッ」
ロランは突然笑い出す。大魔法使いロラン・ジュベールがここに居るなど誰一人想像もつかないであろうこの展開。今頃ローズ達はシャルロットを取り囲みジゼルの悪口に花を咲かしているだろう。
自分の家門が消滅するのに。
想像するだけで笑いが込み上げる。
「裁判?無用。お前達の最大の罪はジゼルに手を出したこと。後悔しながら死ぬが良い」
ロランはダークネスドラゴンを召喚しようと両手を上げ魔法陣を描こうとした。
「おい!この邸宅に何か用があるのか!? 顔を隠すフードを外せ!」
邸宅の門番が門の前に立つロランを睨みつけながら荒々しく声をかける。
「?」
ロランは魔法を中断し、声を掛けてきた門番に視線を向けた。
「用事……? そうだな、すぐに終わる用事だが……ああ、そうだ、関係のない人間を巻き込んだらジセルが悲しむかもしれない。今から十分だけ待とう。死にたくない使用人達は今すぐにここから出ていけ」
ロランはそう言ってフードを外した。
金色の長い髪に青い瞳。美しくも気高いその容姿。
門番は大魔法使いロランの姿を見て腰を抜かす。何が起きたか分からないが、ロランの威圧感は半端なく、考えるより先に体が動く。生存本能が門番の体を動かしているのだ。門番はロランに何度も頷きながら慌てて邸宅内に入って行った。
一分もしないうちに多くの使用人達が顔色を変え邸宅内から走り出てきたが、使用人達の姿にロランは笑ってしまった。皆逃げながらもその両手に金目のものを持っている。
「……頼もしいな」
ロランはその姿を見て呆れながらもその貪欲さに口角を上げた。この家門がなくなっても十分生きて行けるだろう。
使用人達が逃げ切った頃、邸宅内から怒り狂うニコラ伯爵夫妻が現れた。ロランは邸宅の周りにシールドを張り、魔法陣を描きダークネスドラゴンを召喚した。
「な……!ロラン様!?こ、こ、何……」
ニコラ伯爵は目の前に現れたダークネスドラゴンを見て腰を抜かし、言葉にならない言葉をロランに向ける。
いつの間に空が真っ赤に変化している。これはジゼルの血の色。その中に浮かび上がる真っ黒なダークネスドラゴン。地獄に落とされたような恐怖がニコラ夫妻を襲う。
ロランは目の前で震え腰を抜かす夫妻を見下し笑いながら話しかけた。
「フフフ、ニコラ伯爵、お前の罪はお前がよく知っているだろ?」
ニコラ伯爵はその言葉に血の気が引いた。カパネル王国の敵国、ブルレックとの密輸。ニコラ伯爵はガタガタと震え出す。
(いつの間にバレたのだ!?)
ニコラ伯爵はシラを切ろうと口を開く、しかしロランが遮るように話し出す。
「だが、私はそんな小さな事はどうでも良い。お前達の、最大の罪を教えてやろう。私の妻を傷つけた。それはこのジュベールを傷つけることと同じ意味を持つ」
ロランは顎を引きニコラ夫妻を睨む。夫妻はまさかそんな事で怒っているのかと、ポカンとした表情を浮かべロランを見る。ジゼルは悪女だと言わんばかりの二人を見てロランは言った。
「意外、という表情だな。だが、お前達は一番触れてはいけない人に手を出したのだ。なに、怖がる必要はない、一瞬で終わる。その魂まで消すから……」
ロランはそう言ってダークネスドラゴンを見た。ダークネスドラゴンはニヤリと笑い、大きく口を開け火を吹くように黒いエネルギー球を放出した。その瞬間、シールドの中は真っ暗になった。
ズッカーン!!
耳を劈くような轟音が鳴り響き大地が激しく揺れた。ダークネスドラゴンの放ったエネルギー球が爆発しこの世の終わりかと思うほどの大きな衝撃波が起きるが、シールドの外には一切伝わらない。だが、シールド内では恐ろしいことが起きているのだとわかるほどの轟音は領地内に響き渡った。
逃げた使用人達から事情を聞いた領地民がニコラ伯爵邸の周りに集まり出す。耳鳴りがするほどの轟音の後、次第に暗闇が晴れ、ロランはシールドを解除した。
ロランの目の前に、星がぶつかったような大きなクレータが姿を現した。邸宅もニコラ夫妻も跡形もなく消えてしまった。
「あっけないものだな」
ロランは何一つ残っていないニコラ伯爵の邸宅跡地をみて呟いた。一つの家門をこの世から抹消したロランの行動は後々問題になる事はわかっている。だがロランには後悔など何一つない。
ジゼルを傷つけた人間に対する報復。それが圧倒的であるほどジゼルに手を出す人間はいなくなる。それが今のロランにとって最優先事項なのだ。
「おい、そこにいるだろ?出てこい。ニコラの執事であり、ブルレックの王マチアスの手先」
ロランは跡地を見つめながら人々に紛れ一部始終を見ていたスーツを着た男に声をかけた。
男はロランの言葉に生唾を飲み込む。今目前で起きた一部始終を見て、ロランから逃げることは不可能だと悟り姿を現す。
ロランは炎を帯びた瞳を男に向け歩み寄った。男はロランのオーラにガタガタと震え出す。ロランは突然その男の髪を掴み言った。
「マチアスに伝言だ。妻に手を出したらお前もニコラの様になると」
男は震えながらロランに頷く。ロランは掴んだ髪を離し、暮れ始めた空を見た。
「逢魔時。ダークネスドラゴン、いや、バジルよ。色々......思い出すな」
ロランは移動魔法を使い公爵家へ戻った。
【この結婚が終わる時】作者ねここと申します。
いつも読んでくださってありがとうございます!
今回のお話はジゼル編の「戸惑い」のロラン視点です。
ジゼル編とロラン編を読み比べたいけれど、探すのが大変と(長編ですのですみません)
お声を頂き、今回からジゼル編のタイトルも書き残すようにいたします。
ほぼ一人称だったジゼル編と比べるとロラン編は物語が複雑で、困難を極めております。
この先の展開はお仕置きの続き、ロランとジゼルのちょっとだけ幸せな時間、ロランの謎の行動、
そしてあのラスト、皆様が結末を知っていらっしゃるあのシーンのロラン目線、
そしてその後、もうしばらくお付き合いいただければ嬉しいです。
更新が遅れ気味ですが、何とか二千文字でもアップ出来るように頑張ります。
いつもありがとうございます。
更新情報はXにて。
nekonekoko610
↓
最近これで検索できると知ってしまいました。
Xの謎謎の答えは2番、ニコラ伯爵領でした。
ロランはジゼルを狙うマチアスへの牽制も兼ねてニコラ伯爵を邸宅ごと消し去ってしまいました。
大胆な行動ですね。次話はお茶会に乗り込みます!
ここまで読んでくださりありがとうございました!
大きな感謝を込めて!!
ねここ




