ジゼルこそが相応しい
ジゼルは部屋を出、その足で庭園裏にある小さな畑に向かった。
そこはオーブリーに頼んで作ってもらった小さな薬草畑だ。ここで育てた薬草やハーブは質が良くオーブリーが街に出たついでに市場で売ってくれる。その利益でジゼルは必要な物を買っている。
もちろんロランからは十分すぎるほどのお金を貰っている。だが、それは離婚する時に返すと決め一切手をつけていない。お屋敷に住まわせてもらい、食事も頂きこれ以上甘える訳にはいかないのだ。
ジゼルはさまざまなハーブを摘んだ。
……ベルトラン様は今まで出会った人達と違い、敵意や嫌悪感を向けてこず普通に接してくれた。私を普通に扱ってくださるベルトラン様。少しでもここに来て良かったと思って頂けるよう精一杯もてなそう。
丁寧に摘んだハーブをカゴに入れキッチンに向かった。
キッチンはほぼ使われていない。大半は魔法で出来るからだ。ジゼルは鍋を引っ張り出し、使われていない窯に火を点した。熱気が体を包む。
有機的な暖かさだ。
ジゼルは先程摘んだハーブを使ってスープを作った。疲労回復と消化を考えた身体に優しいスープだ。
それを食事の時にベルトランに出した。ベルトランはそのスープを見つめ一口飲んだ。
「これはジゼルが作ったな?」
ベルトランは目を細めジゼルに聞いた。
「あ、お口に合いませんでしたか?申し訳ありません。すぐに下げます」
ジゼルは慌ててベルトランに近寄った。ベルトランは不安そうに両手を握りしめるジゼルを見つめ優しく微笑んだ。
「違うよ。ジゼル。こんな美味しくて温かいスープは初めてだ」
「ありがとうございます」
ジゼルはベルトランの言葉を聞き握りしめた手を胸に当てホッとした表情を浮かべた。
―よかった、喜んで頂けた。
その様子を見たベルトランは徐に質問をした。
「ジゼル、お前は幸せか?」
幸せ。
考えてもいない感情だ。
「……いいえ、幸せではありません。私が皆さんの幸せを、奪っている訳ですから。幸せなはずがありません」
ジゼルは言葉に詰まりながら言った。
私がロラン様の妻としてここにいることは誰一人望んでいない。
幼い頃からロラン様を見てきた。ロラン様を愛している。でも、こんな強制的な結婚は望んでいない。誰も幸せになれないから。
……気を抜くと涙が溢れ出る。ジゼルは両手を握り締め掌に爪を立てて涙を堪えた。
「ジゼルはどうしたら幸せになれると思う?」
ベルトランは涙を堪えているジゼルを見つめ優しい口調で語りかけるように聞いた。
「一刻も早く……ロラン様を自由に、シャルロット様と幸せになったお姿を見て初めて……自分を許せる気がします」
ジゼルは言葉に詰まりながらも心の内をベルトランに話した。何度も瞬きをし涙が溢れないよう呑み込んだ。
「ジゼルは自分を許せないのか?」
ベルトランは眉間に皺を寄せ慈しむような眼差しを向けた。
「……はい。……私が居なければ、常にそう、思っています」
これまで誰一人ジゼルにこの結婚をどう思うかなど聞いてくれる人間はいなかった。何かを言う前に図々しい女と悪口を言われ、反論一つ出来ず全て受け止めるだけだった。
だからこそベルトランの言葉はジゼルの傷ついた心に優しくふれた。
「……そうか」
ベルトランは悲しそうな表情で懸命に微笑むジゼルを見て胸が痛んだ。
ジゼルは世間が言うような悪女では無く、誰よりもロランの幸せを願う優しく純粋な心を持つ素晴らしい女性。
―魔力を持たない娘が大魔法使いの伴侶になる……。
ベルトランはロランの事を考えた。
ロランは優秀な孫であり、このカパネル王国を守る大魔法使い。全てを手に入れた人と言われ唯一手に入れられないのはシャルロットだけと世間では言われているが、それは違う。
結婚という形では無いがシャルロットの気持ちは既に手に入れている。
だが、シャルロットはロランに相応しくない。
世間を欺けても私を欺く事は出来ない。
最強の魔法使い、ロランにとって唯一手に入れられないもの。
それはジゼルだけが持っている。
ベルトランは悲しそうに微笑むジゼルを見つめながらロランにもっとも大切な事に気がつかせる機会を与えようと考えた。
ジゼルこそがロランに相応しい。
ベルトランはジゼルを認めた。
「ベルトラン様、お食事が終わりましたらお部屋にお風呂を用意しております。どうぞゆったりとお過ごしくださいませ」
ジゼルはベルトランに微笑み部屋に下がった。